第14話 ジャンケンファイト
学校行事での宿泊イベントというものは、ぼっちにとっては生き地獄でしかない。むしろ疎外感がよりいっそう強く浮き彫りになるだけである。
とはいえ、ここ一ヶ月で俺の周囲の環境もガラリと変わり、意外とぼっちでもなくなった。
今日のこの一年四組にて、延期になった親睦会の班決めが行われていた。担任の教師曰く、「自由に決めていいですよ」らしいので、帰りのHRは異様な熱気に包まれていた。
現在この教室は二大勢力に分断されている。
それはずばり『天美加奈さんと一緒の班になりたい』派と『爽やかイケメン転校生の葉山爽太くんと一緒の班になりたい』派である。
教室のど真ん中では生徒会役員にしてクラスの男子共のリーダー的存在である正人がどこから生徒会の備品をパク……失敬してきたであろうマイクを握りしめている。
「皆さんお待ちかね! ジャンケンファイトとは! 親睦会の覇権を懸けて、一年に一度、熱き漢の名を冠する男子たちが、教室をリングに戦う武闘大会なのであります! そして、戦って! 戦って! 戦い抜いて! 最後まで勝ち残った者が『天美加奈を一緒の班に誘うことが出来る』という栄光を手にすることが出来るのです!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
「ジャンケンファイト国際条約!
一 ジャンケンに敗れた者は失格となる!
二 相手の急所(※どこなのかはご想像にお任せします)を攻撃してはいけない!
三 破壊されたのが急所以外ならいくらでも修復出来る!
四 漢は己の急所を守り抜かなけねばならない!
五 一対一の戦いが原則である!
六 誇りをもった漢は、その威信と名誉を汚してはならない!
七 教室がリングだ! 」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
「それでは! ジャンケンファイト・レディィィィゴォォォォォォォ!」
正人の怒号を合図に、教室の野郎共がいっせいにファイトを始めた。
「お前らァ! 恨みっこなしだかんな! 絶対恨みっこなしだかんな!」
「ナプキンをとるのはこの俺だゴルァ!」
「かかってこいや野郎共!」
「返り討ちにしてやんよ!」
「あァ⁉ やんのかコラ⁉」
「来るなら来い! 全てを破壊してやる!」
「オレァクサムヲムッコロス!」
「ヘシン!」
「フュージョンジャック! フュージョンジャック! フロート!」
「ウェ――――イ!」
「ザヨゴォォォォォォ!」
「ジャン! ケン!」
『拳――――――――――――――――――――――――――――――――!』
ジャンケンと共に教室のあちこちで炸裂するクロスカウンター(※グーとグー)。そしてラッシュ。
因みに現在、教室で行われているのは全て「ジャン! ケン! グーグーグーグーグーグーグーグー!」である。
こいつらジャンケンの意味わかってるのか?
「おーおー。予想通りとはいえ凄い光景だな」
役目を終えた正人がどっかりと元の席に戻って楽しそうに血で血を洗う光景を眺めている。
「お前は参加しなくていいのか?」
「いいんだよ。見てるだけでも十分楽しいし。それに……」
「それに?」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリー!」
「……あんな死地に自ら赴く必要性は感じられないね」
「ああ、なるほど」
教室のあちこちで炸裂するグーの応酬。ジャンケンといいながらグー以外の手を見かけないのはなぜだろう。
「でもぶっちゃけたこというとお前といた方が色々と楽しそうだしな。まあ、生徒会の人間としてはぼっちくんを放っておくわけにもいかないし?」
ニヤニヤ顔はかなり腹が立つがなんだかんだでこの気づかいはありがたい。これで少なくとも生き地獄ではなくなった。
「つーか? お前はあのファイトに参加しなくていいのかよ」
「は? なんでBBA争奪戦に参加しなきゃならないんだよ。某マフィアの次期十代目ボスにでもなれるのか?」
「いや、同じ部活のメンバーなんだし自然じゃね?」
「いや、流石に親睦会ぐらいは俺もロボトークから解放され……」
「海斗くん。私も海斗くんたちの班に入ってもいいですか?」
「……解放されたいなぁ!」
いつの間に接近を許していたのかニコニコ笑顔の加奈が空気のまったく読めていない発言をしやがったので俺の心労は悪化するばかりである。
と、ここでようやくボロ雑巾と化したジャンケンファイトの王者が加奈によろよろと近づいてきたかと思うと、
「あ、天美さん。ぼ、僕たちの班に来てくれないかな。人数が足りなくて困ってるんだ」
人数が足りないというより加奈の為に意図的に空けていたのだろうとはあえてツッコまないが、いーぞいーぞ。そのままお前の班に捩じこんでしまえ。
「ごめんなさい。私もう海斗くんの班に入ってるんです」
「は? 入れるなんて言った覚えは『……部室にある幼女アニメのBD (ぼそっ)』加奈は俺たちの班員だぞ? 何勝手に誘ってやがる。あァ?」
人質をとられた俺は仕方がなく方針を変更せざるを得なかった。くっ! 俺の愛する美幼女たちをなんだと思ってやがるこの悪魔め!
しばらくして。
「それで、まだ私たちの班は三人ですけど残りの二人はどうしますか?」
この学園の一クラスの生徒の人数は四十人。その内、五人で一班とするので八つの班が出来上がる。
いや、葉山が転校してきたのでどこかの班が六人になるのか。
「フッ。お前も経験不足だな加奈」
「? 何がですか?」
やれやれだぜ。どうやらこの女はまだ気づいていないらしい。仕方がない。教えてやるか。
この世界の真実ってやつをな!
「普通、班決めなんて残り者と組むのがデフォだろ?(ドヤ顔)」
「…………」
「…………」
あれ?
「……ああ、そうですもんね。海斗くんはぼっちがデフォなんですよね」
「……久々にお前を哀れだと感じたよ」
「……私、余る前に嫌でも沢山の人に誘われるので気がつきませんでした。ごめんなさい」
やめて! そんな目で俺を見ないで!
と、俺が一人惨めな思いをしていた時だった。
「あの、ちょっといいかな?」
声をかけられたので振り向いてみる。なんと、そこにいたのは葉山だった。
「おう、どうした葉山」
と、親しそうにいうのは正人である。生徒会役員として転校生である葉山とは積極的に会話していたのを見ていたので恐らくもうそれなりの仲になっているのだろう。
正人って見た目はチャラいが普通に良いヤツなんだよなぁ。こんな俺にも話しかけてきてくれるし。
「あのー、僕、まだ班が決まってないんだけど、ここの班に入れさせてもらってもいいかな?」
「おう、いいぜー。ちょうど残りの人数をどうするか悩んでたところだ」
ニカッとした笑顔を正人がむけると葉山はほっとした表情をして安堵した。うむ。気持ちはわかるぞ。
「よろしく」
「あ、ああ……」
眩しい。これがイケメンスマイルというものか!
「残り一人ですね。どうしましょう?」
「私たちも入ってもいいですか?」
加奈の言葉に続くように誰かがまた話しかけてきたので必然的に班員たちの視線はその声の主に向かう。
そこにいたのは二人の女の子だった。どちらも黒髪ロング。だが片方はツリ目でツンツンとした雰囲気を纏った美少女。もう一人はツリ目の子の後ろに隠れた大人しめのおどおどとした雰囲気を纏った美少女だ。
「おー委員長に副委員長じゃねえか。ウェルカムだぜ」
委員長に副委員長……ああ、そういえばそんなのがいたっけ。確かツリ目の委員長が渚美羽で、大人しい方の子が渚美紗だっけ。
ぼっち生活が長かったからすっかり忘れてた。
「ありがとうございます」
「……あ、ありがとう」
どうやら他に六人の班は無いようで、それを確認するとさっそく近くの机をかき集めて席につく。
着席と同時に――――渚美羽と目が合う。だがそんな渚美羽はキッと俺を睨んだかと思うと妹である渚美紗の方に椅子を近づける。
……心なしか妹を鬼から庇っているように見えなくもない。その鬼というのが俺なんだけども。
「ふぅん」
そんな中、加奈はこっそりと、楽しげな笑みを浮かべていた。
「親睦会も、なかなか面白そうなことになりそうですね」
……あ、これは何かロクでもないことを思いついた顔だな。
やはりというかなんというか。加奈は立ち上がると、
「皆さん。私から少し提案があるのですが――――」
というわけで。
「それでは、第一回! チキチキ! 転校生葉山くんの歓迎会あーんど親睦会前に親睦を深めちゃおうぜカラオケ大会――――! いえーい!」
『いえーい』
わーわードンドンパフパフー。
………………。
「なんだこれは」
放課後。俺たち親睦会の班員六人+二人はカラオケボックスにやってきた。
俺はこっそりと隣の席の加奈に話しかける。因みにこの場には南帆と恵も参加している。さきほど第一回チキチキうんぬんは恵が言ったものだ。
「決まってるじゃないですか。<同類を見破れ! オタク探しトーク>を仕掛けるんですよ」
「あれを今ここで?」
「ええ。部活での練習の成果を試すときです」
「別に試さなくてもいい成果だけどな」
「それに、部活の時とは状況が違います」
無視しやがったぞこいつ。
「今回はフィールド魔法<カラオケボックス>が発動してます」
「お前さては遊○王好きだな?」
「私はゴッズ派です」
「奇遇だな。俺もだ」
閑話休題。
「日本円を消費することで注文魔法を発動できるこのフィールドでは実は個人の趣味が色濃く反映される場なのです」
「もう少し分かりやすくいってくれないかなぁ!」
俺は分かるけどね。スピ○ドワールドのことだろうけど。
「つまり、カラオケボックスという場は歌う曲でその人の趣味が解るんですよ」
「おおっ。なるほど」
確かにここで迂闊にアニソンをかけてしまえば一気にバレる。
「闘いは選曲の時点で始まっているのです。オタクか一般人かのギリギリのラインの曲を選び、トークで気配を匂わせ、『あ、これはアニソンを歌ってもいいのかなー』的な雰囲気を作り出し、相手の化けの皮を剥がせば我々の勝利です」
「もし……もし、相手がオタクではなかったり、相手の化けの皮を剥がす前に俺たちの趣味がバレた場合は……?」
ゴクリ、と思わず生唾を飲み込む。加奈はシリアスな雰囲気を纏い「くっ」と辛そうに顔をそらすと、
「明日からは『あっ、この人オタクなんだ』という目で見られるとても気まずい学園生活が待ってます」
「嫌ぁあああああああああああああああああああ!」
俺の場合は致命的だ。もしそんな噂が出回ると俺の誇張された噂とイメージという抑止力が崩れ、巷の不良たちがいっせいに「アイツって実はオタクなんだぜー!」「なら楽勝だなヒャッハー!」となだれ込み、流れ作業のように迎撃していく日々が始まるだろう。
カラオケボックス。
それはまさに、戦場ッ!
「それじゃあ、何歌おっかなー」
正人の何気ない一言を皮切りに、俺たちの闘いが始まったッッッ!