第107話 父と母
ちょっと悩みまくっていましたが、結末までの方向性が自分の中で固まってきました。
メイに向けられた気持ちから真っ向から向き合う。
俺は戸惑いながらも、正人がくれた言葉をしっかりと噛みしめていた。
これまで、俺はメイを友達として見ていた。大切な友達として。だが果たして、本当にそれだけだったのだろうか。友達としてだけ、だったのだろうか。メイの顔を思い浮かべると、ちょっとドキドキしてしまったりもする。でも同時に……他の子の顔も、思い浮かんでしまう。
俺は自分で自分の気持ちがよく分からなかった。
分からなくなってしまっていた。
というか、告白されたという事実に俺はあらためて緊張してしまっていた。あれからずっとそのことばかりを考えてしまっている。
当然、せっかくの修学旅行にも身が入らず、あっという間に時間が経ってしまった。
どうすればいいのか悩み続ける俺はメイが勇気を出して告白してくれたのに、ずっと返事を引き延ばしてしまっている。
旅館に戻っても布団にくるまってバタバタと悶えることしか出来ないし、素直に嬉しいのも自覚している。でも、俺は今の関係を……文研部のみんなとの関係を壊したくないと思っているのも確かだった。
仮に俺がメイと付き合ったとして、そうすれば今の俺たちの関係は確実に壊れてしまう。
いやでも変化が起きてしまう。
それでいいのだろうか。
手に入れた日常を壊すことになっても。
だが逆に言えば、俺はそれを壊す覚悟すら持ち合わせていないということで、結局はヘタレなのだ。
このまま引き延ばせばメイの気持ちを踏みにじることになる。
それは……嫌だ。
勇気を出して告白してくれた女の子に対してそんなことをするのは嫌だ。
でも、今の自分の気持ちすらハッキリしていない状態で返事をするのも違う気がする。それだって、メイの気持ちを踏みにじることになる。
どうすればいい。
どうすればいいんだろう。
こういう時、どうすればいいんだろう。
頭の中はもやもやして、上手く考えがまとまらない。
このもやもやは本当になんだろう。
どうして晴れてくれないのだろう。
これさえ晴れてくれれば、きっと悩まなくて済むのに。
「はぁ……」
結局、何も答えが浮かばないまま時間だけが過ぎていく。
まわりのみんなが修学旅行を楽しんでいる中、俺は不思議な熱が体を支配していて、楽しむどころではなかった。
そして、加奈たちの様子が変だったことにすら気がつかなくて。
そんな不完全で、不誠実で、何の結論も出ないまま。
修学旅行が、終わってしまった。
☆
行きの時よりもかなり疲れた俺は、フラフラとしながら帰宅した。隣の部屋に住んでいる加奈はというと、何か考え事があるからとどこかへと行ってしまった。そんな加奈の様子がおかしいことに気がつかなかった俺は、そのまま彼女と別れて帰宅したのだ。
重くなった体を引きずり、ドアを開ける。
すると、玄関にあるはずのないものがあった。
具体的には、二足の靴。
しかも大人の。
一つは男性の。もう一つは女性の。
「まさか……」
俺は嫌な予感がしつつも、急いで中へと入る。
「げっ」
そして、嫌な予感が見事に的中してしまった。
「おっ、葵海ー、海斗のやつが帰ってきたぞー」
「本当に? あっ、ほんとうだ。おかえりなさい、海斗。久しぶりねぇ、大きくなっててお母さん、嬉しいわ」
リビングにいたのは、ケロッとした顔でくつろぐ黒野海龍と、にっこりと満面の笑みを浮かべる黒野葵海……つまりは、俺の父さんと母さんだった。
「なんで二人ともここにいるんだ……」
あまり楽しめなかった、むしろ考え事ばかりしていてあっという間に終わってしまった修学旅行から帰ってきたばかりで疲れ切っていた俺は、げんなりとした表情を隠さずにたずねた。
「いやぁ、久々に海斗に会いたくなってさぁ。だから母さんと一緒に様子を見に来てみたんだ」
「本当は修学旅行に行っちゃう前に来たかったんだけどねぇ。でもちょっと遅くなっちゃって」
「だからここでくつろいでいたと?」
『せいかーい』
我が親ながら、ちょっとイラッと来る能天気っぷりである。
特に今は人がとてもとても大切なことで悩んでいるのだから尚更だ。
「おうおうおう。イライラしてるなぁ、海斗」
「どうしたの。何かあった?」
「なんか悩みでもあんだろ。話してみろって」
どうやら態度から今、俺が何かに悩んでいることが分かってしまったらしい。けど疲れがたまっている俺はどうしても両親かまってやれるだけの体力が残されていなかった。どうせ明日も休みだ。
「悪いけど、疲れてるから明日にしてくれ……」
それだけを言い残して、俺は自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れこんで、静かに眠りの世界へと旅立っていく。その最中も、俺はずっとメイからの告白のことを考えていた。
☆
黒野海龍は、眠りについた息子に対して苦笑を送った。
「おやまぁ、あれはどうやら色恋沙汰っぽいな」
「そうねぇ。なんだかとってもドキドキしてるもの」
隠そうとしているが、親からすればバレバレである。
明らかにこれまでの息子とは違う様子に二人は微笑ましい気持ちになる。
海斗の近況は海音経由で知っている。
「俺の見立てでは、部活動関連だな。部の誰かに告白でもされたか」
「ふふっ。みんなとってもかわいい子たちだものねぇ。悩むのも無理ないわ」
「本人がそれに気がついてるか微妙なトコだけどなぁ」
海龍はつい学生時代の事を思い出していた。自分だって、好きな女の子……今の妻にあたる女性に告白する前は相当悩んだ。というより、自分がその女性に恋をしていることにすら長い間、気づかなかった。自分の想いに気がついてからはそれはもう悩みに悩みまくった。その末に告白して、今となっては自分の妻である。
「優柔不断なところはうーくんそっくりだね」
「そ、それは言わない約束だろう」
「あらぁ。そんな約束したっけー?」
小悪魔のような笑みを浮かべる葵海。我妻ながら今でも若々しくて世界一かわいいと思う。
「と、とにかく。まあ、同じように悩みに悩みまくった俺から言わせてもらうとだな。あいつがもう一歩、踏み出すにはアドバイスが必要だな。うん」
「余計なこと言ってからかっちゃだめだよ?」
「分かってるって。まあ、あいつは自分の気持ちに鈍いからなぁ。まずは自分の気持ちを気づかせてやらないと何もはじまらん。あのままだとずっと悩んでばっかで進もうとしなくなってしまう」
それは本人のためにならないし、なにより告白してくれた女の子にも申し訳ない。本来ならばこういう子供の色恋沙汰に大人が首を突っ込むべきではないのかもしれないが、まあ息子の場合はそもそも自分の気持ちにすら気がついていないので相談に乗るぐらいは良いだろう。
そんなことを考えながら、二人はかわいい息子が起きてくるのをじっと待っていた。
☆
翌日。
休日なのをいいことにバッチリと睡眠をとった俺は風呂に入ってサッパリし、更に風呂から上がると突然、まだ居座っている父さんに呼び出された。ありがたいことに母さんがご飯を作ってくれてたので久々のお袋の味とやらを堪能していると、
「よし、海斗」
「なんだよ」
「父さんが恋の悩みに乗ってやろう」
「げほっ!?」
むせた。思いっきりむせた。
「な、なんっ!?」
「おっと、みなまで言うな。これでも一応、お前の親だからな。見てれば分かる。大方、女の子に告白されて返事を迷っているんだろう」
大当たりである。ていうかなにこれかなり恥ずかしいんだけど! 親にこ、ここここここ恋とかそういうのを言葉にして言われるとかなり恥ずかしいんだけど!
「まあ、恥ずかしいのは分かるが話してみろ。お前、昨日は酷い顔だったぞ」
「こういうのに親が口出しするのもどうかと思うんだけどねぇ。でも、心配なのよ」
俺が何か言い返そうとしたら父さんはいきなり真剣な表情になって。
こうしているとあらためて目の前の人物が父親なのだと再認識する。
普段は仕事ばっかりで、家も空け気味だったのに。
思えばこうして改めて何かを相談するなんてこともはじめてかもしれない。
中学の時……いじめられている時は、心配をかけたくなかったので母さんにも隠してたし。だけど今の口ぶりからすると、どうやらもう中学の頃の事は知っているようだ。姉ちゃん経由でバレたのだろうか。まあ、そんなことは今はどうでもいいけどさ。
「…………実は……」
気がつけば俺は、父さんと母さんに話してしまっていた。メイから告白を受けたこと、その返事を引き延ばしてしまっていることを。
あらためてこういう色恋沙汰を親に話すのはかなり恥ずかしかったけど、結局考えても考えても答えは出ないし、誰かに話を聞いてもらいたいと思った。
「なるほどなぁ」
俺の話を聞き終えて、父さんが真剣な表情で頷いた。
「だから、俺、どうすればいいのか分からなくて……」
「なんで?」
「え?」
父さんから発せられた言葉に、ついポカンと口を開けてしまう。
「簡単なことだろ。お前が今、どう思っているか。それを素直に伝えればいいんだよ。自分の気持ちから逃げずに南」
ケロッとした顔でそんなことを言う父さん。
「いや、それって結局解決になってないんじゃ……」
「アホか。俺に相談したぐらいで解決すると思ったら大間違いだ!」
ドヤ顔でそんなことを言う父さん。
そうなんだけど……そうなんだけどさぁ!
「まあ、お前がその子たちを大切に思っているのは分かる。だったら今の率直な気持ちを、告白してくれた子に伝えてみたらどうだ。待たされるのも結構、緊張して辛いもんだぞ。その子は自分から答えを待つと退いてくれたんだろう。なら尚更、今の率直な気持ちを伝えなきゃダメだぞ。そこに嘘を混ぜてしまったら、傷つくのは嘘をつかれた子なんだから。だから、自分の気持ちからそむけるな。逃げるな。お前が本当はその子をどう思っているのか。素直になれ。白状しろ。お前は勝手に自分の心にフィルターをかけているだけだ。そんなものは取っ払え。お前はその子を、その子たちを、今のお前の居場所を、どう思っている?」
そんな父さんの言葉を聞いて、俺は静かに目を閉じた。
自分の親とこういう話をするのは初めてだが、意外とすんなりとその言葉は心の中に入ってきた。
正人にも同じようなことを言われた。
逃げるなと。
父さんの言っていることも、それと同じことだ。
逃げてはいけないのだ。
自分の気持ちから、メイの気持ちから。
たとえそれがどんな結果になって、どんな結果をもたらそうとも。
「もう一度聞くぞ。お前は、その子を……いや、その子たちをどう思ってる?」
「…………大切だよ」
「だったらそれが今のお前の気持ちだ。難しく考えずに、ただそれを、伝えてやればいいんだよ」
不思議なことに、あれだけ悩んでいた俺の頭の中は父さんのその言葉で晴れた。
俺は逃げていた自分の気持ちと向き合って、大切にしているものが何なのかをハッキリと認識し、そして……どう大切にしているのかを、自覚した。
難しく考える必要なんて無かった。
悩むことなんて修学旅行中ずっとやっていた。
でも答えなんてとっくに出ていたんだ。
それを口に出すのが怖かっただけで。
逃げるのはもうやめだ。
向き合おう。
現実と。
俺の、気持ちと。
☆
結局、父さんと母さんはその後すぐに帰っていった。何しに来たんだと思わなくもなかったが、本人たち曰く「元気にしてると分かって安心した」らしい。つまり知らず知らずのうちに心配をかけてしまっていたということで。
まあ、これからは近況報告ぐらいはちょくちょく入れようかな、なんて思いつつ。俺は、メイに電話をかけた。
正直、かなり緊張する。
告白してくれた女の子と話すのだから。
「もしもし」
「……俺、だけど」
「ふふっ。分かってるわ」
電話越しでも、メイの声はよく聞こえる。
その声に更に緊張しつつ。
「その……返事、しようと思って」
「…………ん」
俺の言葉に、微かにメイが緊張する気配を感じ取った俺はつい自分でも緊張してしまう。これ以上、緊張のしようがないかと思っていたけどそうでもないらしい。
「俺さ……その……まだ、どうすればいいのか分からないんだ」
「……………………」
「俺は、メイの事は嫌いじゃない。……いや、それどころか、好き、なんだと思う。でも、俺はまだ迷ってるんだ。メイをとるか、部活をとるか。正直、まだ迷ってる。メイは、分かっているだろ? 多分、このままだと今の俺たちの……部活にいるみんなとの関係が壊れてしまうってことぐらい」
「…………ええ」
「仮に俺たちが付き合ったとして、きっと俺たちは今のままじゃいられなくなる。あの居場所は、壊れてしまう。もう二度と、戻ってこないんだと思う。俺はそれが、嫌なんだ。俺はあの場所を、とても大切だと思っているから。メイも、みんなも、大切だから」
「……うん。わかるわ」
「俺は、メイが好きだ。でも、あそこにいるみんなの事も好きなんだ。加奈も、南帆も、恵も、美羽も、美紗も、南央も、小春も。…………あ、あと、その……れ、恋歌さんのことも。みんなの事が、好きなんだと思う。あの部室でみんなと過ごした時間は俺の宝物で、その時間と共に俺はみんなのことが大切になって、好きになっていったんだと思う」
「まったく、ずいぶんとたくさんの女の子に目移りしちゃってるのね」
「ご、ごめん……」
電話越しでも分かるぐらいにメイは呆れている。
うん。気持ちは分かる。そりゃ俺の言っていることは明らかにおかしいもの。
「ていうか恋歌さんはどうして?」
「そ、それは言わなくちゃダメか?」
「ダメよ」
「その…………なんていうか、あの人も同じぐらいに、同じ時間を過ごしている気がして。いつも見守ってくれているというか、俺の事を、大切にしてくれてるんだなって」
「…………惚れっぽいのね」
「たぶん、そうなのかも……」
でなければこんなにも色んな子を好き好き言ったりしない。
「と、とにかく。これが今の俺の正直な気持ちだよ」
「……ん。分かったわ。とりあえずわたしは、フラれた、っていうわけじゃないのね?」
「うん。だって、好きだし」
「こ、今度はハッキリと言ってくれるわね」
「本当なら電話越しじゃない方がかっこいいんだけどな」
でもまあ、告白の返事としては最低の部類に入ると思う。
「俺、もうちょっと考えてみるよ。メイのこと、みんなのこと、これからのこと。多分、今結論を出すには俺にはまだ覚悟が足りないんだと思う。だからもう少しだけ……待っててもらってもいいかな。今度は俺から、メイに気持ちを伝えるから。これからどうするのかを。ちゃんと伝えるから」
「わかったわ。……ありがと」
「ん。こっちこそ、ありがと」
メイが告白してくれたからこそ、俺は逃げずに済んだのだから。
そういう意味では、正人にも感謝しないといけないけど。
「決めた」
「……?」
「返事は……その、クリスマスにする。その時に、俺がこれからどうするのかを、ちゃんと返事するよ」
「……わかった。楽しみにしてるわ」
これは俺なりの決意表明である。
時間はかかってしまうかもしれない。
でも、今度はいつ返事が来るかを伝えずに、メイに辛い思いをさせたりはしない。
ちゃんと期限を決めて、それまでに俺なりの気持ちをみんなに伝えようと思う。
☆
「…………決めた」
わたしは、決意する。
その決意を露わにするために、わたしは部屋で一人、それを言葉にした。
「クリスマスに……海斗くんに、告白しよう」
わたし、天美加奈は。
その決意を、口にした。
海斗の最後の発言を修正
返事の期限がバレンタインデーからホワイトデーになりました。
※追加訂正
海斗の発言がホワイトデーからクリスマスに変更。
また、加奈の発言もバレンタインデーからクリスマスに変更しました。
何度も変更してしまい、申し訳ありません!