第104話 呼び出しと告白
結局、修学旅行一日目はすぐに過ぎ去った。夜になって戻ってきた正人は相変わらずどこか不機嫌そうで。そして俺は正人から言われた言葉がずっと頭の中でチクチクしていた。
――――なぁ、お前だってもう分かってるんだろ?
その言葉は俺に突き刺さり、あれから夜もずっともやもやしっぱなしだった。
俺の心のどこかが、正人の言葉を受け止めて震えているかのような。直視するのを避けているような。
「あぁー、くそっ……」
どうして正人がイライラしているのか分からなかった。でも俺は知っているような気がした。それが、加奈たちに関係しているという事に。でも俺はそれを知ることを恐れている。無意識のうちに。そして正人はそれを指摘しているのだ。逃げるなと。そう言っている。
俺は布団の中、暗闇の中で考える。
でも答えが出てこない。
いや、意図的に出ないようにしているのだろうか。
正人という俺にとっての大切な友達が指摘してくれているのに俺は逃げてばかりだ。
そんな自分に嫌気がさしてきたその時だった。
チカッと暗闇の中で俺のスマホが光った。画面を見ていると――――メイからだ。俺はスマホを手に取って、その電話にこたえる。
「……はい。もしもし」
「もしもし。こんばんは」
耳元にかかるメイの言葉にちょっとくすぐったくなる。
「こんな時間に電話とか、どうしたんだよ」
「ふふっ。呼び出し、しようと思って」
妖艶な雰囲気を漂わせたその言葉に不意にドキッとしてしまう。真っ暗闇の中で、なおかつ俺以外のやつらはみんな寝静まっているからかやけに心臓の鼓動がはやく聞こえてしまう。
そして俺はメイに呼び出された。それも外に。就寝時間に外に出歩いているところを先生に見つかると確実に怒られる。俺はびくびくしながらも部屋の外に出た。静まり返った廊下を歩くのはなかなかスリリングではあったものの、無事に誰とも出くわさずに目的の場所である外に出れた。
庭に出るとメイは既にそこにいて、座って月を眺めていた。
「あ、悪い」
「なんで謝ってるの?」
「いや、なんか待たせちゃったみたいでさ」
「ふふっ。むしろわたしが謝らなくちゃならないでしょ。こんな夜遅くに呼び出したんだから」
そういうと、メイは「隣に座って」と言い、俺を隣に座るように促した。俺は大人しくそれに従う。
しばらくメイは無言のままただただ月を見ていて、俺も同じように月を見ていた。その無言になっている間、メイはどこか緊張しているようだった。なんとか息を整えようとしているようで、俺はそんな彼女に対して話しかけることが出来なかった。
俺はメイがその気持ちを整えるまで待った。
「ねぇ。わたし、あなたに言いたいことがあるの」
メイは。
「言いたいことって……?」
俺に。
「わたし、わたし――――」
その決定的な一言を。
「――――あなたが、好き」
言った。
☆
わたしはなかなか眠れなかった。なんというか、今日の海斗くんの様子がおかしかったから。今日の海斗くんはどこか心ここに非ずという様子で、みんなも心配していた。かくいうわたしもとても心配だった。
「かなみん、今日のかいくんの様子ちょっとおかしいよね?」
「ええ……」
恵に言われてわたしも同意する。
「……加奈のお説教がきいた?」
「うっ」
でもでも、あれは海斗くんも悪いのだ。メイといかがわしい……ように見えることをしているから。あれは誤解だって分かったけど。でも、海斗くんだってメイのワガママボディを堪能したのだからお説教されたって仕方がないと思う。
「あら。あなたもなかなかのワガママボディじゃない」
「!?」
わたしはメイに言われてついぱっと胸を抑えた。わ、わがままぼでぃじゃないもん……。
とにかくわたしたちは海斗くんのことが心配だった。
そしてわたしは……なんとなくだけど。
メイが何かを、知っているような気がした。
夜になって就寝時間がやってきた。話もそこそこにわたしたちはそのまま眠りについた。でもわたしは眠れなくて、眼を閉じていたのだけれども、不意に暗闇の中で誰かがゴソゴソと動いていた。何をしているんだろうと思って眼を開く。するとメイがスマホをいじっているのが見えた。メイも眠れないのかな? と思ったのだけれど、それは違った。
「もしもし。こんばんは」
どうやら誰かと電話をしているようだった。だけどどういうことか、メイは海斗くんと話していた。心臓がドキッとして、つい黙り込んでしまう。息をひそめ、ただただメイが海斗くんと話をして、どこかに呼び出しているのが聞こえてきた。そのままメイはふう、と息を吐いてから部屋を出て行った。わたしはどくんどくんと聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいな。そんな感じになって。わからくて。頭の中がぐるぐるして。わからなくて。わからなくて。わからなくて。
「…………ッ」
気がつけば、こっそりとメイの後を追っていた。
海斗くんとの待ち合わせ場所で、メイは一人でただただ月を眺めていた。
わたしはそんなメイの様子をじっと観察していた。しばらくしてから海斗くんが来て、海斗くんはメイの隣に座った。二人は少しの間ずっと無言で、わたしも釘づけにされたかのようにその場に棒立ちしていた。頭の中はまだぐちゃぐちゃで。これから二人は何をするんだろう。何をしようとしているんだろうということだけずっと考えていた。
今日の、倉庫の中でメイと海斗くんが一緒にいたことを思い出す。
それを思い出すだけでドキッとする。どくんってする。してしまう。
やがて、メイがそっと口を開いた。
「ねぇ。わたし、あなたに言いたいことがあるの」
「言いたいことって……?」
わたしは、ただただ二人の会話を聞いていた。聞いていることしか出来なかった。
そしてメイは、その言葉を。
決定的すぎるその言葉を。
口にした。
「わたし、わたし――――あなたが、好き」
あたまの中が、真っ白になった。
ぐちゃぐちゃとか。
分からないとか。
そんなんじゃ、なくて。
ただ真っ白になって。
何も考えられなくて。
「……………………」
海斗くんも何も答えなかった。
メイの顔をじっと見ていて、メイも海斗くんのことを見ている。
「ごめんなさい」
口を開いたのはメイだった。
「突然、こんなこと言って」
「あ……いや……別に、そんなことは……」
「返事は、いつでもいいから。それじゃ、おやすみなさい」
「うん……」
メイはそれだけを言い残すと、そのまま部屋に戻っていった。
わたしはただその場に突っ立っていることしか出来なくて。
どれぐらいの時間が経ったか分からない頃。海斗くんがその場からいなくなったと同時に息をゆっくりと吐いた。そのままずるずると地面に座り込む。
「…………わたしって、最低です……」
人の告白を盗み聞きしてしまった罪悪感で、胸がいっぱいになっていた。
だけどそれはまるで。
その罪悪感を逃げ道にして、色んなことを考えることを避けているようにも思った。
それも含めて、わたしは最低だ。
☆
どれぐらい時間が経ったか分からない頃。俺は部屋に戻った。トボトボと歩いて。
メイからの言葉が俺にとってはショックだった。嫌、というわけじゃない。ただメイのその言葉は、俺たちを必然的に『変化』へと導く一言だったから。
今なら分かる。
俺は『変化』を嫌っている。
ずっとこのままでいいじゃないかと思っていたのだ。
だけどメイのその言葉は、俺のそんな考えを否定するもので。
彼女はきっと、俺なんかでは想像できないぐらいの勇気を振り絞ってくれたのだろう。
でも俺はそんな彼女の言葉にまっすぐに答えることしか出来なかった。
答えを濁して。
本心を表に出さないで。
ドキドキした心を無理やり押し込んで。
彼女の心を踏みにじった。
それに加え、あろうことか告白してきてくれた彼女に謝らせてしまった。
「…………俺って、最低だ……」
俺は緊張と罪悪感のまま、眠れぬ夜を過ごした。