第97話 朝の侵入者
俺こと黒野海斗はこれまで様々な事を経験してきたと思う。
例えば、中学の頃はイジメられたし、お姉ちゃんに特訓してもらったり、変な奴らをぶっとばしたり、高校では同じ趣味を持つ友達と同じ部活に入ったり。
幼女が好きで好きでたまらない俺はここのところ変なモヤモヤとした気持ちを抱えている物の、至って普通の健康状態だと思う。
色んな経験を持っていて、至って普通の健康状態である俺だけれども、今、自分の身に降りかかっている状況を理解しかねていた。自分は幻覚でも見ているのではないかと思うほどに。
まず、状況を整理してみよう。
その一。現在時刻は朝の五時半。
その二。俺は自分の部屋のベッドの中にいる。
その三。俺と同じベッドで美少女(※十七歳程度と思われるBBA)が一緒に眠っている。
おかしいだろッッッッ!!!!
かれこれ起きてから十分はこうして考えている。
昨日は誰かを家に招いた覚えはない。
正確には、こんな黒髪美少女を家に招いた覚えはないのだ。
昨日の記憶はない。念のために服を確認してみると俺もこの子もちゃんと服を着ている。……ていうかこの子、よく見たらめっちゃ見覚えがあるんだけど。
文化祭の時の……占いの子だ。まあ、この子は元々なぜか見覚えがあるんだけど。
ていうかこいつ、なんで俺の腕にむぎゅーっとしがみついて寝ているのだろうか。俺が駄肉の感触に気分悪く唸っていると、パチッと占いの子が目を覚ました。
目と目が合う。
「…………」
「…………」
「……お、おはよう」
「あら。おはよう」
「で、どちらさまで?」
「……………………。酷いわ。昨日はあんなにも激しく愛してくれたのに」
「おい今の間はなんだ。騙されねぇぞコラ」
「嘘じゃないわ」
「とりあえずベッドから出ろ」
「嫌よ。眠いもの」
「ならせめてその腕を離して俺だけでもベッドから出させろ」
「嫌よ。ぬくぬくだもの」
目を覚ましたというのにこいつは俺の腕から手を離さない。
くすっと妖艶な笑みを浮かべているだけだ。
「覚えてないかしら? 私のこと」
「…………なんか、文化祭の事も思ったけどさ。お前、どっかで会ったことある?」
俺が何となくそういってみると、占いの子……占迷野メイはどことなく嬉しそうな表情をすると、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
「ところで、私とちょっとイイコトしてみないかしら?」
「却下だBBA」
「あら残念。なら、これならどうかしら」
と、メイは布団からあっさり出るといつの間にか俺の部屋の中に置いてあった鞄から何かを引っ張り出してきた。引っ張り出してきたそれの正体は帽子と眼鏡である。メイはそれをすぽっと被ると、くるりとこちらを振り返る。
その姿を見て。
「あ……」
俺の中にあった妙な違和感……いや、この見覚えのある感じと目の前の少女の姿。
まるでパズルのピースがはまったかの如く、俺の頭の中でその答えが出た。
「ようやく思い出したのね、この鈍感さん」
クロ……ではなく、占迷野メイはそう言って、とても楽しそうな笑顔を見せた。
メイは帽子と眼鏡をとると、またもぞもぞと布団の中に潜り込んで俺が拒否する前にまた腕にしがみついてきた。
「ちょっ、おまっ、何やってんだよ」
「何って、寝るのよ」
むぎゅっ、と心なしかさらに自分の胸を俺の腕に押し当ててくる。
惜しげもなく太ももを露わにして、スカートがちょっと際どいことになっている。ていうかスカートの隙間から何やら薄紫と白の組み合わせの色をした布のようなものが見えた気がしたのだが……忘れよう。
「つーか、さっさと離せ」
「嫌よ。だって、こうでもしないと私、とっても不利じゃない」
「不利って何が」
「あなたはまだ分からなくていいわ」
分からなくていいならわざわざ言うなよ……というツッコミはしないでおこう。
「いやまて。そもそもどうやってうちに入った」
「あなたのお姉さんが合鍵をくれたわ」
「姉ちゃ――――――――ん!」
ゼロか! 俺のプライバシーはゼロか!
最強のE・HEROや変身するたびに人々の記憶から消えていくライダーじゃあるまいし。
とかなんとか考えていると、メイはもぞもぞとまた布団の中で動き、いつの間にか四つん這いの姿勢で俺の上から覆いかぶさった。
なぜか服がはだけていて、なぜか服の隙間から薄紫と白の組み合わせの色の布がチラリと覗いていて、なぜかじーっと俺のことを見つめてくるメイさん。
「俺の顔に何かついてるのか?」
「違うわ。ただ見つめてただけよ」
「つーか、こんな体制でいるんじゃねぇよ。嫁入り前のババ……女の子が」
「あなた今ババアって言おうとしたわね」
だって俺にとってはBBAだもん。
やはりロリこそが正義なのだ。
あ、はやく円盤呼ばなきゃ! あ^~ノエルちゃんと一緒に暮らしたいんじゃ^~。
「でも、嫁の貰い手なら心配しなくていいわよ」
「ほー、そりゃ驚きだ」
「驚くもなにも、あなたが貰ってくれるんでしょう?」
「はぁ!?!???!?!」
いきなり何を言っとるんだこいつは。
「……………………冗談よ」
くすっ、とメイは明らかに俺を小ばかにして楽しんでそうに笑った。
おのれ。結局はただの冗談じゃないか。これだからBBAは。
メイはクスクスと楽しそうに笑っていた。その場から離れる気はぜんぜん無いようで、俺は諦めたようにベッドに沈み込んだ。
「あー、今日が休日で良かった……。にしても、こんなトコあいつらの誰かに見られたらかなりややこしい事になり……」
「海斗くん。かわいい女の子をはべらせて随分とお楽しみのようですね?」
「…………そう、だなぁ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という音と共になぜかこの部屋の住人でもない加奈が仁王たちしていらっしゃった。ちなみに制服だ。変なオーラのようなものが見える。ぶっちゃけ怖い。
「まて。落ち着け」
「わたしを落ち着かせたいのなら、まずは事情を説明してくれませんか?」
事情。事情か……とはいっても俺に説明できることなんてたかが知れている。
でもきっと、正直に誠心誠意で説明すれば伝わるはずだ!
「……朝起きたらこの状態だった。身に覚えがない」
「は?」
イラッとされた。
俺は正直者が馬鹿を見るという言葉をなんとなく思い出していると、メイが胸をさらに押し付けながら、
「あら。昨日はあんなにも激しく私を求めてくれたのに覚えてないというの?」
「海斗くん?」
「違う! 俺は本当に何もやってない!」
「ていうか、海斗くんにまさか女の子を家に連れ込んであんなことやこんなことをする趣味があるなんて思いませんでした」
「だから違うって言ってんだろうがこのBBA!」
「そんな趣味があるなら、どうしてわたしを誘ってくれなかったんですか!?」
「逆に聞くけどそれでいいのかお前は!」
その後、メイから誤解をといてもらって、その後、加奈とメイと俺でテーブルを囲って、話し合いをした。というのも、メイから何かお話があったらしい。
俺はというと、そのことにはなんとなく察しはついていた。
☆
「と、いうわけで。晴れてうちの部員になった占迷野メイさんです」
「よろしく」
休日の部室。
部員全員が揃った中で、新入部員の紹介を行う事になった。
「占い研究会も兼部しているけれど、出来るだけこっちにも顔を出すわ」
「文化祭の時は、かなり評判が良かったよね」
と、美紗が言う。それは俺も一緒に行った時にきいたし、実際に目にしている。かなりの的中率だったし、あれだけ当たればそりゃみんなこぞって来るだろうなぁ。
「ええ。おかげさまで」
メイはチラッと俺の方を見た。なぜだ。俺は別に何もしていないのだけれども。
「メイちゃんは今期はどんなアニメ見てるの~?」
「そうね。私は――――、」
メイは楽しそうにみんなと話しはじめた。見た感じでは割と好意的に受け入れられた感じがする。
あの時の加奈はあくまでも(なぜか)俺に怒っていたわけだし。
ていうか本当に俺が怒られる理由が分からないんだけども。
さて。まずはなんとか一安心。
ほっと一息つけたところで、俺はこれから起こるイベントの事について思いをはせた。
季節は十一月。
今月、俺たちの学校では高校生活最大のイベント――――修学旅行がはじまるのだ。
☆
「おーっす」
「おはよう、海斗くん」
月曜日の朝。俺は月曜日特有の気だるい思いをしながら学校に来て席に着きながら寝ていると、正人と葉山がやってきた。
「おう。おはよう」
「いやー、今日は楽しみだよなぁ!」
やたら正人がワクワクしている。
俺はそのワクワクしている理由が分からないので首を捻る。
「何がだ?」
「決まってるだろ。修学旅行だよ、修学旅行!」
「今日の五限のLHRで班決めとかをやるんだよね」
正人と葉山の言葉にようやく合点がいった。そういえば先週、先生がそんな感じの事を言っていた。
「去年は、一班男女混合八人で組んでたらしいぞ。つまり……グフフ」
「おいその下卑た笑いをやめろ」
「ばっか、これがワクワクせずにいられるか!」
「今のはワクワクの類の笑いじゃないけどな」
「失敬な」
そんなことを言いながら正人はごそごそと鞄から菓子パンを取り出した。
「どうしたんだそれ」
「ああ、昨日ちょっと今日の朝のパンを買い忘れてたからな。だから行きがけに買ってきた」
そういえばこいつは確かいつも菓子パンを食べている気がする。昼とか。
「お前、菓子パンばっか食うのは体に悪いんじゃないか?」
「つってもなぁ。朝、作る暇ねぇし」
もしゃもしゃと菓子パンを食べながら言う正人。
生徒会で忙しいだろうしなぁ。両親は共働きで朝早いっていうし。
「……はぁ。仕方がねぇな。俺が弁当でも作ってきてやるからせめて昼はそれを食べろ」
「え、マジ?」
「ああ。一個作るのも二個作るのも変わらねぇしな。それに朝も昼も菓子パンばっかりだとマジで体に悪いぞ」
「よっしゃ! お前の手料理けっこう美味いからなぁ。期待してるぜ」
「ほどほどにしとけ。っておい、口元にパンクズついてるぞ」
「うわマジか」
「とるから動くな」
と、俺はここでさっきから静かな葉山が気になった。葉山は俺たちを見ながらなぜかニコニコしている。
こいつが優しそうな笑みを浮かべているのはいつものことだが、今に限ってはなぜか……「優しく見守ってますよ」的な感じが。
「どうした葉山」
「いや、なんでもないよ。続けて、どうぞ」
何を続けるんだ……。思わず正人と顔を見合わせるも、正人も何がなんだか分からない様子。
「やはり正人くんが一番のライバルというわけですね……」
近くの席の加奈はというと、そんなわけのわからないことをボソッと呟いている。
「海斗くんが家で家事をして、正人くんが稼ぎに出る……うん。いけそう!」
美紗は美紗で何やら目を輝かせて創作意欲に燃えている。
何だかんだで俺の周りは今日も騒がしい。
こんなのはこの一年でもう日常と化していたが、以前は考えられない事だった。
こんな日常がいつまでも続けばいいと思うと同時に、そうはいかないことも知っている。
修学旅行は確かに楽しみなのだけれども、この先の俺……いや、俺たちに待っているのはそれだけじゃないのだ。
もう高校二年生も終盤に入っている。
そんな俺たちを待ち構える『進路』と言う大きな壁に俺は日々、ため息をつく。
俺はふと窓の外を見ながら、思う。
(…………ずっとみんなと一緒に居られればいいのにな)
ずっとみんなと一緒に。
言葉にすれば簡単だけど、それがとても難しい事を俺は理解していた。