第95話 二度目の文化祭⑦
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俺は美紗が戻った後、校舎の隅っこの適当な場所で最後の一人を待っていた。
メンバー的にはこれで最後。消去法で誰が来るのかは分かっていた。
そして俺が待ち始めてから二十分が経ったあと、
「ご、ごめんなさい先輩。遅くなりました」
「いや、待ってないから気にすんな」
息を切らせてやってきたのは南央である。南央の呼吸が整うのを待ちつつ、俺は近くにあった自動販売機でジュースを購入する。南央の呼吸が整った辺りで、俺は彼女にジュースを手渡した。
「落ち着いたか?」
「はい。あ、ありがとうございます」
南央は素直にジュースを受け取り、それを飲み始めた。
「すみません、先輩。本当はちゃんと時間通りにこれるはずだったんですけど、クラスの方がちょっと長引いちゃって……」
「だから気にするなって。それにクラスの方を優先するのは当然だろ」
「うう……でも二十分も待たせてしまったわけですし」
「…………」
しゅんと申し訳なさそうに肩を落とす南央。俺はそんな南央の額をべしっと軽く指ではじく。
「あうっ」
「だから別に待ってないって。それにたった二十分遅れたぐらいで気にし過ぎだ。女の子ってこういうのに遅れてくるもんだろ」
「……そ、そうですか?」
「そうなんだよ」
これ以上、気にされて南央が文化祭を楽しめないなんてことになるのは困る。高校一年生の文化祭は一度しかやってこないのだ。だからこそ俺は今日みんなに楽しんでほしかったしそれは南央に対しても同じ気持ちを抱いている。
「それで、だ。これからどこに行く?」
「えっと……先輩の」
「『先輩の行きたいところでいいですよ』は無しだからな」
「うう、読まれてた……」
「そりゃ今日は散々、言われたことだからな。ていうかお前の行きたいところにいくぞ」
もう耳にタコが出来そうだ。
「散々……そうだよね……先輩って今日は他のみんなと……」
南央は考え込むようにしてブツブツと何かを呟いている。その表情がどことなく真剣というかなんというか。
「わかりました。なら、一緒に行ってほしいところがあるんですけど、いいですか?」
「いいもなにもそのつもりなんだけどな。どこに行くんだ?」
「えっとですね。わたしが行きたいのは――――」
☆
「――――演劇、か」
五分後。
俺たちは体育館の中にある観覧席に座っていた。体育館の中めいいっぱい設置されたパイプ椅子はもう満席状態となっており、その人気具合を伺うことが出来る。
この体育館で行われるのは演劇部によるオリジナルの演劇である。毎年かなり評判で、どうやらその評判は今年も健在らしい。この盛況っぷりがその証明だろう。
「ここの演劇、毎年かなり面白いって評判なんですよね」
「らしいな。俺は去年見に行けなかったけど」
「わたしも見に行きたかったんですけど、去年はチケットがとれなくて……っていうか海斗先輩、どうしてチケットを持ってたんですか?」
この学園の演劇部の公演は学園祭中はかなり人気があるのでチケット制をとっている。そのチケットはすぐに完売してしまうほどで、入手することがそもそも難しい。
「ああ、なんでも葉山が今回の公演の脚本を書いたらしくてな。そのツテでもらったんだ。せっかく葉山が描いたんだし、なんとか時間を見つけて見に行こうとしてたんだけどな」
俺の数少ない友達が脚本家を務めるというのだ。これを見に行かずして何が友達か。
それにしてもラッキーだった。南央が行きたいといった時に公演の時間が上手い具合に重なっていたのだから。
「葉山先輩って、海斗先輩の友達の人ですよね? あの優しそうな感じの」
「ああ。優しくてイケメンで料理も出来る良い奴だ」
どうしてこんなにもハイスペックなやつが俺の友達になってくれているのかは謎だが、でも友達と思ってくれている(思ってくれているよね? これで俺の一方的な勘違いだったら泣いちゃうよ?)うちは俺もあいつを大切にしたいと思う。
「……むぅ」
「どうした?」
「海斗先輩、なんだか葉山さんのことを話している時に活き活きしているなって思って」
「そりゃ俺の数少ない友達の事を話してるんだぜ? そりゃ嬉しくもなるって」
本当にまともな友達なんて高校に入ってからようやくできたって感じだしな。
高校生になって友達の有難味をより一層噛みしめることが出来たような気がする。
「ていうかなんで拗ねてんだお前は」
そもそも今日はなんだかどいつもこいつも拗ねてばかりじゃないか。俺ってそんなにこいつらの気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
「拗ねてないです。ただちょっと複雑と言いますか……」
「?」
まあ、乙女心は分からないという事にしておこう。
「どうやらはじまるみたいだぞ」
体育館の中が暗くなり、これから劇が始まるというアナウンスが響き渡った。
南央もいざ劇が始まると目の前の舞台に視線が引き付けられる。俺たちが座っているのはだいたい真ん中ぐらいの位置なのでかなり見やすい。
前半と後半に分けて演劇が行われ、前半と後半の間は五分の休憩をはさむ事になっている。
ストーリーはとある村の二人の男の子が勇者に選ばれて魔王を倒しに行くというもの。ダブル主人公という形式で進む物語だ。
舞台の上で繰り広げられているその演技は迫力があり、素人の俺でも上手いと分かるし、すぐに物語の世界に惹きこまれた。南央もすっかり惹きこまれている。
時間はあっという間に過ぎて、前半が終了した。
途端に体育館の中に再び明かりが灯り、体育館の中にいた観覧者たちがそれぞれ休憩を始める。
劇はアクションシーンも盛り込まれているのでかなり迫力があったがその分、役者の体力も使うのだろう。だからこそのこの前後半休憩をはさんだ形式になったのかもしれない。
「よし、この間に何か買ってくるけど南央は何か食べたいものとかあるか?」
「あ、わたしも行きますよ」
本当はこういうのは男の俺が行くべきなのだろうと思ったが、南央を一人にしておくのは心配なので了承した。五分しかない休憩時間を有効に使うために俺たちは近道として体育館の裏側を通ることにした。
裏側を通った方が近い場所に目的の屋台があるからだ。
「いやぁ、それにしてもさっきの劇、面白かったよな」
「はいっ。特にアクションシーンがすごく迫力がありました」
「だよな。まあ、なんか男同士の絡みがちょっと多かったような気がするな」
「ちょうと濃厚でしたよね。あの顔の距離だと演技だと分かってもなんだかき、き、きすしそうでドキドキしちゃいました……」
などというように感想を言い合っていると、
「いた……海斗くんっ!」
息を切らしながら、後ろから葉山が走ってきた。その声に思わず振り返って立ち止まる。
件の葉山がいつものイケメンスマイルはなりを潜め、その顔は明らかに困っているようだった。
「って葉山? どうしたんだよ。お前、たしかさっきの劇でナレーションしてたよな。これから後半なのに大丈夫なのか?」
「ああ、うん。実はちょっと困ったことが起きて……海斗くんの力を借りたくて探してたんだ」
連絡も入れたんだけど、と言った葉山だがそういえば劇を見る時はスマホの電源を切っていたので気が付かなかった。
「どうしたんだ?」
「……実は、役者さんに欠員が出ちゃったんだ」
「欠員?」
「うん。男の子がアクシデントで怪我しちゃって、あと女の子も一人熱で倒れちゃったんだ。どうやら無理してたみたいで……だから男の子と女の子が一人ずつ欠員が出てるんだ」
「えーっと……俺を探してたってまさか……」
嫌な予感がした。そしてその嫌な予感が正解だとでも言わんばかりに葉山が苦笑して、
「うん。あの、怪我しちゃった子の代わりに劇に出てくれないかな?」
☆
「……それで、結局こうなったわけだが……」
セット裏。俺は演劇部の部員にあっという間に身ぐるみを剥がされて衣装に着替えさせられた。
「ていうか南央、お前まで何も無理に参加する必要はなかったんだぞ?」
俺の目の前には、村娘の衣装に身を包んだ南央がいた。女の子の方にも欠員が出てしまっているという事情を聞いてしまった南央が勇気を出して立候補してくれたのだ。
「だ、だって、海斗先輩の役が役ですし……ほ、他の女の子に任せられませんよっ」
「役ったってなぁ。俺って後半開始早々にやられる悪役だぞ?」
「で、でも……葉山さんに見せてもらった台本だと……ごにょごにょ」
顔を真っ赤にして何かを言う南央。
その南央の反応に対して言葉を紡ぐ前に、ドカドカとガタイの三年生の男子生徒が俺たちの前に現れた。
「君が葉山が連れてきてくれた助っ人か。俺は演劇部部長の桐谷だ」
このガタイの良い三年生は演劇部の部長らしい。手には俺たちの分の台本を持っている。
「本当に急で申し訳ない。このお礼は後で必ずさせてもらう。それで、これが台本だが……セリフは少ないし、覚えきれるところだけ覚えてみてくれ。覚えきれないところのカンペはこちらで出す」
「あー、台本はイイッス。もう全部覚えたんで」
俺が投げやりにそういうと、演劇部の部長はポカンとしたような、拍子抜けしたような表情を見せる。
「……は?」
「さっき台本は葉山に見せてもらったんで。大体の流れも頭の中に入りました」
「いや、そちらの村娘役の子はセリフは殆ど無いからわかるが……君はセリフは少ないと言ってもこの状況で素人が演じる分と考えるとそこそこの量が……」
「いや、これぐらいなら余裕なんで大丈夫です。あ、でも演技はあんまり期待しないでくださいよ」
唖然とする演劇部部長をよそに、俺は舞台へとあがった。
☆
「フハハハハハハハ! 勇者共よ、この娘がどうなってもいいのか!」
舞台の上での俺の役割は、『村娘を人質にとる魔王の手下A』である。ちなみに人質にとられているのは南央だ。俺はそんな南央を方腕でしっかりとホールドしている……とはいっても見た目はしっかりとホールドしているが、実際は優しく抱き留めているに近い。
葉山がなぜ俺を探していたのかいま分かった。そりゃこういう悪役は俺にはぴったりだろう。
「くっ、卑怯だぞ!」
「卑怯だろうとなんだろうと、勝てばいいのだよ勝てば!」
まんま俺だわこれ。
「た、助けて……勇者様……!」
これで南央のセリフはほぼ終了。俺はまだ残っている。
「フン、黙れ小娘!」
えーっと、台本ではここで村娘をもっと引き寄せる、と。
「んっ……」
……なんだろう。南央の顔がやけに赤い。それにちょっと変な喘ぎ声のようなものが聞こえてきた。
(あ、あの先輩……)
(ど、どうした南央)
(その……む、むねに……腕が……)
なん……だと……!?
い、言われてみれば腕のところにちょっと柔らかい感触があるような……くそっ。衣装のせいでよくわからねぇ!
幸いにも衣装のマントによって南央の体はあまり見えなくなっているのが救いか。
「その子を離せ!」
あ、次のセリフだ。
確か台本では……『近づこうとする勇者を脅す』だったっけ。
脅す? どうやってやればいいんだろう。
えーっと、確かこんな感じのシチュエーションは前に漫画で見たことがある気がするぞ。
自分の記憶を頼りに、俺は自分なりに目の前の勇者たちを脅してみる。
手始めに南央の体を抱きしめる。その後、片手で南央の頬を軽く触れて撫でる。
そして出来るだけ悪そうな表情を心がけて俺の腕の中でされるがままになっている南央の耳元で囁く。
「おっと、それ以上近づくとこの小娘がどうなるか……分かっているな?」
「…………」
おいどうした勇者。なんかちょっと面喰ってるぞ。
「……や、やめろっ!」
セリフがとんできたところで安堵する。どうやら俺は何かやらかしてしまったらしいが、何とかリカバリーしてくれたみたいだ。
だが問題はつい抱きしめてしまったことで南央の体のぬくもりを全身で感じ取ってしまっているという点だ。これはやばい。かなり……ドキドキする。
しかもなんだか髪から良い香りが……ってなんで女の子ってやつはどいつもこいつも髪から良い香りが漂ってくるんだ? それにみんな体が柔らかいし……。こんなんじゃドキドキしてしまうのも仕方がないと思うのだ。
「ぁう……」
そして南央よ。
どうしてお前は顔を赤くしっぱなしだというのだ。
熱でも出てきたのか? 心なしか体温が上がっている気がするし。
その後、何とか俺たちは役目を終えて劇は無事終了した。
ちなみに終わったあと、南央からは、
「せ、先輩はこれからあんなこと言うの禁止ですっ!」
「あんなことってなんだよ。あれって演技じゃん」
「え、演技でもですっ! だ、だってあんなにも悪そうな声で耳元で囁かれたら……なんだかヘンになりそうで……うう……」
と、なぜか怒られた。
次ぐらいで文化祭編は終了です。長かった! やっぱり一人一人とまわらせると時間がかかりますね。
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