第12話 文研部の奇妙な闘い
「そういえば、もうすぐ夏休みですね」
放課後の部室。
唐突に加奈が言った。
「そーいえばそうだな」
「いやぁ。楽しみだねぇ、夏休み!」
「……今年の夏も地雷狩りに燃える」
おおっと、約一名、とても恐ろしいことを呟いてらっしゃるぞ?
「ドキドキの夏休み! 楽しみだよね! かいくんは去年の夏休みどんな風に過ごしてた?」
「……クラスのDQNに金を巻き上げられて宿題をやらされてひたすら虐められてた」
あの頃は毎日「明日はなにやらされるんだろう……」とか思って布団に入ってたっけ。
違う意味でドキドキの夏休みだった。
「……あ、えっと……ご愁傷様」
「……」
「……」
く、空気が重い!
というよりあれだな。俺にとって中学時代の話は地雷だな。
「そ、それはさておき」
加奈のナイスアシストが入ったところで空気が変わった。
「夏休み前ということなので、私たち<日本文化研究部>の夏休みの予定を考えましょう」
おおっ。珍しく実に部活動らしいことをするじゃないか。普段はダラダラとしているだけなのに。
「夏休み、皆さんはなにをしたいですか?」
「夏休みは私お気に入りの特撮ヒーローの最終回があるからね! まずはこれまでのお話を総復習だー!」
「ゲーセン荒し」
「お気に入り萌えアニメを片っ端から見まくる」
「プラモデル製作」
……いつもと変わらなくね?
「せ、せっかくだからもっと夏休みにしか出来ないようなことをやろうぜ!」
「んー。じゃあ合宿とか?」
「でも親睦会がありますからね。被りませんか? イベント的に」
親睦会というのは一年生だけで行う合宿イベントである。山奥の学校の校舎と寮を借りて一泊二日の合宿を行うというもので、本当は四月にやる予定だったのだが山奥まで俺たちを送り届ける為の送迎バスがトラブルを起こして中止となり、なんやかんやで夏休み前の学期末に延期となった。
学内でぼっち生活を送る俺としては公開処刑としか思えないようなイベントである。
「あー、でも良いんじゃないか? この部のメンバーだけで行くのと学校の行事でいくのとは楽しみ方も変わりそうだし」
「む。そう言われればそうですね」
「……それにどうせ、親睦会なんか俺のようなぼっちにとっちゃ生き地獄だからな」
『…………』
しまった。また部の空気が重くなった。ここは空気を重くしてしまった張本人として責任をとらねば!
「き、気にするなよ! 中学の時に比べたらまだ今度の親睦会の方が天国だって! サンドバックにされたり金を巻き上げられたりするわけじゃないんだからさ!」
『……………………』
ま、まずい。また空気を重くしてしまった。
ここは素直に話題を逸らした方がよさそうだ。
「じ、じゃあ、気分でも変えてたまには部活っぽいことしようぜ!」
「部活っぽいことってなぁに?」
「……そもそもこの部は何をするんだっけ」
なんということだ。この部は活動目的すらろくに覚えてもらっていないらしい。
「確か、<同類>を見つけて一緒にお喋りしましょうって感じだったと思うぜ」
「でも実際、難しいんですよね。そもそもどうやって私たちの同類を見つけましょうか」
「普段の会話で深夜アニメとかの話をチラつかせてみるとか?」
「じゃあさじゃあさ。今日はそれを練習しようよ!」
ということで。
俺たちは互いに互いの趣味を知らないという前提でお喋りをすることになった。
☆
同類を見破れ!
オタク探しトーク、スタートッ!
『…………………………………………』
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
俺たちは互いに睨み合う。
今の俺たちは周囲にオタクを隠す者たちッ!
そして同時に、同類を探す者たちでもあるッ!
第一声をいう者……それはつまり、誰が最初に攻めるのか。
「……みんな、何か自分の趣味をもってる?」
意外ッ! それは南帆ッ!
一同、驚愕に包まれる!
まさか南帆が最初に切り込むとは誰も予想できなかったからであるッ!
だが、ここで乗ってもいいのか? 冷静に考えろ。ここで一気に勝負を仕掛けて「あ、俺って萌えアニメ好きなんだー。それも幼女が出てくるやつ」とか言ってみろ。
周囲の人間がドン引きすることは間違いない!
ここは……!
「いやー、俺って休みの日はテレビ見てばっかりだからさー」
う、嘘は言ってないぞ!
因みにこのトーク(というより遊び)、嘘を言う事は禁止されており、自分の趣味が相手に露呈してしまった時点で敗北である。しかも罰ゲームつき。
「他のみんなは趣味とかあるのか?」
上手くかわした!
俺は確かに休日、テレビで萌えアニメばかりを見ているッ!
だが他のやつら、特に加奈のプラモデル作りという趣味はこう上手くは隠せまい!
「私もテレビばっかりみてるな~」
フッ。やはり恵は俺と同じ手でかわしたか。だが加奈! 貴様はこれで終わりだッッッ!
「そうですね。私はお人形さんを作るのが趣味です」
な、なんだって――――――――――――!
ぷ、プラモデルのことをお人形さんだと⁉ いくらなんでも無理あるだろ!
「へ、へぇー。そうなんだ。どんなお人形さんを作るんだ?」
「最近だとクマのお人形さんをつくりましたよ」
それはさっき作ってたベアッ○イのことか! ベア○ガイのことかあああああああああああああああああああ!
「では逆にお聞きしますが、海斗くんは普段どんな番組を見るんですか?」
「ッ⁉」
しまったッ! あいてに「どんな~」という質問をするのは悪手だった!
何故なら上手くかわされた場合にカウンターをくらうことがあるからだ!
「さあ、きかせてください」
加奈はフフッと優雅な、それでいて妖艶な笑みを浮かべる。完全にしてやったりというような顔だ。
畜生ッ! 俺の見るテレビ番組といえば大半が萌えロリ幼女アニメばかりッ!
やってくれたなこのBBAァッ……!
落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ。
素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。俺に勇気を与えてくれる。
2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31……。
「まさか人には答えられないような番組でも見てるんですか?」
この、BBAああああああああああああああああああああああああああああ!
的確に俺を追い詰めてやがるッ!
だがこのままで終わると思うなよ! 萌えアニメの可能性を見せてやるッ!
「そうだなぁ。最近だとけ○おん! とか見てるかなぁ」
「!」
「!」
「!」
ふ、ふふっ。ふははははははは! バカめ! この俺が幼女アニメばかり見てると思うなよ!
そこに萌えがあるならばッ!
例え幼女が出ていなくとも視聴するのさッ!
しかもけい○ん! は社会現象アニメ、そして、リア充御用達アニメでもあるのだ!
これならばむしろ俺の趣味が露呈するどころかリア充アピールが用意ッ!
け○おん! それはすなわち、攻撃と防御を兼ね備え、更に相手の反応を伺うことの出来るこの場において最強クラスのアニメなのだ! 愚か者めがァ!
割とマジな話、オタク友達を見つけるときにけ○おん! は結構便利だぞ!
「そうですか」
ククッ。引き下がったか。
まあいい。こいつは手強いからな。後回しにしておこう。確実に化けの皮を剥がしてロボオタの素顔をさらけ出してやるぜ。
だが、その前に……。
「恵はどんなテレビ番組を見るんだ?」
「私?」
フハハハハハハハハハハ! さあ! 答えるがいい! 特撮ヒーロー物と! その時が貴様の最期だ!
「私は特撮ヒーロー物を『弟と一緒に』よく見るよ」
な、何いいいいいいいいいいいいいいい!?
バカな! 下の弟がいたのかコイツ!
となれば、自分の趣味が露呈することもなく、堂々と特撮ヒーロー物を見ていると言うことが出来る!
何故なら! 下の弟と一緒に見る、という大義名分が出来るからだ!
その理由があればやつの防御は完璧!
「……(ニヤリ)」
「ッ!」
こ、コイツッ!
あろうことか下の弟を盾に使いやがった! 最初は俺に意見を合わせてあの場を乗り切ったと思っていたがそれは違う。
あの返答は、この鉄壁の防御を作り出すための布石ッ!
こいつは初めから、俺にどんな番組を見るんだと質問させることが目的だったというのか!
(くっくっくっ。計画通りだよかいくん。これで私の鉄壁の布陣は完成したよ)
ま、まさか!
俺と加奈の攻防も! 全てはコイツの計画通りだったとでもいうのか!? つまり俺たちは、初めからやつの手のひらの上で踊るピエロだったとでもいうのか!?
「まあ、ホントは弟なんていないんだけどね」
「おいこらちょっと待て」
なんてやつだ。油断ならんな!
「な、南帆は、どんなゲームをするんだ?」
く、くくく……この手だけは使いたくなかったが仕方がない……。
「今日最後にやったゲームを教えてくれよ」
知ってるぞ南帆! お前はついさっきまで、俺がしつこく勧めた幼女キャラがたくさん出てくるバリバリのオタク向けのギャルゲーをしていたことを!
もとはといえば俺が勧め、わざわざ相手のプレイしていたゲームを知った上で最後にやったゲームはという問いかけをしたことは確かにこの場では卑怯だろう!
しかし!
過程や……! 方法なぞ……! どうでもよいのだァ――――!
「どうだ! この質問はッ! 勝ったッ! 死ねいッ!」
だが俺のそんな渾身の一撃に対して南帆は容赦なく、
「黒野海斗という変態に勧められて仕方がなくプレイしていたギャルゲー」
一番残酷な形で真実を告げた。
「うぐおおおああああ!? なああにィィイ イイッ!」
まさか普通に俺の名前を出してくるだとぉぉぉう!? つーかなんだなんだでお前も結構楽しんでプレイしてたじゃねーか!
「あ、海斗くんの負けですねこれは」
『異議なし』
こうして、この意味不明な闘いは幕を閉じたのだったッ!
第12話、完ッ!
☆
「それで、罰ゲームですが」
ようやくいつものテンションに戻ったところで、俺に待ち受けているのは敗者が受けるべき罰であった。
何をさせられるんだろう。絶対ロクなことじゃない。
「安心してください。海斗くん」
フッ。と加奈は慈愛の笑みを浮かべる。
「この罰ゲームはむしろあなたにとってはご褒美です。なにしろ、幼稚園へと合法的に入ることが出来るのですから」
「マジで⁉」
うわーいやったー! もうテンションが上がりすぎて今なら何でも出来ちゃいそうだ!
そんな俺に加奈はニッコリと微笑みかけて、
「ええ。頭にパンツを被って幼稚園に突撃すればいいだけの簡単なお仕事です」
「わーいわーい、ってそれただの変態じゃねーか!」
「これを実行すればあなたも幼女たちからモテモテですよ? そりゃあもう幼女がわらわらとあなたに群がってきます。愛でたい放題ですよ」
「マジで!? ひゃっほう!」
こうしちゃあいられねえ!
早くモテ男になって幼女たちの元へと向かわねば!
そして俺は、勢いよく部室を飛び出した!
俺の闘いは、まだまだこれからだ!
「あ、もしもし警察ですか?」
主人公の安定の通報率