第89話 はじまる文化祭
俺は自分の事をみんなに話した。俺としては結構、勇気のいることだったのだが、みんな「なんだそんなことだったのか」みたいな加奈と同じような反応だった。
こいつらめ。俺にとってはかなり悩んだというのに……。
だけど、こういう反応をしてくれて逆になんだか安心できた。愛我錠にはむかってやったので俺の中で吹っ切れたものも確かにある。だからこそ、俺は今にちゃんと目を向けることが出来る。
さしあたっては、文化祭に向けた準備だろう。俺がぼーっとしている間に期限は近づいてきていた。
放課後になると急ピッチで作業に勤しむことになっていた。看板作りなど色々とやることはある。
まあ、そういった力仕事は全部俺がやるのだけれども。
文化祭も近づいてきたある日の放課後。加奈たちと一旦別れ、自動販売機でジュースを買ってから部室に行こうとしていた時のことだった。
廊下で小春を見かけた。手にはダンボール箱を抱えている。
「小春」
「あ、先輩。どうしたんですか?」
「俺はこれから部室に行こうとしてたんだけど……っていうかなんだその荷物」
「これはクラスの準備の手伝いです。使わなくなった道具を倉庫に戻しに行くんです。これが終わったら部室に行こうと思ってて。先輩は?」
「俺はジュース買ってから部室に行こうとしてたところだ」
そう言いつつ、俺は小春の手から荷物を奪うようにして持つ。
こうでもしないと持たせてもらえそうにないし。
「先輩、あのっいいですよ別に。ていうか先輩に悪いし……ていうか倉庫って部室と真逆の方向だし」
「別にいいって。こういうのは男がやることだよ。じゃあな」
「わ、わたしも一緒に行きますっ」
荷物を持って歩き出した俺の後を小春がとてとてとついてくる。
廊下はもうまさに文化祭一色というような空気を出している。
活気がにぎわっており、もう文化祭が近いことを肌で感じることが出来た。
「ふふっ。わたし、文化祭とても楽しみです。去年までは、アイドル活動が忙しかったのであんまり文化祭には出れませんでしたし」
「そういえばお前、アイドルだったな」
「あ、ひどいですよ先輩」
ぷくっと頬を膨れさせる小春。こういう仕草をしてもかわいいのだからさすがはアイドルといったところだろうか。
「そりゃあ、今は学生を楽しむためにお休みしててあんまり活動していませんけど」
「あんまり活動していないから文化祭に出れるんだろ?」
「そうですね。だからこそ、とってもはじめてです。人生ではじめて参加する文化祭ですから」
「……そういえば去年、お前この学園に来たんだっけな」
「はいっ。海斗先輩の手作り料理、とっても美味しかったですよ? それにわたし、あのあと実はこっそり抜け出して海斗先輩たちのところに行こうとしたんです。まあ、すぐに帰っちゃいましたけど」
「なんで」
「そりゃあ、先輩が加奈先輩たちを守るためにいろいろしてたの見てましたから」
「…………あっそ」
あれは今思い返すとちょっと恥ずかしい。もう少し上手くできたんじゃないかと今でもちょっと思うのだ。だがそんな俺の心中をよそに小春はまた笑う。
「かっこよかったですよ? 先輩」
「やめろバカ。つーか、さっさと部室行くぞ」
くそぅ。ちょっとバカにされてるみたいだ。
「あ、先輩ちょっと顔赤くしてかわいいっ」
「うっせぇ!」
☆
準備は着々と進み、とうとう文化祭前日となった。ちなみに今回の文化祭はコスプレコンテストやペアスタンプラリーは出ない予定である。ああいうのは去年だけでいい。
前日は学校に泊まることが出来るから多くの生徒は学校に泊まる。
学校に泊まるというシチュエーションだけでワクワクしてくるのだから不思議だ。俺たちも部室に集まって前夜祭のプチパーティのようなことをしていた。
買い出してきたジュースやお菓子を持ち寄ってテーブルの上に並べていた。
「はふぅ。最初はちょっとやばいかと思ってたけど、なんとか間に合ったね!」
「……ギリギリ」
恵がにこにことした笑顔でそう言い、対照的に南帆は相変わらずの無表情。
「うう……今日は一段と疲れた」
「お疲れ様です。美紗」
美紗は本来あまり体力がないせいか準備最終日となり、割とハードだった今日は疲れ果てている。
「小春ちゃんは大丈夫だった?」
「うんっ。わたしこういうのはじめてだったから、準備もとっても楽しかった」
一年生勢はそれぞれ楽しそうにしているようで何よりだ。
俺も去年の文化祭は楽しかったし、一年生たちには是非とも準備も含めて文化祭を楽しんでほしいからな。
「さて、みなさんお疲れ様です。明日からまた大変ですが、頑張りましょうね!」
最後は部長らしく加奈がしめる。一年生が入ってきてからこいつも部長らしくなってきた気がするなぁ。もともとこの部活って割とゆるゆるというか特に部長がいるような部活でもなかったから去年は部長と言う立場があまり目立たなかったけど、一年生が入ってきてからはそれも目立つようになってきた気がする。
……最初はこのままいつもと変わらない日常が続けばいいなとか思っていたけど、やっぱなんだかんだみんな変わっていくもんなんだよな。
そんなことを思いながら、俺はひっそりと部室を出た。少しばかり歩き、外の空気を吸うために廊下に出て窓を開ける。新鮮な空気と一緒に夜風が廊下に流れ込んできた。
明日からついに文化祭か……なんだか楽しみだな。
一日だけ、午後全部を休みにしている日を入れているから、去年はあまり楽しみ切れなかった文化祭もけっこう楽しめそうだ。色々な屋台を回ったりして。
あいつらと一緒に屋台を回るのも楽しみだ。
と、一人で明日の文化祭に想いを馳せていると不意に部室の中から妙な空気を感じた。不思議に思った俺はてきとうなところで外の空気にあたることを切り上げて部室の中に戻る。
部室の中に入ってみると、何やら空気が先ほどとは違うことに気が付いた。
何やら女子勢がみんな……緊張感? のようなものを漂わせている。
俺がその空気にたじろいでいると、ふいに加奈が立ち上がった。
「海斗くん。文化祭の件についてなのですが……一日だけ、午後全部、屋台をお休みした自由時間を設けた日がありましたよね?」
「? あ、ああ。そうだな」
「その日、わたしたちと一緒に文化祭を回りませんか?」
ニコッとした顔でそんなことをいう加奈。
なんだろう。なぜか寒気が。
「俺はそのつもりだったけど……」
「いえ。そうじゃなくて」
ん? そうじゃない?
「わたしたち『一人一人と』文化祭を回りませんか? 二人一組ずつになって」
……………………は?
「順番はもう決めたので、一人三十分ずつ交代で海斗くんとペアを組んで文化祭を回るという事にもう決まりましたので」
「ちょっと待て! 俺の意思は⁉」
『ない』
これは酷い。
いや、そもそもどうしてこんなことになったんだ?
☆
――――二十分前。
海斗くんが出ていったあと、わたしたちはある重大な案件について話し合うことになった。
わたしは部長として、この重要な……もしかすると文化祭以上に重要な案件について切り出す。
「さて、この隙に文化祭二日目の午後に設けた自由時間の間に、誰がどうやって海斗くんと文化祭を回るかについて話し合いましょう」
「LINEで話し合っても結局、今日まで決まらなかったもんねぇ」
と、恵が苦笑交じりに言う。
そう。時間を見つけては散々、みんなで話し合ったけどやはりそう簡単には決まらなかった。
海斗くんと二人っきりで文化祭を回るチャンス。これを逃す手はない。
わたしたちは今のみんなの……この文研部の関係を壊したくはないと思っている。
それは共通認識でいいと思う。だけど海斗くんと二人っきりで文化祭をまわりたいという想いはある。
だけどここでその共通認識が足を引っ張ってしまう。いざみんなで話し合うとこれがなかなか決まらない。
「と、いうわけで。ここは妥協案として一人三十分ずつの持ち時間で交代制で海斗くんと一緒に文化祭を回るのはどうでしょう?」
『異議なし』
結局そこに話は落ち着いた。
だけど、ここからまた更に問題が起きるのだ。
「それで、順番ですけど」
どうせならみんな一番に一緒に回りたいはず。
周りを見渡してみると、やっぱりみんな一番を譲る気がないようだ。
『………………………………』
部室の中に微妙な空気が流れる。
「ここは公平にクジ引きで決めましょう」
『異議なし』
文化祭は明日に控えている。ここでまた言い争っていても仕方がない。時間が足りなくなる。よって、まるでそれがはじめから確定事項だったかのようにわたしの口からは自然とクジ引きという言葉が出てきた。
まずは番号を割り振った割り箸でクジを作り、箱に入った割り箸をみんな一斉に手に持った。
「……恨みっこなし」
『了解』
もしかすると、今が文研部史上もっとも部員の心が一つになった瞬間かもしれない。
『せーのっ!』
みんなで同時に、クジを引いた。
☆
「はぁ……」
俺は後片付けの際に一人こっそりとため息をついた。どうしてわざわざ一人ずつと一緒に文化祭を回らなくちゃならないのだろう。
みんなで楽しく回ればいいじゃないか。しかもあいつら妙に真剣だったし。
就寝場所はもちろん部室。あらかじめ布団はちゃんと持ってきていたのでそれを敷いて俺たちは各自眠ることにした。ちなみにちゃんと女子たちとは離れた場所に俺は布団を敷いた。
なぜか交代でペアになってまわることになった件など色々あったが明日に控えた文化祭が楽しみになった俺はそのまま眠りについた。
そして、文化祭がはじまる。
次回、ヒロインズとの交代デート編?