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俺は/私は オタク友達がほしいっ!  作者: 左リュウ
第8章 一年生と二度目の文化祭
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第88話 前に

 じわり、と。

 愛我錠の言葉が毒のように俺の中を侵食してくる。なんだか今までの思い出が汚されていくような気がした。


 できれば中学時代の詳細はあいつらに知られたくない。知られてどんな反応をするか分からなかった。内心どう思われるかも分からない。俺にはそれが怖かった。

 体が震えているのが分かる。愛我錠はそんな俺の反応を見て歪な笑みを浮かべている。楽しんでいるのだ。きっと。伊達に何年もこいつの玩具をやらされてはいなかった。

 

 こいつが俺の事を見て嘲笑っているのは分かる。こいつが俺の反応を見て楽しんでいるのも。


「ねぇ、アンタはそれが一番怖いんでしょう? 今のアンタが必死に隠している過去の自分の無様な姿。それを知られるのが怖いんでしょう?」


 これがとどめとばかりに妖艶な笑みを浮かべて語り掛けてくる愛我錠。

 実際、俺は確かに心の奥底で恐れていた。中学時代の俺がどれだけ無様だったかをあいつらに知られたくなかった。それは今も思っている。


 ……けど。


「そうだな。俺は、あいつらに知られるのが怖い」


 俺の返答に、愛我錠は満足げな笑みを浮かべた。


「だったら、バラせばいいだろ」


 ここで。

 愛我錠は初めて……中学時代も含めて初めて、虚を突かれたような顔をした。


「話したかったら好きに話せばいい。俺は別にかまわない」


「はァ? アンタ、自分の言ってること分かってるの?」


「分かってるよ」


「ふぅん?」


 まるで手品のように愛我錠はパラパラとテーブルの上に写真をバラまいた。見覚えのあるモノ。中学時代の俺が様々な虐めを受けていた写真。

 愛我錠は相変わらずニヤニヤとしている。俺はニヤニヤとはいかないが、もうこんなもので怖気づいたりはしない。


「ご苦労なことだな。そんな昔の写真をわざわざ持ち歩いて」


「コレクションは持ち歩く主義なのよ。ああ、別にアンタだけのじゃなくて、新しいコレクションだってあるわよ?」


 どうやらこいつは高校に上がってからも同じことを続けているらしい。今のターゲットになっているやつも、結局はこいつの『オモチャ』ということなのだろう。

 膝の上の拳をぎゅっと握りしめる。


「アンタもお仲間になってみる? 先輩として今の玩具に指導してあげたら? 逃げ方とか。ていうかアンタさぁ……」


 今度は明確な殺意を以て、愛我錠は俺を見据える。

 あの頃には見せなかった、見せるほどの相手でもなかったはずの俺に対して。


 氷の様に冷たくて、蛇のように獰猛で、龍のように凶悪な眼を。

 俺に、向ける。


「違う学校だからって油断してるんじゃない? ちょっと見ない間に生意気になって……また、あの頃に戻りたいの?」


 やる時はやる。たとえ学校が違っても、あらゆる手段を用いてこいつは俺を陥れようとする。

 だけど、それがなんだ。


「戻りたく、ないさ……でも、俺が一番嫌なのは……あいつらにずっと、嘘をつき続けることだ」


 知られたくないという気持ちは変わらない。でも、あいつらに嘘をつき続けることに比べれば。

 あの頃に戻ることぐらいがなんだっていうんだ。


「俺は今日までずっとあいつらに嘘をつき続けてきた。中学時代の情けない俺の事をずっと隠してきた。でも、もう嫌だ。あいつらは俺に自分の事を打ち明けたりしてくれたのに、俺だけが自分の無様で情けないところを隠し続けるのは……もう、嫌だ」


 だから、ある意味ではこのタイミングで愛我錠が現れたのは良かったのかもしれない。

 こいつが現れたからこそ、俺はあいつらとのことを考えるきっかけにもなった。


「お前には感謝してるよ愛我錠。お前のおかげで、俺はあいつらと本当の意味で友達になるための決心がついたから」


 愛我錠はそんな俺の反応が気に食わないのか、つまらなさそうな顔をしている。そして、不機嫌そうにため息をついた。


「なにそれ? さむっ」


 ある意味でこいつに逆らったのはもしかして俺が初めてなのかもしれない。こいつがはじめてみる、自分の思い通りにならない人間。

 ギロッと睨み付けるようにしてこいつは俺の事を見て、俺もこいつが何を言おうと引き下がるまいと身構える。


 だが、そんな俺たちの間に凛とした声が割り込んできた。


「ええ、本当に寒いですね」


 その声はとても聞き覚えのある声だった。


「でも、走ってきたわたしにとっては丁度いいかもしれません。ちょっと今、暑いので」


 ニコッ、と思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべたのは……天美加奈だった。

 見れば汗をかいており、半袖のシャツも汗で少し濡れている。呼吸もやや乱れており、どうやら走ってきたらしい。

 

「ていうか、探しましたよ海斗くん。メール送ってもぜんぜん気づいてくれないし……みんな探してたんですよ?」


「メール?」


 そういえばずっとサイレントマナーにしていたからぜんぜん気が付かなかった。

 スマホを開いてみると、文研部のみんなからのメールがたくさん届いていた。

 

 その内容はどれも俺の事を心配してくれているものばかりで、こんな場面だというのにちょっと涙が出そうになった。

 こんなにも色んな人に心配してくれたことなんて、今までなかった。それだけじゃなくて、俺がこうして愛我錠に対してはむかえたのも、こいつらに勇気を貰えたからなのかもしれないと思った。


「もうっ。いきなり帰っちゃったから本当にみんな心配してたんですよ? 海斗くん、様子がおかしかったしメールやLINEを送ってもぜんぜん反応無いからみんなで探そうってことになって」


 加奈は、今度は愛我錠の方に向き直る。

 テーブルの上にはまだ写真がばら撒かれていて、加奈はそれに視線を落とす。俺はその光景に緊張し、怖くなった。愛我錠はそれを見て歪な笑みを取り戻した。


 万が一、これで俺と加奈たちの関係が終わったとしても俺は後悔はしない。

 自分の綺麗なところばかり見せて友達関係を、こいつらとは……続けたくなかった。


「随分と良い趣味をお持ちですね?」


「ありがとう。よく言われるの。で、アンタたちがご執心のそこのオモチャなんだけど。こいつの中学時代は見た通りそれは無様なモノだったのよ? それで――――、」


「ああ、そうですか。ていうか、今更こんなもの見たからってどうとも思いませんね。むしろ海斗くんが無様とか今更過ぎますけど」


 …………………………え?


「こんなちゃらんぽらんなロリコン萌え豚なんちゃってDQNが無様だなんて分かりきってたことじゃないですか。普段から幼女幼女言っててただでさえ色々と恥ずかしい人になってたのに、今更こんなこと気にしてたんですか? 海斗くんちょっと自信過剰過ぎです。あなたは無様でアホで格好悪いただのなんちゃってDQNですよ?」


 酷い言われようだ。


「はぁ……心配して損しました。なにが『…………まだ、話せない…………でも、話せるようになったら話すよ』ですか。こんな程度のことさっさと話してくださいよ。ああ、もう。わたしたちがどれだけ心配したか……」


「お、お前なぁ! なにが『こんな程度のこと』なんだよ! こんな写真のこととかありのままを話せばドン引きされて……お前らが、友達を止めて俺から離れてしまうから、怖くて……」


 俺が本心を話すと、加奈は「はっ」とくだらないとでも言うかのように鼻で笑った。


「あのですね。あれだけ普段から幼女幼女言ってわたしたちのことはBBAだなんて言ってる海斗くんに、これ以上ドン引きする要素なんてないですよ。ええ、何度でも言いましょうか。……この程度のことさっさと話してください」


 言うと、加奈は俺の手を取って無理やり立ち上がらせた。

 そして愛我錠の方を振り向くと、


「それでは、趣味の良い誰かさん。さようなら」


 そう言い残して、俺たちは店を出た。



 しばらくの間、俺は加奈に引っ張られながら歩いていた。

 だけど俺はその足を唐突に止める。すると、加奈も止まった。

 気が付けば俺たちは人けのない公園に来ていて、タイミングの良い事に二人っきりになっていた。


「本当に、心配しました。海斗くん、あの夏祭りの日からずっと様子がおかしかったから」


「……それは悪かった。でも、本当に怖かったんだよ。こういうこと言うの恥ずかしいけど、俺、お前らのことは本当に大切な友達だって思ってるから。だから、もしお前らが俺から離れたらどうしようって。ずっと考えてた」


「バカですね。わたしたちが今更、そんなことで海斗から離れますか? もしあの場にたどり着いたのが南帆たちでも、きっと同じ反応をしたと思いますよ?」


「そうかな……いや、そうだな」


「そうです。第一、これ以上海斗くんがどうやって無様になるというんですか? 元からかなり無様だったのに」


「言いたい放題だな……」


「ええ。だって、わたしはそんな海斗くんが大好きですから」


 夕暮れの公園でそういって笑顔を見せる加奈に、俺は思わず見惚れてしまった。その笑顔は、とても魅力的なものだったから。

 そして、加奈の発した「大好き」という言葉に思わずドキッとしてしまう。体がかぁっと熱くなって、頬にされたキスの感触を思わず思い出してしまった。


「海斗くん?」


 ぼーっとしてしまっていたのか、加奈が顔を覗き込んできていることに遅れて気づき、顔の距離になぜか慌ててしまった俺はすぐに気を取り戻す。


「え、あ、うん。ありがとな」


「むぅ……ちゃんと聞いてましたか?」


「聞いてた聞いてた」


「とりあえず、みんなに連絡しておきますね」


 そういって加奈はスマホを取り出して操作した。きっとみんなに俺を見つけたことを連絡しているのだろう。

 加奈はああいってくれたけど、でも大変なのはここからだ。


 加奈こいつも含めて、俺はちゃんと俺自身のことをあいつらに伝えておいた方がいいだろう。

 もう隠し事は一切なし。本当の意味で、あいつらとは友達になりたいから。


 



(友達、か…………ホントに、それだけなのか?)





 ふと、胸の中に湧き上がった微かな疑問。

 俺はその疑問が出てきたことが自分でも分からず首を傾げたが、部室に戻ろうとする加奈を慌てて追いかけてその疑問は霧散してしまったのだった。




 さあ戻ろう。



 俺の大切な居場所に。








 ☆





「つまんないわねぇ……」


 

 愛我錠は一人帰り道を歩いていた。今日は久々に見かけたあのオモチャで遊ぶつもりだったのに、予定が狂ってしまった。

 でも、まあ、それで。


「今のアレを壊してみるのも、なかなか面白そうよね」


 まるで十七歳の少女とは思えないような歪な笑みを浮かべた愛我錠。


 だが。


「ねぇ、そこのアナタ」


 その足は、唐突に止まる。


「……わたし?」


「そう、あなた」


 愛我錠の目の前に現れた女性。その女性が彼女を呼び止め、足を止めた。

 見たところ大学生のようだ。そしてその女性は、愛我錠にとってどこか見覚えのあった。


愛我錠あいがじょう貴実花きみかさんであってるよね?」


「そうですけど?」


「ああ、そっか。よかった。わたしの勘違いじゃなくて」


 その女性は安心したように息をついた。

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに愛我錠を見る。


「わたし、ずーっとあなたとお話したかったの」


「お話?」


「うん。お話も。お話以外の事も。いろいろと、ネ?」


 愛我錠はここではじめて、目の前の女性に恐怖を感じた。

 いや、彼女にとって恐怖を感じることなど生まれて初めての事で、だからこそこの悪寒はなんなのかがしばらくの間理解できなかった。


「……ああ、本当に長かった。ずっとずっと我慢してた。かいちゃんが虐められてるって知った日から……でも、もう、我慢しなくていいんだね。……ヨカッタ」






 この日、愛我錠あいがじょう貴実花きみかの人生は百八十度変わってしまった。



 彼女のその後を知るものは、ごく一部を除いて誰もいない。










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