表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は/私は オタク友達がほしいっ!  作者: 左リュウ
第8章 一年生と二度目の文化祭
119/165

第87話 Beginning

 俺と愛我錠あいがじょう貴実花きみかの関係を語るなら。

 いじめっ子といじめられっ子という関係が最も正しいだろう。


 きっかけは俺にとってもわけが分からなかった。

 ある日の朝、教室に向かった俺を待ち構えていたのは、突然の嘲笑だった。


 どこから漏れたのか分からないが、俺のオタク趣味が暴露されていた。

 それを一番あげつらっていたのか愛我錠あいがじょうである。


 本当に。本当に、突然だった。

 突然すぎて俺本人も理解するのに少しばかりの時間を要した。


 何が何だか分からなくて。でも現実ばかりが押し寄せてくる。

 周りからバカにされ、笑われ、暴力を受けた。


 もともといた友達は、あっという間に離れて行った。

 友達だったそいつらは、さも当然のように俺のいじめに加わっていた。


 アニメが好き。漫画が好き。ラノベが好き。

 そんな趣味を持っただけでバカにされるのが俺には分からなかった。


 一番我慢できなかったのが、姉ちゃんをバカにされることだった。そういうことをいうやつに対してだけは、俺は立ち向かった。暴力を振るわれたから暴力で押し返した。でも中学時代の俺は非力で、いつもズタボロにされていた。


 だから自主的に体を鍛えようと思った。姉ちゃんをバカにしたやつだけは許しておけなかった。

 でも、俺自身に対するいじめだけは、もう抗う気力を持てなかった。


 クラスが変わっても、新しいクラスメイトたちにすぐにいじめられる。蹴る、殴るは当たり前。いつの間に入手していたのか、俺の携帯の電話番号とアドレスもネットに晒されていた。番号とアドレスを変えるとすぐに取り上げられて何度も晒された。


 学校の生徒たちにも晒されていたので、毎日「死ね」「クズ」「キモイ」というようなメールが届いた。そして、最後には携帯を壊された。

 体操服や上靴はいつも汚れていた。一番ひどいときは目の前でズタズタに引き裂かれて、ゴミ箱に捨てられた。


 中学時代から既に俺の両親は仕事で忙しく、家を留守にすることが多かった。そんな我が家の家事を引き受けてくれていたのが姉ちゃんだった。姉ちゃんは俺の時間割もきっちりと把握していて、体育があった日に体操着が無いと、当然気づく。


 汚れているだけならまだいい。「体育で頑張りすぎた」と言えば済んだ。でも引き裂かれてゴミ箱に捨てられた体操着。あれだけはごまかしようがない。

 姉ちゃんが学校や勉強の合間に頑張って選択してくれた体操着をそのまま捨てられるのは我慢できなくて、俺はゴミ箱に捨てられてもいつも拾っていた。


 そして姉ちゃんには「学校に忘れた」と笑顔で言う。そして別の日に、お小遣いから自分でまた体操着を買った。心配をかけたくなかった。


 もともと、オタク趣味を勧めてくれたのは姉ちゃんだ。俺がそのオタク趣味がきっかけでいじめられていることを知られたくなかった。


 でも姉ちゃんにそんな嘘は通じなくて、普通にバレた。


「どうして今まで黙ってたの?」


 姉ちゃんは真剣な表情でそう言った。


「…………姉ちゃんに、心配かけたくなかったから」


 俺はそう答えた。

 本心だった。


 姉ちゃんは、そんな俺を黙って抱きしめてくれた。


「ごめんね。今まで気づけなくてごめん……お姉ちゃん、失格だね」


「そんなことない……! 姉ちゃんは、ずっと頑張ってくれてた。俺が……俺が弱いから……。ごめん姉ちゃん……心配かけて、ごめん」


 俺は泣いた。ひたすら泣いた。

 悔しくて悔しくて、泣くことしかできない自分が許せなかった。


「姉ちゃん。俺、強くなりたいよ。姉ちゃんに心配かけられないくらい、強くなりたい……」


「わかった。かいちゃんがそう望むなら、わたしが協力する。かいちゃんが幸せになれるように、わたしは頑張るよ。かいちゃんが望むことが出来るような世界にしてみせる。だから……少しだけでいい。待っててくれる?」


 その時の俺は姉ちゃんの言っていることがよく分からなかった。実をいうと、今もあの時の姉ちゃんの言葉はよく分かっていない。あの頃から姉ちゃんは何やら忙しく動き回っていた。

 そしてどこで知り合ったんだというような人を家に連れてきたりして俺を驚かせていた。


 その頃から俺は姉ちゃんの指導の下、訓練を受けた。

 外における俺の生活は変わり始めていた。でも、学校の中は相変わらずだった。


 掃除の時間になると廊下では水をぶっかけられたり、足を引っ掛けられたりすることなんか普通になっていた。一度、二階の窓から無理やり落とされた時があった。幸いにもその頃には体はかなり鍛えられていたので、大怪我をすることはなかった。


 心だけが、確実に摩耗していった。


 最悪だったのは、いじめの主犯が愛我錠あいがじょうだったということだ。

 表向きは成績優秀で、真面目で、教師陣からの信頼も厚い。


 そして愛我錠あいがじょうは恐ろしいことに、人心を掌握する術にたけていた。

 相手の弱みを握るのが上手かった。握った弱みを脅しに使うわけでもない。


 ただそっと囁くだけ。その人物が自分の都合の良い方向に進むように。

 じっくりゆっくりひっそりと相手の心を変えていく。


 それは大人とて例外ではない。

 愛我錠あいがじょうにかかれば先生だろうが誰だろうが、彼女の駒になった。


 学校は俺にとっての公開処刑場となっていた。進学できたのは奇跡だったと思う。


 死にかけたことなんて珍しくなかった。 

 夏のプールの授業は、俺は何度も溺れかけた。


 死ぬか死なないか。そのギリギリのラインを確かめる実験をするかのように、俺はいつも水の中に無理やり頭を突っ込まれて、息をするのも許されなかった。


 授業じゃなくとも水には何度もお世話になった。歩いていると上から水をぶっかけられるなんて当たり前。むしろ水の方がまだマシだ。時には俺の机や椅子、勉強道具が降ってくることもあった。

 当たって俺がどうなろうと知ったことではないとでも言うかのように。


 心が折れそうになったのは姉ちゃんが毎朝、頑張って早起きして作ってくれた弁当がぐちゃぐちゃにされて、弁当箱ごと踏みつぶされた時だった。

 泣きそうになった。でも、せめて泣かないようにだけは頑張った。


 いじめられていることを学校の先生に打ち明けようとしたことがある。でも、学校の先生ですら愛我錠あいがじょうの駒と分かった以上、効果はないことは明白だった。

 そのうえ、愛我錠あいがじょうの親は国会議員をやっており、絶大な権力を持つ。そのコネクションは教育委員会だけでなく、相談所にまで及ぶ。


 そのコネクションを活かして愛我錠あいがじょうは俺の逃げ道を塞いでいった。

 俺に逃げ場なんてなかった。姉ちゃんは頑張ると言ってくれたけど、絶大な権力を持つ相手では流石の姉ちゃんもどうしようもないだろう。


 そんなある日。


 中学を卒業する少し前。


 俺はついに復讐することを決めた。


 もうどうなってもいいと思っていた。これで人生が終わっても。

 でもこれ以上、もう、姉ちゃんをバカにされるのは嫌だった。


 しかし不思議なことに、学校に教育委員会からの調査が入ることになった。

 いじめの主犯だったやつらは卒業間近に退学処分になった――――愛我錠あいがじょうを除いて。


 その後も次々と俺に対するいじめの内容が明らかになって、俺がいた中学は創立史上初の大混乱となった。だがこれもまた不思議なことに、マスコミが何も騒がなかった。

 まるで誰かに押さえつけられているように。関わるなと言われているかのように。


 主犯は愛我錠あいがじょうを除く女子メンバーということになった。だが愛我錠あいがじょうは卒業間近に転校した。

 彼女が気まぐれで何かをしたのかと思ったけど、そうじゃなかったようだ。


 でも退学になろうがなんだろうが、俺の気が収まるはずがなかった。

 俺は復讐した。クラスメイト全員に。


 具体的に何をしたのかは言わない。ただ俺は、がむしゃらに復讐した。

 殺すつもりなんてなかったし、殺すほどのことはしていない。


 何人かは病院に搬送されたらしいし、何人かはその住宅に住めなくなったけど、そんなことは俺の知ったことではないし、この程度で済んで感謝してほしいぐらいだ。

 たとえそいつらの家庭がめちゃくちゃになっても、いじめを行っていたばかりに高校推薦の合格通知を取り消されても知ったことではない。


 俺は復讐を終えた後、またそいつらが復讐しに来るかもしれないと思ったが、もうどうでもよかった。

 暴力には暴力で答えよう。もう俺の日常を邪魔しないでくれ。


 そっちがくるならこっちもやり返す。もうあの時の、黙っていじめられるだけの俺じゃない。




 やがて俺は、人と関わることが怖くなっていた。



 自覚はあった。でも認めたくなかった。

 そんな自分を消すために俺はイメチェンした。


 悪い自分を作った。誰もが恐れる不良を演出した。

 そうすることで俺は自分が人と関わることが怖くなったという事実を記憶の中から都合よく消した。

 効果はあった。でもそのせいで喧嘩を吹っかけられることはあったけれど、怖くなかった。


 こいつらに負けても体操服や上靴を切り裂かれるわけじゃない。二階から落とされたり、上から机や勉強道具を落とされたりするわけじゃない。水の中に顔を突っ込まれて、死にそうになるわけじゃない。

 中学のころのクラスメイト、そして愛我錠あいがじょうに比べればぜんぜん怖くない。


 『鬼の海斗』の誕生だ。


 高校生活は新鮮だった。春休みの復讐の件で俺は自分の趣味を存分に楽しめるようになっていた。

 体験会で入った塾で、女の子……美紗を助けられたことも、俺にとっての自信になった。


 あの時はどうしても見過ごせなかった。あんな胸糞の悪い光景はもうたくさんだった。

 だから助けた。助けられて内心ほっとした。


 ああ、俺はちゃんと強くなれたんだ。


 そう思えた。


 姉ちゃんがくれたオタク趣味は、俺にとっての宝物でもあった。

 なぜならこれは、姉ちゃんが俺にくれたプレゼントだからだ。


 完璧超人の姉ちゃんが、「弟と同じ趣味のお話がしたい」と思うことは珍しい。姉ちゃんは子供のころからずっと俺のことを世話してくれていて、きっといろんな我慢もあっただろう。


 これといった我がままも言わなかった。そんな姉ちゃんがはじめて、「弟と同じ趣味のお話がしたい」という我がままを見せてくれた。俺はそれが嬉しかった。


 姉ちゃんが好きなことは俺も好きだ。


 姉ちゃんが好きなアニメも漫画もラノベもゲームも好きだ。


 姉ちゃんがくれた大切な我がままという名のプレゼント。


 俺はこれを誇るようになった。



 高校に入ってまず最初に正人と出会った。

 正人は良いやつだ。こんな俺にも優しく接してくれた。


 そして俺は正人と友達になった。生徒会に入らなかったのは今でも申し訳ないとは思ったが、いきなり生徒会なんてところに入るのはちょっとハードルが高すぎた。……愛我錠あいがじょうが生徒会に所属していたというのも関係しているのかもしれない。


 次に出会ったのが……そう。





 ――――天美加奈である。





 思えばこれが始まりだった。


 今の俺がもつ、宝物。


 加奈との出会いは偶然だった。


 でも偶然に偶然が重なって、今の日本文化研究部が出来た。


 姉ちゃんがくれたオタク趣味。


 それが加奈たちという、大切な宝物と居場所へと俺を導いてくれた。



 あの場所は、あいつらは、俺にとって、大切な――――――――、


 






















「てゆうか、ぶっちゃけ誰でもよかったのよねぇ。あの時は。中学時代をおもしろおかしくするためのオモチャ。それがたまたまあんただったってだけ。理由? そうね。暇つぶしをしようって思った時にあんたが目に入ったってだけ。そう。それだけよ? あんたに特別思い入れがあったわけじゃない。ああ、でもおかげで中学時代は楽しかったわぁ。お礼を言うわよ。マジで。だってあんた……ククッ。必死だったんだもん。バカみたい。少しずつ壊れていくアンタを見るのはなかなか楽しかったわよ? まあ、あんたが自殺するか賭けしてたんだけどね。もちろん、わたしは死なない方に賭けたわよ? だってそうよね。オモチャが死ぬなんてことはない。オモチャは死ぬんじゃなくて壊れるだけ。たとえば人形の首がもげたとして、それを『死んだ』と表現する? 違うわよね? ま、アンタは結局最後まで完璧には壊れてくれなかったけど。ああ、そうそう。一つ提案なんだけどさ、」


 くすっ、と愛我錠あいがじょうは笑い、








「――――アンタの中学時代の無様なオハナシ、アンタの大事にしているあの子たちにバラしてみたら、どういう反応をすると思う?」



 


 あの頃と変わらず、人がもっとも避けたい話を……人の宝物を壊す一番の方法を、楽しく語る。






物語的にはもうすぐ終盤。


このラスボスを海斗たちがどう乗り切るのか見守ってくだされば幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ