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俺は/私は オタク友達がほしいっ!  作者: 左リュウ
第8章 一年生と二度目の文化祭
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第86話 最悪の再会

 夏祭りが終わり、そのあとも夏休みはあっという間に過ぎてゆき、新学期が始まった。

 しかし、文研部のメンバーはあの夏祭り以降、どうにもぎこちない空気が漂っていた。

 その根源は、黒野海斗である。


 あの夏祭りの日の夜、あの場にいたみんなが聞いた、海斗のその言葉。





「――――――――愛我錠あいがじょう……貴実花きみか……」





 聞いたことのない人の名前だった。

 でも、それだけじゃない。あれだけ衝撃的なものを見たような……あんな海斗の姿は、見たことがなかった。


「……誰なんだろう」


 思わず、天美加奈は呟く。

 新学期を迎えても海斗の様子はおかしい。どこかぼーっとしていて、それでいて、何かを恐れているような。ずっとそんな感じだった。


 二年生になった今年は、十一月に修学旅行を控えている。高校生活の一大イベントの修学旅行。それをこのままの状態で迎えたくはなかった。

 海斗に聞きたい。愛我錠あいがじょう貴実花きみか。その名が何を意味するのか。


 でもきっと、あの様子では教えてくれない。

 海斗が自分たちに隠すということは、知られたくないことなのだろう。

 それは分かる。でも、加奈たちは知りたいのだ。


 表面上の綺麗なことだけを見ていればそれはきっと幸せなことなのだろう。

 でも、加奈たちはどうしても知りたい。海斗の強さも弱さもすべて受け止めて、包み込んであげたい。


 そう思うのは勝手なのだろうか? いや、きっと勝手なことなのだろう。知られたくないと思っている相手に踏み込むのは、勝手なことなのだろう。


「……勝手上等、です」


 加奈は一人静かに、決意した。



 ☆



 俺は、少し覚束ない足取りで部室に向かった。もうすぐ文化祭だ。

 準備をがんばらないといけない。


 今年はクラスの出し物は展示系になったのでまだ楽だ。部活の方に集中できる。

 部室に入ると、もう俺以外の部員全員が揃っていた。


 全員どこか……何かを決心したような目をしている。

 それがなんなのか、この時の俺はまだ理解していなかった。


「海斗くん」


「どうしたんだよ、俺以外全員そろっているのにまだ何も作業してないじゃん」


「今日は作業はお休みです。それよりも大事なお話をしましょう」


「は? なんだよそんな改まって……」



 加奈は、何かをはぐらかそうとする俺を射抜くように視る。

 



愛我錠あいがじょう貴実花きみかって、誰ですか?」


「…………………………」




 ああ、やっぱり。

 聞かれるかもしれない、とは思っていた。


 出来れば知られたくなかったし、もし万が一こいつらと一緒にいる時にアイツを見かけたとしても、声すら出さないようにしようと決めていた。

 でも実際にアイツを見たときに、思わずその名を呟いてしまった。


 そしてなにより……俺はこいつらに知ってほしくないのだ。


「誰でも……ねぇよ。ただの知り合いだ」


 嘘だ。

 でも、こいつらには知られたくなかった。


 今の関係が心地良いから。壊したくないから。

 要するに怖いのだ。あの愛我錠あいがじょう貴実花きみかという悪魔は、俺がどれだけ無様だったかを証明するような存在だから。


「……嘘」


 だが俺の嘘は、すぐに看破されてしまう。

 当然か。たった一年ぐらいではあるけども、こいつらとはずっと一緒にいたのだ。


 これぐらいの嘘はすぐに見破られてしまう。

 嬉しい。嬉しいけど、だからこそ嫌だ。


「仮に嘘だとしても、別にいいだろ。知られたくないことぐらい、一つや二つあるもんなんだよ」


 俺は半ば無視するかのように、鞄から道具を取り出して作業をすることにした。

 今は何でもいいから手を動かして作業をしたかった。


 他のやつらはまだ納得していないようだ。どこか頑なな意志を感じる。

 でも関係ない。俺は今の日常を守るためなら――――、


「…………ずるいよ、かいくんは」


 沈黙に入りかけた部室の空気を切り裂いたのは、そんな恵の一言だった。


「わたしの時だって、人の家庭の事情に首突っ込んできてさ」


「あ、あれは……むしろ突っ込まされたっていうか……」


「それでも、だよ。なのに自分の時だけ知られたくないことがあるからって言って逃げるのはずるいよ」


 そう言われれば俺は弱い。

 でも、嫌なものは嫌なのだ。


「わたしだって、もっと知りたいもん……かいくんのこと」


 そんな恵の言葉に俺はどうしていいのか分からなくて。

 あの頃のことをこいつらが詳しく知ったら、どんな反応をするのか。

 

 それを考えると、俺は最後の一歩を踏み出すことが出来なかった。


「…………まだ、話せない」


 だから。


 俺は。


「…………でも、話せるようになったら話すよ」


 だから……俺は、過去の自分と向き合うことが出来るようになるまで、待ってもらうことにした。


 情けなくて、ただひたすら自分が情けなくて……俺は思わず、部室から逃げ出すように出て行った。



 ☆




 恋歌は、ある人物と喫茶店で待ち合わせをしていた。そのある人物は店内に入ってきて恋歌を見つけると、にこっと笑って手を振った。その笑顔に思わず頬が緩みそうになるが、そこは引き締める。


「アイスティーくださいっ」


 テーブルについて注文をする。

 ある人物……黒野海音は、恋歌を向き合った。


「で、どーしたの恋歌ちゃん。とつぜん呼び出すなんて」


「先日の夏祭りで、愛我錠あいがじょう貴実花きみかを見かけました」


「うん。それで?」


 らしくない海音の反応に思わず眉をひそめる恋歌。

 だが構わず続ける。


「どうして愛我錠あいがじょう貴実花きみかがあの場にいたのですか? 中学の頃、黒野海斗を苛めていたメンバーは全員、社会的に復帰できない状態になっていると思ったのですが」


「んー。そうなんだけどねー。かいちゃんが個人的な復讐を済ませちゃったあとはわたしの方でちょちょいっといろいろやって……いや、とてもとても不幸なことに、彼女らの人生はお先真っ暗な状態になっちゃったんだけど、あの子は直前に親の都合で転勤になっちゃったからねぇ」


「……ですが、その程度で海音さんが諦めるとは思えないのですが?」


 実際。

 黒野海音という女性が弟をとてもとても愛していることは知っている。


 というか愛しすぎてやばい組織を作り上げちゃうぐらい愛している。

 彼女がもともと有しているカリスマ性や、兄妹のいない相手を洗脳じみた話術でブラコン・シスコンにしてしまうぐらいには凄い。ていうかあれはもう魔術の類なのではなかろうかと恋歌は常々思っているぐらいだ。


「それにわたしには、海音さんがあえて愛我錠あいがじょう貴実花きみかを見逃した、というようにしか見えません。普通の海音さんなら、相手が海外逃亡を図ろうと、異世界に召喚されようと、地獄に落ちようとも、常識を力任せに砕いてでも地獄の果てまで追いかけて必要以上の報いを与えるはずですから」


「うーん。やっぱり恋歌ちゃんをはぐらかすのは無理かぁー」


 にぱっと笑う海音の笑顔は今日もまぶしい。ちょっと頬が赤くなるぐらいに。

 海音は運ばれてきたアイスティーにストローを刺して、氷を弄ぶ。


愛我錠あいがじょう貴実花きみか……あの子はね、かいちゃんの中学生活の象徴なんだよね。もちろん、悪い意味で。そして問題は、かいちゃんの中学時代は悪い意味での象徴しかいない。かいちゃんの中学時代はぜんぶ、あの子に埋め尽くされてしまった。やっぱり、悪い意味で」


「なら、なおさら愛我錠あいがじょう貴実花きみかがまだ健在であることが問題のように思えるのですが」


「うん。そうだね。でも、さっきも言ったようにあの子はかいちゃんにとっての中学時代の象徴なんだよ。人生で一番最悪だった三年間の象徴。でも、今のかいちゃんは違う。かいちゃんの周りにはもう、とても素敵な友達がたくさんいる。もう誰かを拒絶することを止めて、少しずつだけど変わりはじめてきた……強く、なろうとしているんだよ。だからね、かいちゃんは最後に越えなくちゃいけない」


「越える?」


 恋歌の問いに、海音は静かに頷いた。


「そう。越える。あの子を……愛我錠あいがじょう貴実花きみかっていう、最後の壁を。過去に味わった、悪夢の象徴を。そうすることでかいちゃんはようやく、本当の意味で強くなれる。これからかいちゃんが選択する未来に繋げることが出来る」


 彼女が何を思っているのか、恋歌にはわからない。

 でも黒野海音という女性は、ただひたすら弟のためを思っていることは分かっていた。


「まあでも、もしもかいちゃんがあの子を越えることが出来たら遠慮はしないけどね。今まで我慢してた分、まずは社会的な地位をぶち壊してまともな人生を送れないようにしてあげるんだぁ。そのあとも徹底的に……」


「海音さん、ここはわたしが奢るのでとりあえず物騒な話はやめましょう」



 ☆



 俺は後悔していた。

 あの部室から半ば逃げたように出て行ってしまったことを。


 ……あの態度はやっぱちょっと無かったかな。

 いくら知られたくないとはいってももうちょっと、こう、勇気を出せなかったものか。


 でも、やっぱり怖いのだ。あの部室を失うことが。あいつらを失うことが。

 俺は幸運にもあんなにも可愛くて良い子たちと友達になることが出来た。


 最近は心の中にあるもやもやに悩まされたりはしているけれど、それでも本当に感謝していた。

 だからこそ、失いたくはないのだ。


 ……忘れよう。あの悪魔のことは。

 俺はあの日、何も見なかった。




 これまで通り、いつも通りの日常を――――――――、





「久しぶりねぇ」



 ―――――声が、した。


 もう聞きたくはなかった。


 聞くはずはないと思っていた。


 忘れようとしていた。



「一年ぶりぐらいかしら?」



 まるで友人のように気軽に、話し、かけ、て、きた。


「……愛我錠あいがじょう貴実花きみか……なんで……」


「ああ、親の仕事の都合でこっちの学校に転校してきたのよ」


 彼女は相変わらず淀みなくスラスラと物を言う。

 中学のころとまったく変わっていない。


 俺は逃げ出したい衝動に駆られた。

 だが、足が震えて動かなかった。


「なァに? 久しぶりの再会に感動して思わず足が震えてるの? あはッ、かわいいところもあるもんねぇ?」


「……………………ッ!」


 あの事のことを思い出すだけでこんなにも体の自由が利かなくなる。

 彼女から発せられる何か得体のしれないような何かが俺の体を縛りつけているように思えた。


 そんな愛我錠あいがじょう貴実花きみかは不気味な笑みを浮かべると、




「全米が大感動した再会を記念して、お話でもしましょうか?」




 あの頃と変わらない、なんてこともなさそうな声で、悪魔の誘いを繰り出してきた。





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