ifストーリー 美紗ルート④
いつからその気持ちを抱いていたのかは分からない。あいつとの日々を過ごすうちに気が付くと、この感情を抱いていた。
文化祭当日。
俺は、いつもよりはやく目が覚めてしまった。
制服を着て、いつもより早い時間に家を出る。テキトーにブラブラと辺りを散歩してから学校に行こうと思ったのだ。
外に出てみると、まだ朝も早いというのに通学路を歩く人は多かった。おそらく、これも文化祭の影響だろう。まだ午前六時にも関わらず、だ。
みんな張り切ってるなぁ……。いや、初日だからこそ張り切るのか。
俺はなんだかソワソワした気分がしてきたので、予定の時間よりも早いが集合場所へと歩いて行った。
この文化祭は、俺にとっての勝負所である。だからこそ、心が落ち着かない。
俺は彼女との……美紗との今の関係を気に入っているし、壊したくはない。でもそれと同時に、今の関係から一歩前に踏み出したいという気持ちもある。
悩んだ末に俺は、美紗に一緒に文化祭をまわろうという提案を持ちかけた。これは俺なりの決意の表れ。今の関係を壊すかもしれないというリスクを冒してでも手に入れたいモノのための決断。
集合場所は駅前の広場。まだ予定の時間まで一時間はある。だけど俺はその場所にたどり着こうとしていた。楽しみで。でもそれでいて落ち着かなくて。俺の足は自然にその場所へと向かっていた。
「あ……」
思わず呟く。集合場所にたどり着いてみると、そこにはもう既に、美紗がいた。思わず駆け足でその場所に向かう。
「わ、悪い」
「ううん。わたしが勝手にはやく来ただけだから、海斗くんが遅刻したわけじゃないよ」
そういって微笑む美紗の顔に、思わず見とれてしまう。ただ笑顔を向けられただけでこんなにも心が弾んでしまうのは、惚れた男の弱みというやつだろうか。いや、これは弱みというよりも特権、かな。
「いや……でも、美紗を待たせちゃったのは事実だし。ダメだな、俺って」
姉ちゃんからも「女の子を待たせちゃだめだよ」って教わっていたのに。
「ふふっ。でも、海斗くんはどうしてこんな時間に? まだ一時間もあるのに」
「そりゃあ…………」
なんて言おう。……いや、ここはごまかさない方向で。
これぐらいの牽制は許されるだろうか。
「…………楽しみだったからな。美紗と一緒に文化祭まわるの」
だめだ。恥ずかしくて。美紗の顔を直視できない。
実際にこう言うセリフいうのは恥ずかしい。こんなこと素で言えるやついたら尊敬するわ。
「ん……わたしも、楽しみだったよ。だからつい、早起きしちゃった」
なんだか遠足を楽しみにしている小学生みたいだね、といって美紗は笑った。俺もつられて笑う。確かにそうだ。まるで小学生みたいだな。
そんな感じのやり取りがあった後、俺たちは一緒に学園に向けて歩き出した。
☆
朝早いのにも関わらず、やはり校舎にはたくさんの生徒がいた。みんな準備にラストスパートをかけている。俺たちは昨日のうちに準備を終わらせていたので、問題はない。
展示室には実行委員の人が一人、受付にいてくれるそうだ。
「あとは俺たちに任せろ。お前たちが支えた文化祭を楽しんでこい」
と、筋肉先輩に言われた。なので、あと俺たちに出来るのは展示室に行って最終チェックを済ませるぐらいだ。時間はたくさんあるわけだし。
朝の展示室には、やはり誰もいない。壁には文化祭当日までの写真が所狭しと張られており、煌びやかなポップなどが展示室の中を思い出の空間として演出している。
「大変だったね」
「そうだなぁ……」
本当に大変だった。けっこうギリギリのスケジュールだったし、昨日の間に作業が終わったのは奇跡といってもいい。
「お客さん、これ見て楽しんでくれるかな?」
「どうだろな。実際はこれ、準備の風景を切り貼りしてるだけだし」
でも、自分で言うのもなんだが準備中の風景を上手く伝えられていると俺は思う。
これを見に来てくれる人に、この楽しい雰囲気を少しでも伝わったらいいのだけれど。
☆
やがて時間が経ち、ついに文化祭がはじまった。
開始と同時にたくさんの人が学園の敷地内へと流れ込んでくる。
俺たちもその様子を見てから、展示教室を出て校舎の中を二人で歩き出した。
「まずはどこからまわる?」
「海斗くんの行きたいところでいいよ」
「いや、俺はいいから美紗がいきたいところに行こうぜ」
「え……いいよ、わたしに遠慮しなくても、海斗くんの好きなところに……」
「いや、美紗の」
「海斗くんの」
こんな感じで数分ほど揉めた俺たちは、結局パンフレットのスタンプラリーを順番にこなしつつ、てきとうにブラブラとまわることになった。
外に出てみると、一気に騒がしくなった。今もこうしているうちにたくさんの人がこの学園の中へと入ってきている。
「わぁ、見てみて海斗くん。これ、綺麗だよ」
美紗が数ある屋台のうちの一つで立ち止まる。そこは造花を作って販売している屋台だった。美紗は、桜色の造花を手にしている。何らかの加工がされているのか、その表面はキラキラと輝いていた。
「お、ホントだ。よくできてるな」
そりゃたしかにプロの人が作るものに比べたらチャチなものかもしれないが、それでも高校の文化祭のレベルと考えるとかなりの高クオリティなのではないだろうか。
「あの、すみません。これください」
「はい、ありがとーね!」
俺は、造花を買うとそのまま美紗に差し出した。
「ん。やる」
「いいの……?」
「うん。まあ、ほら……綺麗だから美紗に似合いそうだし」
「あ、ありがとう」
「別にお礼を言うほどのもんでもないよ」
なんだか気恥ずかしくなった俺は、そのままトコトコと歩きだす。特に行先を決めているわけではない。ただ恥ずかしさをごまかすように歩いているだけだ。
次に向かったのは、クレープ屋さん。ここで俺たちはクレープを買って、それを食べながら歩いていた。ちなみに俺はチョコバナナで、美紗は苺の生クリームである。
「美味しいな」
「うん。こっちも美味しいよ」
こうして二人だけで歩いている時間が心地良い。だけど俺は、この心地良い時間を壊そうとしている。ここからまた一つ前に進もうとしている。
それが正しいことなのかはまだ分からない。でも、俺が進みたいと思ったことだから。
だから正しくても正しくなくても、俺はただ一歩、前に踏み出したいと思う。
☆
人間、一度決めた事があったとしてもいざという時になるとどうしても動けない時がある。この文化祭の期間中の俺なんか見事にそんな感じで、告白しようと思っても出来ないままに文化祭の日程は着実に過ぎて行った(うちの文化祭は全部で五日間である)。
今日こそは今日こそはとずっと考えていたが、美紗と一緒にほのぼのとした時間を過ごしているとあっという間に一日が終わってしまう。
昨日は俺たちが作った展示スペースを見学しに行って、お客さんの反応見て、そのあとは一緒に屋台や他の展示を回って……。
ああ、だめだ。このままズルズルとしていると今日もまた告白ができずに終わってしまう。
俺は朝の校舎の屋上でがっくりと頭を垂れていた。このままじゃだめだ。今日こそ……今日こそ想いを打ち明けないと。
「あ、お待たせ」
と、俺が心の中でもんもんとしていると美紗がやってきた。さきほどまで何やらクラスの友達に呼ばれていて(貸していた本を返してもらいに行ってたとか)、俺はこの屋上で待っていたのだ。
「本はちゃんと返してもらったのか?」
「うん」
それから会話が止まり、俺たちは二人で並んで屋上から学内の景色に目をやった。
今はまだ開園前で来場者はいない。学園そのものは開園を控えて騒がしいけれど、幸いなことにいま、この屋上にいるのは俺と美紗だけだ。
そのことを自覚した瞬間、不意にドキンッ、と心臓の鼓動が跳ね上がった。
まただ。またこれだ。
顔が、手が、体そのものが、とても熱くなって。
頭の中がぐるぐるする。
心臓の鼓動が早まって、とてもドキドキして。
でも……そんな状態の中でも、俺はなんとか「もしかして今ってチャンスなのではないのだろうか」ということは考えていた。
今、この屋上は俺と美紗の二人っきりなわけだし。
だから……これはもしかして、チャンスなのではないのだろうか。
最初は夜の後夜祭に言おうと考えていた。でもそれは引き伸ばしの結果であり、本来ならば初日に言っているはずだった。
このチャンスを伸ばすと、またずるずると引き伸ばしてしまう気がする。
言おう。いま、ここで。
「あの、さ」
ついに、俺はその口を開いた。眼前には屋上から見た学園の景色が広がっている。だめだ。ちゃんと美紗の顔を見て言わないと。
「? どうしたの」
「その、伝えたいことが、あって」
俺はゆっくりと顔を動かし、美紗の表情を見る。今度は、俺の目の前には屋上から見た学園の景色ではなく、俺の好きになった女の子の顔があった。
正直、まだ俺は今の関係を壊したくないと思っている。この渚美紗という女の子と一緒に毎日を過ごして、そして美紗のことをどんどん知っていくうちに、俺は少しずつこの子のことが好きになっていった。
それと同時に、美紗と過ごしていく毎日がとても充実していて、輝いていて、それはもう俺の中で掛け替えのないものになっていて。
でも美紗に告白するということは、その掛け替えのないものをぶち壊してしまうかもしれないということ。
だから俺は躊躇っていた。言えなかった。
確かに今の関係は心地良い。それを壊してしまえばきっと後悔する。でも俺は、言わないことを後悔する方がもっと嫌だ。
さあ、もう後はない。
「伝えたいこと?」
伝えよう。
「…………俺は、美紗が好きだ」
言った。言って、しまった。
一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れた。
風の音がはっきりと聞こえてきて、世界にいるのが俺たち二人だけになってしまったかのような錯覚が訪れる。
恐怖がわいてくる。言ってしまったという微かな後悔が過る。でもそれを塗りつぶすかのような、すっきりとした気持ちがあるのも確かだ。
頭の中で走馬灯のように、美紗と出会ってからの日々が思い返されてゆく。
好きというたった一言。
これだけを言うのが、こんなにも大変だったなんて。
これから恋愛小説を読むときは、かなり主人公に感情移入出来そうだよ。
「俺と、付き合ってください」
俺の体感で何分経ったのか、何時間経ったのかわからない。もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれない。
目の前の美紗の表情は驚きに染まっていて。頬も赤くなっていて。
でも、俺の目をちゃんと見てくれていた。
渚美紗という女の子は、恥ずかしいことがあったら俯いて表情を隠してしまう癖がある、というのは俺が美紗と一緒にいて気づいたことだ。
でも、いま美紗は俯いてはいない。俺のことをちゃんと見てくれている。
そして、
「――――はい」
彼女は俺の目を見て、ちゃんと、俺の気持ちに対して返事をくれた。
その顔は真っ赤に染まっていて、そんな彼女がいまはとても愛おしい。
正直、とても叫びたい気分だった。でも不思議と叫び声が出なかった。
代わりに何とも言えない、うれしくてうれしくて仕方がないという気持ちが体の中を駆け巡っている。
気持ちとしては、今すぐ美紗を抱きしめたい。
…………あれ、でもここからどうすればいいんだろう。
告白した後って、どうするのが正解なんだろう。
嬉しくて嬉しくて叫びたいぐらいだけど、告白して、良い返事をもらって。で、このあとどうすればいいの? やばいわからない。
美紗は美紗で何かの葛藤があるのか、恥ずかしいのかわからないが顔を真っ赤にするだけだし。
「えと……美紗は、いつから、その、俺のことが好きだった?」
「わたしは……んと、わからない。気が付いたら、海斗くんのこと好きになってた」
「そっか。じゃあ、俺とおんなじだ」
「うん……そう、だね……」
二人して恥ずかしくなって、もう何をすればいいのかわからなくて。
でも、美紗が俺の恋人になったという事実は確かにあって。
「ご、ごめん。なんか、ここからどうすればいいのか、俺、わからないや……」
「……わ、わたしも……」
何か、何かしなくちゃ。えっと……何か、あったかな。
恋人って、なにすればいいんだろう。
ていうか、告白したあとってなにをどうすればいいんだ!?
混乱する俺と、恥かしそうに頬を絡める美紗。
こう着状態が続くかと思われたその時――――、
『――――それでは、これより流川学園文化祭、最終日を開幕いたします』
文化祭最終日のはじまりを告げる放送が響き渡る。
その放送で我に返った俺たちは二人して顔を見合わせると、二人して微笑みあう。
「とりあえず今は、一緒に文化祭を楽しもうぜ」
「うんっ」
一緒に文化祭をまわることは昨日までとは変わらない。でも、繋いだ手と互いに絡めあった指が、昨日までの俺たちとは違うという証だ。
これからも俺たちはこうして、二人でまた新しい関係を築いていくのだろう。
次からは二ヶ月ぶりぐらいの本編になります。
遅れて本当に申し訳ありませんでした!