ifストーリー 美紗ルート②
俺と渚美紗の委員長、副委員長としての仕事っぷりはどうやらそこそこ有名らしい。というのも、この学園における委員長の仕事というのは何日かかけて行う物らしく、たった一日で次々と終わらせてしまう俺と渚美羽の仕事っぷりに先生方も感心しているのだとかなんだとか。
そんな情報を正人から聞いた俺は、内申書がよくなったりするのかなー、ぐらいにしか考えていなかった。でもまさか、
「は? 文化祭の準備?」
「うん。そうなんだ」
俺はクラスメイトにして友達の葉山という男子生徒からの相談を受けていた。葉山は文化祭実行委員というクラブに所属しており、毎日楽しそうに準備の為に駆け回っている。
「実は、今年はちょっと人手が足りなくて……だから、部長から優秀な人材を連れてこいって言われたんだけど、僕って友達少ないし、それに優秀な人材っていったら海斗くんと正人くんぐらいしか思い浮かばないし」
俺もまあ、ずいぶんな評価をいただいてしまったものだ。
だけど文化祭実行委員って大変ってよく聞くしなー……いや、でもまあ、友達を助けるためなら良いか。それに友達は大事にしろって姉ちゃんが言ってた。
「ん。分かったよ」
「ホント!? ありがとう、海斗くん!」
「ああ、でも副委員長としての仕事が無い時だけでいいか?」
「うんっ。勿論だよ!」
そんなわけで、文化祭実行委員の手伝いをすることになった俺はその日の放課後にさっそく文化祭実行委員の部室に行ってみた。
クラスの仕事がないのは確認済みである。
「おい、ポスターと看板のデザインはまだか!」
「すみません。美術部に確認に行ってきます!」
「スポンサーになってくれる各商店街の店のチェックは!」
「いまやってます!」
「おーい、誰かこっち手伝ってくれー!」
「そっち手伝うならこっちに来てくれ!」
「んだと?」
「おい、お前ら! バカやってないでさっさと手ぇ動かせ!」
そこは紛れもない、戦場だった。
葉山に手招きされた俺は、引き気味になって部室に入った。部室の中はいろんな書類などが散乱しており、これぞ修羅場、という感じの部屋だった。
「いらっしゃい」
「お、おう……なんていうか、凄いな」
「あはは……文化祭まで時間が無いからね」
「まだ四月だぜ?」
「やることがいっぱいあるんだよ。ほら、毎年うちの文化祭ってすごいクオリティだし、盛り上がるでしょ? だからそれに負けないぐらいのものにしようとしたらやっぱり準備の時間もたくさん必要だし。あ、そうそう。助っ人の人たちはとりあえずこっちの部屋で作業してもらうようになってるから。案内するよ」
そういって案内されたのは別の部屋だ。部室の中に部屋が二つもあるってかなり凄いことなんじゃ……まあ、文化祭実行委員って毎年かなり大変そうだし、うちの学校は文化祭が有名な事にも加えてそれなりの地位のある部活だからだろう。
案内された部屋の中では、俺と同じであろう助っ人たちがそれぞれ黙々と作業をしていた。
見てみるとどうやら書類仕事らしい。また書類仕事か。
「海斗くんはここにいる人たちと同じように、書類仕事をしてほしいんだ」
「分かった。任せろ」
副委員長の仕事で書類仕事には慣れている。
仕事内容を聞いてみると、どうやら昨年度の資料を纏める仕事のようだ。これらの資料はとても重要なものだそうで、パンフレット作りに影響してくるらしい。
詳しいことは分からないが、とにかくさっそく仕事をしようと席に着いた。
葉山はすぐに忙しそうにまたさっきの部屋へと戻って行ってしまった。
さて、作業を始めるかとふと顔を上げると、
「!」
ある女子生徒……渚美紗と視線があってしまった。
思わず俺たち二人は眼をそらす。
ていうかなんで逸らしているんだろう。俺は別に逸らす必要はないのに……。
その日は淡々と作業をこなしていった。渚美紗とは事務的な会話以外のことは特にしなかったけど。けど、渚美紗は時計を気にしていることはなんとなく分かった。
作業がひと段落すると、俺たちは帰宅の許可が下りた。
差し入れでケーキが貰えたりしたので、割といい手伝いだと思った。
そして今日は、姉ちゃんを迎えに行くという予定だったので、いつもとは違うルートを通ることになった。
そして偶然にも、俺と渚美紗の歩く方向が同じだった。しかし、これはあくまでも偶然だろう。
そんなことを考えながら歩く。目的のバス停まで到着する。ここからはバス移動なので、俺はバス停のベンチに座って、バスが来るまでの間、時間を潰すことにした。
「……………………」
「……………………」
渚美紗もバス停で立ち止まった。
そのまま無言で、俯いてじっとバスを待っている。
……え?
もしかして、こいつもバス移動か。
それにしてもなんという偶然。ていうか気まずい。
このバス停にはベンチが一つしかなくて、当然のことながら渚美紗が座るには俺の隣に座る必要がある。
だけど俺の隣に座るのは遠慮している感じだし、このまま俺が座りっぱなしのままだと渚美紗は座るに座れないのだろう。
……仕方がない。
「あー、渚美紗、さん」
「は、はい」
そんなに怯えなくても……。
「座る? 俺、立ってるから」
「え、い、いいよ。大丈夫、です」
「いや、遠慮するなって。なんか、女子だけ立たせてるのって俺は嫌だし」
ていうか普通に気まずいし。
「う、ううん。わたしは大丈夫だから、黒野くんが座って?」
「そうはいってもだな……」
このままでは譲り合いの平行線だ。
「じ、じゃあ、俺も座るからお前も座れ。これなら文句ないだろ」
「……う、うん」
妥協案はどうやら受け入れられたらしい。渚美紗はちょこんと俺の隣に座った。俺たちの間の距離は拳五個分ぐらい開いている。
そうやって二人で座るとまた沈黙が流れた。
特に話すこともないし……どうしよう。
渚美紗は渚美紗で俯いてるままだし。
しばらくするとバスが来て、俺はこっそりとため息をついた。
「次は~流川総合病院前~流川総合病院前~」
またまた偶然にも、俺と渚美紗は同じバス停で降りた。
そのまま二人して病院まで歩いていく。
「えっと……渚さんも、この病院に?」
「う、うん。お姉ちゃんの、お見舞いで」
ああ、なるほど。だからしきりに時計を気にしていたのか。この前もはやく帰りたがっていたのは、お見舞いの時間のことがあるからだろう。
「お姉さん、入院してるの?」
「うん。病気でちょっと……」
俺は、姉ちゃんが友達のお見舞いに来ているというので迎えに行くためである。
メモで何号室に行くのかを書いてもらっていた。
「すみません。この部屋の患者さんのお見舞いに来ている黒野海音の弟なんですが……」
「ああ、わかりました。黒野さんの弟さんですね。話は伺っております。黒野さんは、渚さんという患者さんとご一緒ですよ」
思わず、俺と渚美紗は互いの目を見合わせてしまった。
偶然が重なりすぎだろ……。
「あ、かいちゃん」
「姉ちゃん」
姉ちゃんは一人の女の子と楽しそうにお喋りしていた。その女の子はベッドで寝ていて、上半身だけを起こしている。確かに渚美紗に似ている、綺麗な女の子だった。
「お姉ちゃん、具合はどう?」
「美紗。よく来てくれましたね……そちらの方は?」
「あ、えっと、うちのクラスの副委員長をしてくれてる、黒野海斗くん」
「黒野……ということは、海音さんの弟さんですか?」
「あ、はい。そうです。いつも姉がお世話になってます」
「とんでもないです。お姉さんにはいつもお話し相手になってもらって助かってますよ」
どうやら姉ちゃんはまたまた俺の知らぬところで友達を作ってしまったらしい。姉ちゃんはどんな人ともすぐに友達になれるという凄いのか凄くないのかよく分からない特技を持っている。
「お姉ちゃん、具合はどう?」
「ええ。大丈夫ですよ。この調子だと、来月には退院できるそうです」
「そっか……よかった」
ほっとしたように胸をなでおろす渚美紗。
よほど心配していたらしい。そうでなくてはあんなにも時計を気にしたりはしないか。
「あ、かいちゃんは先に帰ってて。おねーちゃん、もう少し美羽ちゃんとお話してから帰るから」
迎えに来てと言ってきたのは姉ちゃんなのにな、と内心思ったりもしたが、これも渚美羽のためだと俺は考えていたので、そんな姉ちゃんの行動に怒ることなんて微塵もなかった。
小さいころ、俺も怪我が原因で入院して毎日暇していた時、よく姉ちゃんが来て時間いっぱいまでお話してくれていたのを覚えている。
入院生活っていうのは結構暇なもので、姉ちゃんという話し相手がいたのは嬉しかったし、姉ちゃんの話しはどれも面白くてつい時間や孤独を忘れられた。
そんな姉ちゃんならあとは任せられると思い、俺は病室を後にした。
後ろから渚美紗もついてくる。聞けば渚美紗は家の家事とかもやらなければならないらしく、渚美羽のいる病室へとチラチラと視線を移しながら帰路を歩いていた。
また二人しての無言の時間が続く。
だが以外にも、その沈黙は渚美紗の口から破れた。
「……あの、ありがとう」
「ん? 何が」
「えと……この前、仕事を代わりにやってくれて」
どうやら以前のことについてお礼を言っているらしい。
「別に。気にするなよ、あれぐらい。渚美羽さんのお見舞いに行きたかったんだろ? だったら気にする必要なんてないじゃん」
「でも……仕事を、押し付けるような形になっちゃったし」
「だから気にするなって」
けっこういろいろ気にしてしまうタイプなのだろうか。
でも、とまだ何か言い続けようとする渚美紗に俺は思わず苦笑しつつ、
「じゃあ、代わりと言ってはなんだけど、俺と友達になってくれよ」
俺の提案にきょとんとした表情を浮かべる渚美紗。
まあ、そりゃそうだろうなぁ。
「友達ならこうやった仕事を代っても不自然じゃないし、それになんていうか、もう少し委員長、副委員長の仕事をスムーズに行うためにも連携? みたいなのをとりたいしさ。なんか俺、怯えられてるみたいだし」
「そ、そんなこと、ないよ。えと、わたし、あんまり人と話すの得意じゃないから……」
それは見たらわかる。
でも怯えられるのってけっこうショックなんだよね……そりゃ慣れてるけど、それはそれ、これはこれ。
「とにかく、俺と友達になってくれたらあの時の借りはチャラってことで」
「わ、わかりました……えと、よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
そんなわけで、俺と渚美紗……いや、美紗は友達になった。