第10話 いつもと変わらない日常
あの後。
俺たちは『スピード違反で爆走する紅いフェラーリを追って』やってきた警察に御堂たちを引き渡した。
御堂たち暴行事件の犯人と徹さんを警察に引き渡したことで「え? なんで俺も連行されなきゃならないの? ねえ? スピード違反って連行されるほどだっけ?」――どこかの誰かが叫んでいるが無視する――これにて一件落着だ。
事件そのものは俺たちの事について公にされなかったのでそれほどの騒ぎには至ってない。とはいえ、次の日になると普通に登校してきた加奈には驚いたが。
放課後。
俺はいつものように部室に向かう。
中に入ってみると、そこには加奈だけがいた。
「他の二人は?」
「掃除当番だそうです」
とりあえず席につく。しかし、加奈はこういう日に限ってプラモデルを組み立てていない。
しばらく息苦しい沈黙が流れた。
「……あの、」
「ん?」
「昨日は……ありがとうございました」
「ああ。気にすんな。元はと言えば俺のせいだし」
俺は昨日の内に加奈に全てを話してある。正人の推測は全て当たっていた。それ故に俺は責任を感じずにはいられなかった。だからこそ――――制服のポケットから封筒を取り出し、加奈に差し出す。
「これは?」
「退部届。ほら、うちって顧問がいないだろ? だからとりあえず部長のお前に出しておこうかなって」
突然、加奈が立ち上がった。
「どうしてですか? どうしてやめるんですか? 私の所為なんですか?」
「ち、ちげーよ。だから、どっちかっていうと俺のせいっていうか......」
今にも加奈は泣き出しそうだった。そんな加奈を俺はもう見ていられなくて。
「……もう、巻き込みたくねえんだよ」
本音を、言った。
今回の一件は元はと言えば俺の所為だ。
俺と関わった為に無関係の加奈を巻き込む羽目になった。
今後もこのようなことがないとも限らない。
「海斗くんはそれでいいんですか?」
「いいんだよ。これで」
なんてことはない。また元の生活に戻るだけだ。
以前と何も変わらない。
「お前らと一緒にこの部で過ごせてさ、楽しかったよ。じゃあな」
このままダラダラと居続けても余計に名残惜しくなるだけだ。
俺は迷いを振り払うかのように部室のドアを開けて外に――
「せいや――――!」
「痛い⁉」
――出ようとしたところで箒の柄で思いっきり頭を叩かれた。かと思うと、今度はおもちゃの改造サブマシンガンから連射されるゴム弾の嵐に苛まれて部室へと押し戻されてしまう。
あまりの痛さに思わず涙目になっていると、目の前に、部室の外に南帆と恵が揃って仁王立ちしていた。
「勝手にやめるなんてだめだよかいくん!」
「……勝手は許さない」
どうやら掃除が結構すぐに終わったらしい。最悪のタイミングで戻ってきたな、と思ったが、違う。恐らく、俺がどういう行動に出るかぐらい、読んでいたのだろう。
「そうです。部長として、勝手は許しません」
凛とした声で、加奈は言う。
「もう巻き込みたくない? はっ。バカじゃないですか? もう巻き込まれてるんです。今更そんな風にカッコつけて出て行ってもらわなくても結構。そもそも今回のようなことなんて慣れっこなんですよ。ほら、私って結構かわいいじゃないですか。昔から日常茶飯事ですよ。第一、またあんな社会の底辺のようなやつらが襲ってきても海斗くんが返り討ちにすればいいだけじゃないですか。違いますか?」
一気に捲し立てられて俺は言葉を失った。
いや、言葉を失ったのはそれだけが原因じゃなった。
「……ばか」
泣いていたのだ。
加奈が、泣いていた。
ぽろぽろと涙を流して、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「ばか。ばか。ばかっ! いかないでくださいよ! 私たちと一緒にいてくださいよ!」
突然のことに俺はさっきまで部室から出ていこうとしたことなんて忘れてあたふたとするしかなくて、
「やーい。かいくんが泣かせた泣かせたー。いーけないんだーいけないんだー」
「……せーんせーにいってやろー」
こいつらは緊張感無しか。
「ばかっ。ばかっ……お、おんなのこを、泣かせるなんてさいていです……ばかぁ」
――ああ、確かにな。
最低だよ。俺は。
そういえば姉ちゃんが言ってたな。
男の子は女の子を泣かせちゃいけないって。
……これはあとで姉ちゃんからの鉄拳制裁が下るな。
「いいのかよ。俺なんかと一緒にいて」
「いいんです。この部にはあなたが必要なんです」
「……つーか、なんで俺が必要なんだよ」
「そっ、それはっ、」
かあっと加奈はなぜか頬を赤くして(泣いてるからか?)、とてつもない葛藤の後、
「わ、私のロボトークに付き合ってくれる人が必要なんですよっ!」
俺の価値っていったい……。
「と、とにかくっ! 部長命令です! この部にいなさい、海斗くん!」
俺は、はぁっとため息をついて。
一歩、部室の中へと踏み出した。
「……部長命令なら仕方がないな」
少し照れくさいが、俺はいつもの席に着いた。
我らが部長の顔に笑顔が咲いて、南帆と恵も同じようにいつもの席に着く。
今日も、いつもと変わらない日常が始まる。