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俺は/私は オタク友達がほしいっ!  作者: 左リュウ
第1部「1年生編」:第1章 なんちゃってDQNと日本文化研究部
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第9話 ヒーロー参上

 月曜日の放課後。

 俺はフラフラとした足取りで部室へと向かった。そこには既にもうお決まりのメンバーが勢ぞろいしていた。

「どうしたんですか海斗くん。やけに疲れているように見えますが」

「……ああ、うん。ちょっとな」

 おまわりさんに危うく連行されかけたなんて言えない。

 あれから誤解を解くのにとても長い時間がかかった。

「まったく……誰だよ俺を通報したのは……」

 ぼそっと俺は愚痴る。そして部員の美少女三人がぴくっと不審な動きを見せたかと思うとひそひそ話をし始めた。なんだなんだとその会話の無いように耳を傾ける。


「……そういえば、通報したこと忘れてましたね」


「お前らかあああああああああああああ! お前らだったのかああああああああああああ!」

 まさか犯人が身近にいようとは思わなかったよ! しかも三人全員かよ!

「あのなあ! あの後、誤解を解くのに凄い大変だったんだぞ! 一度連行されたんだぞ! 警察の人に『正直に話してみ? ん?』って言われて結局証拠不十分で釈放されたんだぞ! 『次は絶対に現場をおさえるから』って言われてようやく誤解が解けたんだぞ!」

「誤解されたままじゃないですか」

「そんなことはない。俺の幼女への熱意はきっと刑事さんも解ってくれたはずだ。俺が幼女の事を熱心に語るたびに刑事さんもうんうんと頷いてたんだ!」

「語るに落ちてますね」

 どうやら俺の解釈とこいつらの解釈は違うようだ。

 これでは永遠に分かり合えないな。

「まあ、ついに犯罪者へと堕ちた海斗くんはともかくとして」

「まて、俺はまだ犯罪者じゃないぞ! ちょっと署に連行されただけだぞ!」

「世間一般の基準ではそれはもうほぼアウトですよ」

 分かり合う気はないのか! 畜生!

「ともかく――海斗くんも来たことですし、今日も勉強を始めましょう」

 これ以上、俺も犯罪者呼ばわりされるのは勘弁してもらいたいので大人しく言う事に従うことにした。

 ……皆でテスト勉強、か。

 中学時代は虐められて友達も出来なかったし、高校に入ってもまともな友達が出来なかった。

 何だかんだで、こうやって趣味の合う友達と一緒にテスト勉強をするというのも初めてのような気がする。

 そう思うと俺はついつい嬉しくなった。

「……なんでにやけてるの?」

「え?」

 しまった。顔に出てたか。

「まさか、かいくんもついに幼女好きの犯罪者から足を洗って真人間になったんだね! そうなんだねっ!」

「はぁ? あんたバカぁ?」

 思わず昔から根強い人気のある某エ○ァパイロットのようなことを言ってしまった。

「俺が幼女好きじゃなくなる? お前ちょっと病院いってきた方がいいんじゃないか?」

「あれー? どうしてだろう。今いちばん病院に行く必要がある人に病院に行けっていわれてるよーな」

 ふぅ。危ない。

 これからはもう少し表情に気を付けよう。

 そんな決意を人知れずしていると、ふと加奈と目が合った。

 加奈の顔には笑みが浮かんでいた。

 まるで、こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいのに、とでも言いたげに。

 そして俺は――――同じように笑顔を、返した。


 ☆


 その日の夜。

 加奈からメールが来た。内容は一緒に登校しませんかというものだった。

 俺はしばらく考えた後、途中で登校時間をずらすという条件でOKを出した。

 今のおれの生活を続けるためには<鬼の海斗>という仮面が必要だ。その仮面をつけ続ける為には今の俺の「超怖い不良」というイメージを保ち続ける為だ。

 だが加奈と登校するとそのイメージに亀裂が入るかもしれないし、何より加奈の方がどう思われるかどうかわからない。

 こんな俺と一緒にいるところを目撃されるのは好ましくない。

 ……まあ、前の弁当の一件があるから今の状態でも危ないんだけどネ!

 だが、俺としてはそう悪くはない気分だった。

 俺が求め続けていた生活が、そこにはあったからだ。

 ――明日は、加奈のロボトークにでもつきあってやるか......。

 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。


 ☆


「ちょっとはやく来すぎた、かな......」

 マンションすぐ近くにある小さな公園で私は携帯に表示された現在時刻を見ながら呟いた。

 昨日、精一杯の勇気を出して送ったメールの返事に書いてあった指定時間まであと三十分はある。

 ちょっとどころではない。かなりはやく来過ぎた。

 こんな時間に海斗くんが来るわけがない。

 でも、女の子を待たせないように海斗くんだってもう少しはやい時間に来てもいいと思う。まあ、こういった考えが海斗くんでいう「まったく。これだからBBAは」という部分なのだろうけども、女の子の気持ちは色々と複雑なのだから仕方がないと思う。

 私はため息をついて海斗くんが来るまで携帯に入れてあるお気に入りのロボアニメを見て時間をつぶそうとした。

 だが、それは叶わなかった。

「……ッ⁉」

 いきなり背後から激痛が襲った。どうやら何かで殴られたらしい、と思った時にはもう遅かった。痛い。意識が遠ざかっていく。

 手から携帯が滑り落ちる。

 私が覚えていられたのはそこまでだった。

(海斗くん……)

 意識が、ブラックアウトした。


 ☆


「ちょっとはやく来すぎた、か?」

 俺は集合時間の二十五分前にマンションの近くにある小さな公園に来ていた。

 流石に早すぎたようで加奈の姿は見当たらなかった。

「ま、当然だよな」

 一人呟き、俺は適当なベンチを見つけたのでそこに腰を下ろす。いや、下ろそうとしたところでどこか見覚えのある物を拾った。

 携帯、だった。

 いや、今の言葉でいうならスマホ? どっちでもいい。ピンク色のそれは確か加奈が使っていた物だ。機種もそっくりである。だが妙な事にそれは公園の地面に落ちていた。

 不審に思った俺はとりあえず悪用するような奴が拾ってしまう前に回収し、心の中でこの携帯の持ち主に謝罪しつつ、ボタンを押した。タッチパネルのディスプレイが点灯する。

「……!」

 驚愕する。

 その携帯の壁紙は依然、俺が『ロボパイ』のフェアの時に勝ち取ったプラモデルの写真だった。丁寧に組み立てられており、撮影時の角度も完璧でこんな時だが不覚にも「かっけえ!」と燃えてしまった。

 だが重要なのはそこではない。

 こんな写真を壁紙に設定して、更にこの機種ともなれば間違いない。この携帯は加奈のものだ。

 だが、どうしてこんなところに。

 とにかくどこか不自然だと思った俺はそのままスライドロックを解除。幸か不幸かパスワードは設定されていなかったのでこのまま直前まで使用していた画面へと移行する。

 どうやら加奈は携帯に入れていたロボアニメを視ようとしていたらしい。

 ブレないやつだな……と感心している場合ではない。ますます異常だ。あの加奈が、ロボアニメを視聴しようとして携帯を落としたままにしておくわけがない。

 絶対に何かある。

 嫌な予感がする。

 俺は手のひらについたじとっとした汗をぬぐって親友に電話をかけた。左手は加奈の携帯を握りしめたままだ。

 親友、正人とはすぐに繋がった。

『おうっ、どうしたこんな朝っぱらから』

「正人、お前もう学園にはついているよな?」

『ああ。生徒会の朝のあいさつ運動ってやつがあってさ。いやまいったよホント。わざわざこんな早起きして来てるんだぜ』

「加奈は来なかったか⁉」

 俺が急に天美のことを下の名前で呼んだことに驚きつつ、今の俺の声の切羽詰まった様子を察して正人はちゃかすこともなく、記憶を手繰り寄せるようなほんの少しの間の後、

『いや。来てないけど……お前、何かあったのか』

 さすが親友。

 話が早い。

 俺は自分の予想を話した。

 あくまでも公園に携帯が落ちている、ただそれだけの理由だったが、

『OK。じゃあ俺も出来る限り今から情報収集してみるよ』

 正人は、信じてくれた。

「……悪い」

『はっ。なーに言ってるんだ。学園の生徒がピンチかもしれないって時に、生徒会が立ち上がらないわけにはいかないだろ。それに、親友の言葉を信じるのは当たり前だろ』

 電話の向こうで『あー、副会長。俺、急用が出来たんであいさつ当番ぬけさせてもらいまーす!』『……篠原、そんな勝手は……』という音が途切れ途切れに聞こえて、再び正人がでる。

『んじゃあ、今から俺は力になってくれそうなツテをあたってみるからさ。また連絡する』

「ああ、ありがとな」

 通話を切る。

 ……本当に、俺は最高の親友を持てた。

 次に、俺は南帆と恵にも連絡を取る。一瞬、巻き込んでもいいのだろうかと躊躇したがあいつらも『日本文化研究部』の部員であり、仲間なのだ。

 今の俺は昔とは違う。

 一ヶ月前の俺とも違う。

 今の俺には同じ趣味を共有できる仲間たちがいる。

 いつもは一人でバカ共の相手をして喧嘩ばかりしていた。その頃は気づきもしなかったけれど、仲間がいるという事が、今はとても頼もしく思えた。


 ☆


 俺が南帆と恵に連絡を取り終えた頃、正人からも連絡が来た。

 どうやら最強の助っ人と一緒に今こっちに向かっているらしい。南帆と恵を途中で回収してもらうように伝えて、俺はメールで指定された集合場所へと向かった。

 メールで指定されたのはマンションから離れたところにある駅近くの広場だった。俺はそこでただ立ち尽くすだけの時間がもどかしく、それでもひたすらに待ち、そしてそれはやってきた。

 まるで赤いすい星の如くやってきた真っ赤なフェラーリが急ブレーキを踏み、派手な音を立てながら停車した。

「お前が黒野海斗か、さっさと乗れ!」

 知らない男が助手席のドアを開けて必死の形相で叫んだ。俺はただ従い、そのフェラーリの助手席に乗り込んだ。後ろには南帆と恵、そして正人が乗っている。

 フェラーリは俺が乗り込むと同時に急発進した。

 朝の駅近くはとにかく混む。だが名も知らぬイケメンの操るフェラーリは割と忙しい朝に間に合わせるべく走る車たちを次々とかわしていく。

「フハハハハハハハハハハ! どけどけどけぇ! 死神様のお通りだあああああああああ!」

「ま、正人! この人は誰だ⁉」

「天美徹さん。天美加奈の兄さんだよ」

 兄さん⁉ あいつに兄さんがいたのか⁉

「実は俺と徹さん、昔からの知り合いでさ」

 それは知らなかった。

「ハッ! 俺のこたぁ知らないってか! こっちは散々お前のことを加奈から聞かされてたぜ!」

「俺の事を? 加奈から?」

「加奈、ね……けっ。アイツ、随分とお前に心を許してるじゃねーか」

「?」

 徹さんは妙な反応を見せると更にフェラーリをスピードアップさせる。今にもぶつかりそうな目の前の光景に俺は目をそらさずにはいられなかった。

「ていうかスピードオーバーじゃないですかこれ⁉」

「バーロー。見つからなきゃいいんだよ見つからなきゃ」

「よくねーよ⁉」

 あれれ~? 俺たちちゃんと生きて加奈のところまでたどり着けるのかな~?

「……そもそもこれはどこに向かっているの?」

「そーそー。私もそれ気になってたんだよねー」

 どうやら南帆も恵もまだ知らないらしい。搭載されていたカーナビを見るにどうやらこの車は地図上に表示されたハートマークの点に向かっているようだ。

「実は、ここ最近は物騒だからとアイツにお守り代わりに渡した俺の手作りキーホルダーに発信器が埋め込まれていてな。今回はそれが役に立った」

 なんと!

「す、すごいっすね徹さん! まさかかなみんの身の安全の事を考えてそんな手を打っていたなんて!」

 恵が感動している。それどころか俺も感動している。

 この人はどうやらとても妹思いの人らしい。妹の身の安全の事を考えてわざわざお手製のキーホルダーをお守り代わりに渡してあげるなんて。

 愛されてるな、加奈のやつ。

「当たり前だろ! 俺は常に二十四時間三百六十五日ず――――っと妹の事を考えている! そんな俺はある日ふと思いついた。妹の持ち物に発信器を埋め込んでおけば俺がずっと愛しの加奈たんを護ってあげられるんじゃないかってな! デュフフフフ。愛しの加奈たんハァハァ。今頃、お兄ちゃんが恋しくてたまらない頃だろうなぁ。昨日のうちにこっそりと捨てられたキーホルダーをカバンに仕込んでおいてよかったぜ。じゅるり。おっといけねえ。今はとにかく急がねえとなあ!」

 あっ……(察し)

 だめだこの人。重度のシスコンだ。

 物凄い歪んだ愛され方をしているな、加奈のやつ。

「ヒャ――――ッハァ! 『赤い水性』と恐れられた俺のドラテク、魅せてやるぜ!」

「……水性」

「すぐにティッシュでふきとれそうだね」

 駄目だ。俺の中の徹さんの株が大暴落を始めている。しかも止まる気配がない。

「とりあえず、俺が集めた情報によるとだな」

 場の流れを変える為か、正人がペラペラとメモ帳を開いた。

「天美加奈は多分、拉致された可能性が高い。今朝、金髪の女の子を車に運び込んだ姿が目撃されてるんだよな。ほら、金髪って凄い目立つだろ? だから結構、有力な情報だと思うんだよな」

 いったいどこからこんな情報を引っ張ってきたんだこいつは。

「で、どこの誰が拉致ったんだよ」

「ほら、この前、お前が二〇人ほど病院送りにしたやつらがいるだろ?」

「ああ、俺がア○メイト行こうとするのを邪魔したバカ共か。そいつらがどうかしたのか?」

「実はそいつら、つい最近になって退院したばっかりなんだよなー。その日を境にして最近この辺りで起こった女子高生を拉致して暴行を与えたって事件が立て続けに起こってるんだよ」

「つーことは……」

 正人はやや言いづらそうに、そしてため息まじりに、言った。

「これは俺の勝手な推測だけど……多分、お前が病院送りにした連中が今回の事件の犯人。そんで多分、ここ最近起きた事件は予行練習だろうな。……本命の為の」

 ああ、そうか。

 つまり。

 つまり。

 つまり。

「……俺のせいか」

 加奈が拉致られたのも。

 ここ最近起きた事件で被害にあった子たちも。

 全部、俺のせいだ。

 何が「こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいのに」だ。

 それを自分からぶち壊そうとしているのは俺自身じゃねえか。

「お、おい海斗、これはあくまでも俺の勝手な推測で」

「そ、そうだよかいくん」

「……海斗が責任を感じる必要はない」

「バカじゃねーのか、お前」

 と、隣の席で運転している徹さんは、言った。

「なーにが『……俺のせいか』だ。中二病こじらせんなバカ。仮にそうだったとしてそれが? お前が加奈を拉致ったのか? 違うだろ? 俺の愛しの妹を拉致ったのはお前が病院送りにしたバカ共だろ。そもそもそんな風に勝手に思いつめんなクソガキ。俺の加奈が選んだ男ならもう少しシャキッとしろ。じゃねえと、加奈の兄である俺が許さねえ」

 徹さんはまるで運転のついでに別のようでも澄ましたかのように飄々としていた。だけど、喝は入れられた気がする。

 そうだ。こんなところで今のところでうじうじ悩んでたって、あのロボオタお嬢様に合わせる顔がない。

 俺は顔を上げる。目を開く。前を見る。

 すると隣の徹さんが、

「良い顔してんじゃねえか」

 と、またも運転のついでのように言い放った。


 ☆


「う……」

 目が覚める。同時に、後頭部に激痛が走った。どうやら何かで殴られたらしい。

 そういえば、私は何をしていたのだろう。ぼんやりと思いだす。

 確か海斗くんを待っていて、集合時間にははやすぎたから携帯でロボアニメを視て時間を潰そうとしてて、そして――――気絶した。

 そうだ、私は誰かに後ろから襲われて、それで、それで......。

「お目覚めか?」

 声が、聞こえた。

 はっとして周囲を見渡すと、ここはどうやら廃棄された倉庫のようだ。周囲には学ランを着崩したいかにも不良、DQNと表現するに相応しい男子生徒たちがいる。全部で二〇人ぐらいだろうか。

(海斗くんのなんちゃってDQNとは大違いですね......)

 未だにそんなことを考えられる余裕のある自分に驚いた。

 そして、私は声をかけてきた汚らしい金髪の男に視線を向けた。

「へぇ。やっぱ起きた顔も可愛いじゃん」

 じろじろと舐めまわすような意地汚い視線。とても嫌な気分になった。目の前の男の視線から逃れようとしたが体が動かない。縄で手足を縛られていた。傍に私の学園のカバンも落ちてあった。

「状況、理解出来た?」

「ええ。おかげさまで。こんなドラマみたいなシチュエーションを体験できるなんて嬉しいです」

 もちろん、これは虚勢だ。ハッタリ。

 本当はとても怖い。

 今にもこの汚らしい男たちに私は何かされるんじゃないかって、ずっとビクビクして脅えている。

 でも、私は闘おうと思った。

 彼のように。

 中学時代の虐めから立ち上がった、黒野海斗という少年のように。

「言うねェ」

 ニヤリと、目の前の金髪の男は意地汚い笑みを浮かべた。

「俺としてはお前みたいな気の強いお嬢様、嫌いじゃないぜ?」

「そうですか。私はあなたのことが嫌いです」

 本当は何も言わない方がいいのだろう。

 何も言わず、ただ脅える少女を演じていた方が相手を刺激せずに済んだのかもしれない。

 だけど私は闘うと決めた。

 彼が努力を重ねて中学時代の自分から抜け出したように、私もいつまでもみんなの見世物になっているだけの自分から、抜け出したかった。

 私だって友達は欲しい。

 遠慮もせずにバカ話して笑って、時には喧嘩したり、そして仲直りしたりするような友達が欲しい。

 どうしてみんなは私を避けるの?

 どうして私には近寄らないの?

 私がお金持ちの家の子だから?

 私が金髪だから?

 私が人より少し可愛い容姿だから?


 ――天美さん、綺麗だよね。

 ――うん。すっごく綺麗で可愛いし、性格もいいし。

 ――でもなんか近寄りがたいよね。

 ――そうそう。私たちなんかじゃ友達には相応しくないっていうかさ。


 近寄りがたい雰囲気ってなに?

 友達に相応しくないってなに?

 私はそんなもの決めた覚えはない。

 あなたたちは知らないでしょうね。私はずっとあなたたちが羨ましかったのよ。

 一緒に楽しそうにお喋りして、一緒にお昼御飯も食べて。

 だけど私にはそんな友達はいなかった。

 誰も私に近づこうとしなかった。

 私はただのみんなの噂話の種の一つでしかない。

 違う。

 私はそんな風にひそひそと話してほしいんじゃない。あなたたちと友達になりたいの。

 だけどそんな私の前にある日、海斗くんが現れて、気が付けば彼のお蔭で私の周りには友達が出来た。

 海斗くんにはいくらお礼を言っても足りないぐらい。

 だからせめて、私も闘おう。

 自分を変える為に。

 そして、変わった私を見てもらおう。

 胸を張って、彼に想いを伝えられる自分になろう。

 目の前の金髪男はその為の踏み台だ。私が変わる為の踏み台に過ぎないのだ。

 何を恐れる必要があるのだろう?

 踏み台には、ただ黙って足を乗せればいい。

「いや~。そんなツンツンしたところもますますタイプだねぇ!」

 このニヤニヤした笑顔が気にくわない。

 だから私は真実を言ってやることにした。すうっと大きく息を吸い込み、まだ弱い私は心の中で彼に祈った。


 ――海斗くん、私に力を貸してください。


「さっきからその汚らしい金髪が目障りなんですよ。なんですかそれ? カッコいいとか思ってるんですか? そうだとしたらあなたはただの大バカですね。いったん鏡を見てきたらどうです? そこにはきっと汚らしい笑みを浮かべるキモ男が映っているでしょう。それに気づいた分だけまだ少しはマシになるんじゃないですか? まっ、たとえ現状の自分に気づいたとしてもあなたのような心まで腐り切った社会のゴミはもうどうしようもないぐらいに手遅れでしょうけどね。あっ、社会の底辺はそこらでゴミ箱にでも入っていてください。邪魔ですから。ああ、それとも私のような勝ち組にそこらの石ころと同じように踏まれたいという変態のドMならもう何も言いませんけど?」

 しーん……と、辺りは静まり返っていた。

 だが、私は確かに見た。目の前の金髪の男の顔は明らかに――キレている。

 ここで「キレてますか?」と古臭いギャグでもかましてやろうかと思ったが、こっちが恥ずかしくなりそうなのでやめた。

 目の前の男は私を睨みつける。今にも人を殺しそうな目だ。それぐらい、血走った目だった。

「へぇ。ただのお嬢様かと思ったら結構なおてんば娘みたいじゃねェの」

「ッ……」

 ここで蹴落とされては駄目だ。

 確かに私のさっきの言葉は事態を悪化させただけなのかもしれない。

 だけど、どうせこの状態では私のこの先どうしようとも結果は同じだ。頭の中で昨日、兄が言っていた女子高生を暴行する事件が多発しているという話題を思い出した。

 直感だが、犯人は恐らくこいつらだろう。

 なら、私はどのみち……。

 だから私は闘った。こんな下卑た男には屈しない。どんなことになっても、最後まで、諦めずに。

 でなければ、胸を張って彼の隣には立てないから。

 金髪の男が私の首を掴んだ。いや、締めたといった方が正しいか。

「……!」

 苦しい。息が出来ない。

 力が徐々に強められていき、ほんの一瞬だけど死を覚悟した。だけどその手はすぐに離され、今度は右手にサバイバルナイフを取り出した。

 ギラリと鈍い光を放つナイフに、私は息を呑んだ。

 いくら覚悟を決めたとはいっても所詮はただの女子高生。

 本能的な怖さは、そう簡単に拭えない。

「あーもうムカついた。そろそろやるわ」

 その言葉で、周囲の男たちがぞろぞろと私を取り囲むようにして集まってきた。

 私は目の前で鈍い光沢をもったナイフから目が離せなかった。

「お前で散々遊び倒したらその後に写真とって黒野海斗にでも送ってやるよ。お前、黒野海斗の彼女なんだろ?」

「――――!」

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 なんてざまだろう。散々、偉そうなことを言っておきながら今になって恐怖がこみあげてきた。

 しかも、そんな私の姿をよりにもよって一番、見られたくない人に送りつけるなんて。

 残念ながら彼女じゃないとか、そんな事を言う暇すらなかった。

 そんな私の心が表情に出ていたのか、男は満足そうに、ニイッと口端を釣り上げた。

「そうそう。その表情が欲しかったんだよねェ。でも、もう遅いわ」

 言うと。

 男はなんのためらいもなく私にナイフを突きつけ、振るう。

「ッ!」

 一瞬、殺されるかと思ったけど実際には皮膚の代わりに制服が破れた。

 わざわざご丁寧なことに胸元を切り裂いてくれて、布きれと化しつつある制服がはだけて下着が露わになる。それだけじゃなくて制服がずれおちたせいで右肩も露出するはめになってしまった。

 こんな奴らに見せたくは無かった。どうせ見せるなら、海斗くんの方がよかった。どうしてよりにもよってこいつらに。

「可愛いなぁもう! ハハッ。もっと虐めたくなってきたわ!」

 男は慣れた手つきでナイフを手で軽く一回転させる。ひゅんっと空気を切り裂く音が聞こえた。

「それじゃあ次、スカートいっきま~す!」

 おどけたように今度はスカートに手を伸ばす。スカートもナイフで乱暴に切り裂かれたものの、今度はギリギリ……本当にギリギリで下着が露わにはならなかった。

 だがそれすらも楽しんでいるようで、男は徐々に徐々にスカートの裾を切り裂いていく。

 私はなにも抵抗は出来なくて、ただ涙をこらえることしか出来なかった。

「あーもう焦れるのはメンドクサイな。一気にいくわ」

 今の状況に飽きたのか、男はナイフを手の中でもてあそんで仲間と今度はどの部分を切っていくかを決め、結局、下着を剥ぐことに決まったようだ。

 私にはそれが悪魔が私に審判を下しようにしか見えなかった。

 目の前の男をもう視界に焼き付けたくなくて、目を瞑る。私がそうするだけで場が盛り上がった。

 汚らわしい。そんな目で、そんな雰囲気で、私を見ないで。

 心の中で思うだけならいくらでも言葉は出てくる。だけど体はそうじゃなかった。

 今にも泣きそうだった。

「たす、けて……」

 思わず、呟いてしまった。

 思わず、祈ってしまった。

 アニメや漫画、恵でいう特撮番組の中のヒーローのように、都合の良い時に現れて、都合の良いようにヒロインを助けてくれる。

 そんなヒーローに来てほしいと、私は祈った。

 だが、私の祈りを踏みつぶすかのように、男は言う。

「ざぁんねぇん。ここにはそんなヒーローは……」

 いない、というつもりなのだろう。

 だがそれだけは勘弁してほしいと思った。

 ヒーローなんていない。そんなことは解ってる。だけど、それを実際に口に出してしまったら、本当にもう誰も、ヒーローすらも駆けつけてきてくれないんじゃないかって、そう思った。

「いな……」


「――――加奈あああああああああああああああああああああああ!」


 はっと、思わず目を見開く。

 男も突然、響いてきた絶叫に言葉を止める。

 直後。

 ド派手な音を叩きだしながら、真っ赤なフェラーリが彗星の如く廃倉庫の中に踊りだしてきた。あのフェラーリには見覚えがある。確か兄が「金持ちっぽいから」という理由で購入したものだ。

「な、何だ⁉」

 周囲は当然ながら慌てふためいた。まさかこんな廃棄された倉庫によりにもよってフェラーリが突撃してくるなんて夢にも思わないだろう。

 その件の赤いフェラーリから人影が出てきた。その人影はゆっくりと、だけど確実に、頼もしい足取りで私の所に近づいてくる。

「あ……」

 思わず、涙がこぼれた。

 来てくれた。

 アニメや漫画、恵でいう特撮番組の中のヒーローのように、都合の良い時に現れて、都合の良いようにヒロインを助けてくれる。

 ――そんなヒーローが、来てくれた。

 ヒーローは、言う。


「勝手に集合場所を飛び出していったかと思ったら、こんなところにいたのかよ」


 涙をぽろぽろと流しながら、私は言う。


「あら。あなたが遅いのが悪いんじゃない」

「俺はこれでも二十五分前には来てたんだぞ」

「私は三十分前ですよ。あんまり女の子を待たせないでください」

 本当に、待った。

 目覚めてから、心のずっと奥底で願ってた。

 助けに来て、って。

「まったく。これだからBBAは」

 ほらやっぱり。

 私の予想通りの発言だ。

 彼はぽりぽりと頭をかきながら、照れ臭そうにして、


「――――助けに来たぜ、加奈」


「……ええ。私も待ってました。海斗くん」


 まったく。自分でも呆れてしまう。

 こんなドラマみたいなシチュエーションで、ドラマみたいなタイミングで来てしまうだろうか。

 どうせならそんなことは気にせずにもっと早く来てほしかった、というのはヒロインの贅沢な悩みだろうか。

「く、ろのぉ……!」

 ナイフを構えたまま、男は海斗くんに向かって一歩、踏み出した。

「てめぇ……俺の顔を覚えてるよなぁ! お前に病院送りにされた御堂だよ!」

 この御堂という男はどうやら前に海斗くんに病院送りにされたらしい。

 ということは真正面から海斗くんにはかなわないのでナイフを持ち出して私まで拉致ったと。

 しかも私の前に何件か同じような事をしているらしい。

 バカの割に行動力だけは大したものだ。だがその行動力をもっと別の方向に活かせないものか。

 そして海斗くんはじーっと御堂の顔を凝視して、アッサリと言い放った。


「いや、誰? お前」


「…………」

「…………」

 ふ、不憫すぎる。

 これだけのことをやらかしておいてその本命には顔を覚えて貰えてないなんて。

「~~~~! おいお前ら! やっちまえ!」

 ここぞとばかりに御堂はよく漫画やアニメなどで出てくるかませ役の悪党のボスのようなセリフを言い放ち、従えていた男子学生たちが一斉に海斗くんに向かって駆け出した。

「海斗くん!」

 私は海斗くんが喧嘩に強いことは知っているけど、実際に喧嘩をしたところは見たことがない。

 そもそもこんな約二十人もの人数を相手にして勝てるわけがない。

 だがその刹那、確かに海斗くんは言った。

「――――安心しろって、加奈」

 まるで私をなだめるかのように。

「――――お前は安心して、ただそこでじっとしてりゃあいいんだよ」

 言うと。

 海斗くんに襲い掛かった内の一人が弾け飛んだ。

 その人は幾度か地面をバウンドしながら盛大に壁に体を叩きつけた。

 海斗くんが消えた。かと思うと、次の瞬間には別の男の顔面に海斗くんの拳がヒットしていて、またまた盛大に弾け飛ぶ。恐らく鼻の骨は軽く折れているだろう。叩きつけられた二人ともがダラダラと鼻血を流しながら白目をむいて気絶していた。

 あまりの強さと威力に周囲の男たちの動きが止まる。そんな男たちに、飄々とした様子で海斗くんは言う。

「どうした? かかってこいよ。こっちはウチの部長を拉致られて、イライラしてるんだ。来ないならこっちから行くぜ?」

 この場にいた男たちが全員、たじろいだ。ああ、そうか。ここにいる人たちは全員、いちど海斗くんに病院送りにされてるんだ。その強さをもう一度、目の当たりにし、更にその強さは体が覚えている。

 だから近づけない。

 これが、噂にきく『鬼の海斗』の実力。

 鬼、とはいうけれども、私にとっては鬼ではなく――正義の味方に見えた。

 言葉通り、海斗くんはまた消えて、気が付けばまた誰かが鮮血を撒き散らしながら宙に舞っていた。倉庫の壁に激突する度に周囲に激震が走る。

「な、なにしてる! 黒野の野郎がだめなら、そこの取り巻き共をやっちまえ!」

 御堂の指示に従って、男たちは兄さんたちの方に視線を向けた。

「あっ、そっちはやめた方が……」

 さっきまで自分が何をされていたかも忘れて忠告するも、もう遅い。

「ヒャッハー! やれるもんならやってみろテメーら! こっちも世界で一番大切な妹が傷つけられてイライラしてんだよゴミ共がああああああああああああああああああッ!」

 兄さんを乗せたフェラーリは急発進し、残りの男たちを轢き殺しかねない勢いで倉庫内を走り始めた。

 うわあ……。

 さすがに車で高校生を追いかけまわすのは普通に引きますよ。

「あ、ああ……」

 御堂は目の前で繰り広げられている残虐としか言いようがない光景にただただ後ずさるだけだった。

 そしてそんな御堂に、海斗くんが一歩、迫る。

「御堂、だっけか」

 迫る。

「……あ、」

「お前、加奈に何をした?」

 迫る。

「……ああ、」

「加奈が泣いてるんだけど?」

 迫る。

「……あああ、!」

「加奈を泣かせたのはお前だよな?」

 迫る。

「……あ、あああッッッ!」

 御堂は何かがパンクしたように私の腕を強引に持ち上げて、引っ張って、そしてナイフの先端を私に突きつけた。

「ッ!」

 さすがの海斗くんも、動きを止める。

「く、来るなぁ!」

 今の私には、このナイフも怖くはなかった。

 この御堂という男も、怖くはなかった。

 だって今の私には、最強のヒーローがいるのだから。

「そ、それ以上、近づくと……こいつを刺すぞ!」

 御堂が海斗くんという彼にとっての恐怖の対象から逃げるようにして悲鳴のような声をあげた。

 その直後。

 パァン! という発砲音が響いたかと思うと、何かゴム製の弾のようなものが御堂のナイフを持っていた右手に直撃した。その一撃でナイフを落とした御堂に、

「ライダ――――! キィ――――ックッ!」

 と、この場に不釣り合いな元気な声で叫びながら恵が御堂の背後から跳び蹴りを叩き込んでいた。

「ぐあっ⁉」

 見事きまったその一撃によって救われた私は回り込んでそばまで近づいていた篠原くんに「さあ、こっちですよ」と避難誘導される。

 ナイフの一撃を叩きとしたのは恐らく兄さんが改造したスナイパーライフルを模したオモチャを使った南帆だろう。私にVサインを送っている(ていうか、相手の手からナイフを叩き落とすっていったいどんな改造をしたんだろう、兄さん)。

 ああ、そうか。南帆は実際の体を使った射撃系のゲーム……というかサバゲーも得意なんだ。

 いや、サバゲーもゲームといえばゲームだけど。ちょっとこじつけにもほどがあるような気がする。

「いやー、作戦成功ですよ。海斗が派手に暴れて御堂の注意を引きつけて、あとは俺たちで天美加奈さんを助けるって手はずだったんですよね。うん」

 篠原くんがうんうんと唸りながら言う。

「本当は警察にも連絡しようとしたんですけど、証拠がないってんで取り合ってもらえなくてですね。だからこうして俺たちではせ参じた次第です」

 そういうと、篠原くんはニヤリとした笑みを海斗くんに向けた。

「つーわけだ。最後のシメは頼むぜ? ヒーローさん」

「当たり前だ」

 『鬼の海斗』が再び動き出す。

 一歩、また一歩と御堂に近づいていく。

 残りの仲間たちは赤い水性に追い掛け回されてとても助けが来るような状況ではない。さっきから兄さんの「あはっ! あはははははははははは! 死ね死ね死ねぇ! ほぅら死ねよ社会のゴミ共おおおおおおおおお!」という狂人じみた声がやかましい。

 一人になった御堂が後ずさる。私と言う切り札を失った為にもう完全に打つ手がない。

「く、来るな! 来るなあああああああああああああ!」

「歯ぁくいしばれ! このゴミ野郎ッッッ!」

 拳が、炸裂した。

 ゴッという鈍い音が響く。

 御堂の体が鮮血と共に宙を舞う。

 無様に地面を転がった悪魔は、見事ヒーローの手によって倒れ去ったのだ。


「おいおい。まさかこんなんでくたばったわけじゃねえよな? オラ立てよ。あ? もう許して? 許すわけねーだろボケ。今から喋るごとに一発叩き込む。あっ、今喋ったな。『そんな!』って言ったな。はい一発な(拳が折れた鼻を更に砕く音)。あっ、悲鳴をあげた。もう一発。ちっ。仕方がねェな。もうこの際、手足の骨を一本ずつ折っていくか。え? やめてくれ? はい、もう一本(右腕の骨が折れる音)」


 ……訂正。

 ヒーローじゃなくて鬼の間違いだった。



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