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冬の童話祭

泡沫の夢を見ることさえも許されず

作者: 河井蒼空
掲載日:2013/02/05

今日はお姫様の結婚式。

国中が大騒ぎをしてお姫様の結婚を喜びます。

お姫様の結婚相手は隣国の王子様で、お姫様の小さなころからの婚約者でした。

今日は祝福すべき素晴らしい日です。

けれど、お姫様は花の咲く丘で1人立っていました。


「姫!」


そんなお姫様を見つけたのは王子様ではなく、お姫様の騎士です。

結婚式に出るために正装をした騎士に気付くと、お姫様は微笑みます。

そんなお姫様に騎士も微笑み返し、お姫様の手を取りました。


「もう戻りましょう。皆が姫を待っております」

「……まだここに」


優しく引かれた手をお姫様は断り、丘から動こうとしません。

騎士は困ってしまいました。

今日はお姫様の結婚式です。主役のお姫様が遅れるわけにはいきません。

だからといってお姫様を無理やり連れて行くことなどできないのです。

だって騎士はお姫様の騎士なのですから。

どうすればいいのかと迷っている騎士に気づいたお姫様は苦笑しました。

お姫様とて我儘を言っている自覚はあるのです。


でも、と思います。

もう見れない景色なのです。

もう来れない場所なのです。



「もう少し……もう少しだけ」



二度と帰れぬ故郷との別れなのです。






今日はお姫様の結婚式。

国中が大騒ぎをしてお姫様の結婚を喜びます。

お姫様の結婚相手は隣国の王子様で、お姫様の小さなころからの婚約者でした。

今日は祝福すべき素晴らしい日です。


誰もが待った日。

そしてお姫様が来ないでと願った日です。


お姫様の国はとても小さな国です。

隣国に守ってもらわなければすぐにでも滅ぼされてしまうくらい、小さな国です。

だから王様は隣国の王様と約束をしました。

お姫様が生まれた日に、約束をしたのです。

お姫様を王子様の婚約者にすること。

そしてお姫様と王子様が結婚したときには以後この国を守り続けること。

それは国が続いていくために必要なことでした。

例えお姫様と王子様の気持ちが通わなくとも果たされなければならない約束でした。

だからこそ国を挙げてお姫様と王子様の結婚式を祝うのです。


「姫……」


騎士はすべて知っていました。

お姫様が王子様を好きでないことも。

王子様がお姫様を好きでないことも。

国のために全てが事務的に行われることも。



お姫様が王子様と結婚すれば二度と会えないことも。



すべて知っていました。

結婚式はお姫様の国で行われますが、お姫様は嫁ぐのですから王子様の国へ行かなければなりません。

それは王子様の妻になり、この国のお姫様ではなくなってしまうということです。

王子様の国はとても厳しく、王族となれば早々に国を出ることはできません。

嫁いでいけば帰ってくることはほぼ不可能です。

騎士はお姫様の騎士ですが、他国への嫁入りに侍女ならばまだしも男である騎士がついていくことはできません。

そうなればきっと騎士とお姫様はもう会うことはできないでしょう。

幼いころから共にいた2人は、今日で引き裂かれてしまうのです。



お姫様は長い髪を耳にかけ、そっとしゃがむと足元の花々で小さな花束を作りました。

いくつもいくつも、小さな花束を作ります。

騎士は何もしません。

以前手伝おうとしたら不格好の花束を作ってしまいお姫様に笑って断られたことがあるからです。

―――そんな思い出すらも遠い過去のものになってしまうのでしょうか。

騎士はそんなことを思いながらお姫様を見つめました。







花束を作り終えたお姫様は赤い花束を丘から投げました。


「これは愛しい故郷との別れの未練」


今度は黄色い花束を投げます。


「これは愛しい家族との別れの挨拶」


今度は桃色の花束を投げます。


「これは今日という日への祝福」






そして数えきれないほどの青い花束を騎士に向かって投げました。


「これは……」


お姫様は言い淀みます。

騎士は投げられた花束をいくつか掴みました。



「愛しい貴方との別れの涙」



ぼろりとお姫様の瞳から雫が零れた時。

堪えきれずに騎士はお姫様を抱きしめました。

お姫様は空を見上げ、騎士を抱きしめ返すことはしませんでした。


「姫、姫……!」


騎士がお姫様を抱きしめる力を強めます。

それでもお姫様は騎士を抱きしめることはしませんでした。



秘めた想いであったはずなのです。

幼いころに2人で語り合った他愛もない想いだったはずなのです。



―――それが、どうしようもないほどの愛に変わってしまいました。



いつからでしょう。2人が周りを気にしだしたのは。

いつからでしょう。2人の視線が合わなくなったのは。

いつからでしょう。2人で笑い合うことがなくなったのは。


いつからでしょう。

いつからなのでしょう。


2人が互いを想い合うようになったのは。


許されない恋でした。

許されない愛でした。


だから2人は秘めたのです。

心の奥底に沈め幾重にも鍵をかけて、忘れようとしたのです。


でも。

でも―――でも。

溢れる想いをなくすことなどできなくて――――。






――――許されるならば。

このまま2人、どこか見知らぬ場所まで逃げて。

そして何もかも忘れて2人笑って暮らせたら。

それは、なんて幸せなことでしょう。


叶いもしない夢を見ます。

できもしない夢を見ます。



許されることなど、何一つとしてありはしないのに。



お姫様は礎です。

この小さな国の平和の礎となるのです。

お姫様が騎士と逃げ出せば、きっとすぐにこの国は亡ぶでしょう。

それは耐えられないことでした。

お姫様も騎士も、この国を愛しているのです。

例えこの身が引き裂かれるような悲しみを抱こうとも、お姫様1人の犠牲ですべてが解決するのなら。

その悲しみを抱きしめてすべてを許してしまうくらい、愛していました。






「ねえ、私の騎士様」


お姫様は空を見ます。

騎士の瞳をした、透き通るような青空を見上げます。


「今だけでいいから……」


頬を伝う涙を拭いもせずにただただ空を見上げます。


「……私の、名前を」



ああ、どうして。

どうして、そんなにも残酷なことを。



「ぁ……っ、」


騎士は何度も口を開き、そして閉じます。

もう何年も呼んだことのない名前。

呼ぶことの許されない立場にいました。

今だって許されないことをしています。


「……呼んで」


許されない恋でした。


「……呼んでよ」


許されない愛でした。


「私の名前、呼んでよぉ……」


生涯許されることのない、想いでした。


「エリオットぉ……」






「アーデリア……!」





お姫様はぼろぼろと涙を流します。

騎士はお姫様を強く抱きしめます。

お姫様は騎士を抱きしめはせずに。

騎士は決して涙を零すことはなく。





ああ、叶うのならば。

どうか―――今が、永遠に続きますように。





そして2人はまた、叶わぬ夢を見るのです。





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