じかいの歌
じかいの歌を歌おう。ひっそりと誰にも知覚されぬように。それは祈りにも誓いにも似ていた、か細い鳴き声のようであった。私は近い。なにに近いか。それはまだわからない。わだかまりとむせび泣き。私をこうも硬直させて、いいなりにさせるものはなんなのか。踊る心。どもる言葉。こおりつく私とは対照的に、鳥たちはまだ歌っている。打ったのはかねつき和尚。助けてくれ。かねは響くがことのはは響かない。ことの発端、掘立小屋の賢治はいつになったら帰ってくるのか。くるみは固く口を閉じ、ナッツの香りは匂わない。嗅ぐわない薔薇。茨の道を進むには努力と根性が必要だ。誰もが進まない。いわずもがな。先人が少ないからなのか、狭き門なのか。鬼門はどこにも開いてはおらず、ただただどこかを彷徨っているのである。漂流した土地はあまりにも広く、呆然と立つ尽くす子供たち。ひょうひょうと生きる僕たちは一度はじかいを覚悟したものだが、運命の環はどこかで欠けて、その循環は断ち切られた。だから生きている。自己増殖は止まり、わしはひとりになったのだ。これから先も、ずっと向こうで。じかいの歌を歌おうと、待ち構えているのはウサギたち。跳ねる、わかれる、根枯れる。町の前、動物園は好物だけをワタシタチに与えるが、根腐れ、廃れ、好物はそれではない。本当に好きなのはなんなのか。どんぐりころころどんぶらこ。川上からの漂流物。持ち帰りげんきん。元気な男の子。おおきなのこぎり山を切り刻み、裸にするなよ、しろくなりゆく山際。ようようとおじいさんは帰ってきた。おばあさんはいないのだった。かれはひとりであった。ずっとずっと。過ぎる年月は彼を苛み、最悪にして彼は狂うのであった。食うのはきのこばかりで、木こりのおのは金銀銅。山の尾根は鬼が住み、村からは毎月一人、生贄が。煮えたぎる怒りは鬼の形相を村人に強要させるが、本物の鬼にはかなわなかった。彼は祈った。鬼が早くいなくなればいいと。彼の成れ果ては祈ることのみに甘んじ、祈りかなわず、おいはてるだけで、村は廃れる。じかいの歌を歌おう。老いる前に、生まれる前に。かならずやってくるならず者はじかいを知らない。かねはならない。忘れてはならない。ここまできたのもこれから行くのも、変わらない。今はなきにしもあらず。あんずの甘味は西にも東にも伝播する。亡きおじいさんは悟った。なにをかいかん。いかんせん。湧き出る汗は汗腺からでてくる。あせとはなんぞ。アセトンパリスヒルトン。じかいの歌を歌おう。後悔ばかりのこの世の中。今回ばかりは残らぬように、生かさぬように。嗚呼、もう疲れた。骨が折れきった。心は荒び、瀬はやみ、世に流され、華に無かれ。ありてはこの世の墓に、ひとときの幸せを。あなたと一緒に一生を、一生懸命。じかいの歌を歌おう。次の瀬、年の瀬、命の瀬。私の遺産を拾うのは。私とあなたの誓い。祈り。永遠に。じかいの歌を歌おう。