出会い
散歩していると出会った。出会ったとき、彼の体の一切が緊張していた。彼はその時点で息をしていなかった。彼は息を殺して、その身をアスファルトに横たえていた。おやおや、私が言った。こんなところにどうして横たわっているのかね。彼はその時、ようやく私に気づいたらしかった。よどんだ真っ黒な瞳で私を見つめた。答えるように口をパクパクさせたが、声は出なかった。依然として、彼は呼吸することを拒否していた。大丈夫かね、何かほしいものはあるかね、私がさらに声をかけてみるが、彼はもう私に興味をなくしたように、視線を空中のどこかに向けていた。何をみているのだろうか。水はいるか、問いかけると、体をピックと反応させた。ただそれだけ。これは一大事だと感じた私は彼に歩み寄り、耳元があろう場所に向けて叫んだ。救急車を呼ぼう、このままでは死んでしまうぞ。私の問いかけむなしく、出会った当初から、同じように彼の呼吸は止まったまま。口すら動かなくなってしまった。私は立ち上がった。ポッケから携帯電話をとりだす。119に電話をかけようとした。くそ!私は昨日、重電をし忘れた。そのため、携帯電話の電源は切れていた。どうしようかと焦っている私はさらにイラつかせたのは、どこからともなく現れた一匹の猫であった。真っ黒な猫。彼女は瀕死である彼に近づき、鼻をひくつかせているではないか!あっちいけ!私が腕をぶんぶん振ってそう叫ぶと彼女は華麗に避け、その鋭いまなざしを私に向けている。どうせ助からないわよ、彼女の声が聞こえたような気がした。その目はあきらかに軽蔑を帯びていた。しかし、かまうもんか、私には命を救うべしという良心の訴えが軽蔑の視線をものともせず、即行動せよと訴えているのだから。さて、私は息が止まった彼の体を抱きかかえた。彼の体はじっとりと汗ばんでいた。そのためか、彼の体はべとべとしていて気持ち悪かった。彼を抱きかかえたまま、走った。人目もはばからず走った。道行く人はどうしたのだろうという目で私を見る。見るだけで手を貸してくれない。なんという世の中だ!私は心の中で叫んだ。怒った。一つの命が消えそうなとき、だれも手を差し伸べないとは!当てもなく、走る私を指さすのは一人の子供であった。
「あのおじさん、へんなの、魚かかえて走っているよ」