足の感覚はもうなくなっていたわたしは・・・
そうか、わたしは一本の普通の茨であったのだ。長いこと忘れていた気がする。十年、三十年。もっと長かったのか。いやしかし考えてみれば、わたしが茨になったのはつい昨日、一昨日。そのような気がしてならない。頭の中にぽっかりとそのまましろーいしろーい穴なのか、それともその穴にトイレットペーパーのような白い紙をつめたのかのような、虚ろを感じる。全くの白であった。もしくは黒であった。そしてわたしはただの茨ではなかった。サーカスの綱渡りの綱よろしく、果てしなく長く伸びる一本の茨であった。わたしですら、その全長は理解していない。どこから伸びていて、どこまで伸びているか、とんと見当がつかぬ有様である。ああ、あなた、ゆめゆめわたしを愚かだと思うな、わたしもあなたに訊きたいことはあるのだ。ああ、親愛なる見知らぬあなたよ、わたしの姿を見て嘆くことなかれ、わたしの棘という棘は血にまみれている。染められている。それこそ真っ赤な血で!鉄くさい鉄くさい。わたしの体は固まってしまう。徐々に干からびていく人間たちの血で。その干からびは、一斉に、かつ、端から中心に向かって、真っ赤な血がどす黒い赤のヘドロに。ヘドロに。わたしの体の息という息を、それは塞いでしまう。何故だ!毎日のように彼らは一人ずつ、わたしの体の上を歩いていく。ゆっくりとゆっくりと。羽毛のない羽根をいっぱいに広げ、ふらふらと体を左右に傾けて、バランスをとる。わたしの棘なんか気にせず、彼らは歩く。そのくせ、彼らはゆっくりと歩き、棘がささる感触を楽しむように。そうだ、いいぞお・・・。まずは柔らかい皮膚の感触を感じる。チョコンチョコンと石橋を叩いて渡る慎重さで、足の裏で棘の感触を何度も確かめる。片足をあげて、体を僅かにのけ反らせ、それから上体を前かがみにゆっくり。ゆっくり。ゆっくり、もっていくのさ。しまいには、もう完全に田植えの姿勢になって、人類にとっての大きな一歩を踏み出す。それは一瞬の感覚。皮膚が柔らかく棘を包み込むが、しまいにその鋭さに耐え切れなくなる。柔軟の限界を超えた皮膚はびりびりと小さく鳴くのだ。そこからまた柔らかい筋肉がやさしくわたしを受け入れる。それは枝垂れ柳が風を受け流すがごとく。甘いのはそこまでで固い骨が棘を阻む。しかし彼らは騙されやすいのだ。ひょひょいと感情に訴えてやれば、涙を流し、すぐに心折れてくれるのだ。骨をおるようなことではないのだ。いとも簡単に。朝飯前。わたしは朝飯などくわないが。しかし、それが、その感触が、毎日飽きるほどわたしを襲うのだ!わたしの同意ないうえに!これは一体、どういうことなのか。わたしはもう、足の感覚をなくしてしまったのか!そうなのか!人間はなぜわたしのうえを歩くのだろうか。わたしは時々、人間に話しかけることがある。どうしてあなたたち人間は相も変わらずわたしの上を傷つくままあるくのか、と。ある人間はこう答えた、われわれがあなたの上をあるくのは 蓋し、このま