練習創作一
わたしたちは今日、ようへい君の話をしたいとおもうが、しかしその前に学級会の出来事を踏まえたうえできいてもらいたい。それは不穏な空気であったが、だれもが満足げに息をしていた。給食後の満たされた空気とともに、窓の外の激しい雷雨とは裏腹に、わたしたちは口々にこういうのであった、校長がづららしい、みなが疑いをもってその生え際まじまじつめる、校長はそれに対して不愉快ではなく、むしろ歓迎の気持ちで、その様子を見ていたが、その寛容な心とは別の言葉が校長自身の口からとびだしたことを非常に後悔している。洗練された刀のような曲線美、もしくは雨の中を刹那走り抜けるかみなりのような鋭さと衝撃、またあのバターをたっぷりいれたクッキーをやいたときの香りにも似た甘さを潜在させた言葉をいってしまった。わたしは空気に疎通のための意味あるリズムをふくませた瞬間に、しまった、と思わざるを得なかった。金属音のささやきを体中で感じたときの、それに近い動揺がわたしを襲った。その原因というのは、というよりその外観の説明をしなければわかるまい。それは海水の青い光の届かぬ深海で光るタカアシガ二のつぶらな瞳のように輝き、形というのは甘酸っぱい香りのする熟れた桃のようで、大きさは手のひらより少し小さめ、うっかりするとどこにでもとけこんでしまい、存在を見失ってしまうほどのものである。それをわたしの部屋の書棚の手の届かないうえのほうの引き出しに置いといた。それは妻が私の誕生日に贈ってくれたものであった。前からほしかったのでしょ、夕飯の買い物しているときにちょうどよく売っていたから買ってきたの、というのは嘘で私が誕生日約三か月前に友達の片岡さんに頼みこんで、予約してもらった代物である。片岡さんは近所の通販マニアの方で、夫と子供二人、男の子と女の子の双子のお子さんであった。なかなか手に入らないものだから苦労したのよ、片岡さんに話をきくには、ネットを五時間検索して、たった一件、なかばもうあきらめかけていたわ、だけどこれもいつも仲良くしてもらっている谷中さんのためと思って、凝った肩を、老眼の目を、途切れた集中力を酷使に酷使、疲労に疲労を無理やりに、滅茶苦茶に、目茶目茶に塗り重ねて探したわ、やっとみつけた、みつけたのよ、それはもう谷中さんのためというより、自らの通販魂をかけた戦いの勝利、その勝利の喜び、達成感のほうが強かったわ、わたしはかったのよ。谷中さん、私ほら、みてみてほらー、谷中さんやったわよー、あら、顔色がよくないわ、どうしたの、いいえ、良くないわ、ほんとに悪かったわ、ありがとう。彼女は倒れてしまったようだが、そのようにはみえなかった。昔、私のおじがよく言ったことがあった、見えなかったが見えてもいた、それはわたしたちの心からくるものでその現実を否定しようという試みであろうと、しかしわたしたちはこの現実を受け入れることでしか世界を考えられず、それもまた幻想でしかないと。話をもどそう、ノートを借りたのは昨日のことであったかな、それとも半年以上もまえのことかな、確かにノートは借りたのだった、それは満月のできそこないの月の日であった。できそこないではあるものの、太陽の陽を十分に反射していた、そして、雲も一つもなかったために、わたしたちの影は地に落ち、透けるほどだった。美しい月の光のなか、彼はため息をついていたのかもしれない。それは月の光が美しすぎるためなのか、それともーーーーー。