三章:真実は、甘い蜜【中】
気が付くと、瀧口さんの家の前にいた。
どうやってここまで来たんだっけ?覚えてない。
そもそも、どうして来たんだっけ?……ああ、西元さんの一言だ。
『瀧口さんには、ゴーストがいるって』
私も、口の中で呟いてみた。
それは…なんて、甘い響き。
確かに、本当にそうだったなら、私の世界はまだ終わらない。私の神様は、曲の創造主だから。
でも、そんな事あり得ない、と思う自分がいる。明らかな現実逃避だと、呆れる自分もいる。
だから、ここへ来たんだった。真実を確かめに。
瀧口家の敷地内には、家族で住む本宅と、レコーディングスタジオがある別宅がある。
スタジオには、私も何度か来たことがあった。
懐かしい道を通り、スタジオの玄関の前に立つ。
このスタジオの中に、きっと真実がある。
ゴーストライターの手がかりをつかんで、また曲を作ってもらう。
私の、新しい神様になってもらう。
ドアノブに手をかけ、少し開いたドアからは、音楽が聞こえてきた。
歪だけど、異物感なく耳にサラサラ流れてくる。ヴァイオリンの音。
この曲は……神様の曲だ!
瞬間、私はスタジオの中にズカズカと上がり込んでいた。
いくつかドアをあけ、やっとの想いで音の根源にたどり着いた。
ヴァイオリンを弾いていたのは、一人の青年。
その傍らには一人の少女。青年は演奏に集中していて、少女は私に背を向けていて、二人とも私には気づいていなかった。
私は少女の肩を叩いた。
「…わっ!サ、サヤ!?」
私は素早くスケッチブックに言葉を書き、少女が何か言う前にそれを見せた。
『この曲、誰の?』
私の言葉を見た瞬間、少女の――滝口さんの娘、カナちゃんの顔が歪んだ。
そして見る間に顔が青ざめていき、口元をおさえてしゃがみこんでしまった。
な、なに?急に、どうしたの?
声をかけることも出来ずうろたえていると、誰かがカナちゃんの肩を抱き、そっと立ち上がらせた。ヴァイオリンを弾いていた青年だ。
「大丈夫か、カナ。とりあえず、ソファで横になってろ」
カナちゃんを腕に抱えて、青年は近くにあったソファにそっと降ろした。
優しい手でカナちゃんの頭を撫でる。
と、カナちゃんの顔がうっすらと色付き、安堵の表情が浮かんだ。
間に流れる空気が自然に穏やかだった。
お互いに全てを分かり合っている関係なんだ、二人は。
「おい、アンタ…って、サ、サヤ!?うっわぁ……」
青年が口をパクパクさせ、まるで魚のようになった。
今までカナちゃんのことしか頭になかったくせに、なんだろうこの態度。
なんだか腹がたったので、乱暴にスケッチブックに言葉を書いた。
『アナタ、誰?』
それを見せると、青年は首を傾げ、私とスケッチブックに交互に眺めた。
気が進まないが説明しようとペンを持つと、ソファで横になっているカナちゃんが説明してくれた。
「イセさん。サヤさんは、話せないの。筆談しかできないのよ」
「え、そうなのか?」
青年が問掛けてきたから、首を縦に降った。
今も私の中に残る小さな棘が、久しぶりにチクリと刺さった。
私に歌があった頃は、そんな棘の存在なんて忘れていたから、いつの間にか自然に抜けたのだと思っていた。
だけど、棘は変わらず私の中に存在していて、今も胸を刺す。
「ふーん。そういや、テレビ出てないよな。ん、まぁ、それはいいや」
アッサリと片付けてくれた。十五年間の棘を、ものの数秒で。
しかし、不快ではなかった。
むしろ、神様の曲に似た清々しさで、棘の痛みを和らげてくれた。
なんなんだろう、この青年。
私はまた、さっきのスケッチブックを見せた。
「ん?あ、ああ。俺は瀬野田維世。見ての通り、ヴァイオリン弾きです」
瀬野田…?
まさか、
『もしかして、瀬野田維那さんと、お知り合い?』
スケッチブックを見せると、維世さんは妙な笑みを浮かべた。
「ヘェ〜。アナタも爺さんのこと、知ってるんだ」
『一度、生で聞いたことがあるの。私の命を、助けてくれた人』
言葉を話せなくなった頃、瀬野田さんのコンサートに両親が連れていってくれた。音楽が大好きな私のために。
そこで、圧倒的な力を感じた。
私は瀬野田さんの音に引き込まれ、戻ってこられなくなりそうだった。
声を失ったことにショックを受け、当時の私は何も考えられなかった。
でも瀬野田さんの生音にふれ、心に気力が戻り、歌うことを始められた。
瀬野田さんは私の命の恩人。何もできない私に、歌を教えてくれた。
私の、最初の神様。
感想くれた方々、ホントにホントにありがとうございます!
もーう、とっても嬉しいです。誰かから感想をいただけると、励みになります(の割には、更新が遅いですが…)。
謝礼が遅れてしまい、申し訳ありませんです…。
さて、【中】です。
ホントに四章で終るのか、とっても微妙なラインです。
サヤが過去を語りすぎ。他二人にだって、語る過去はあるのに!
さあ、次こそ歌姫の話は終わらせ、クライマックスへの入り口くらいは書きたいと思ってます。
読んでくださった皆様、ありがとうございます。
よかったら、また読んでやってください。