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星屑の街  作者: fuki
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人魚姫1

太陽も射し込まない深い深い綺麗な海の底で、女は長い髪をそのままにくるりと回って光が揺らめく上へと目指す。昇ればのぼるほど、消え入りそうな淡い水色の光が海を照らしている。



足があるはずの所は、魚の尾びれで。滑らかに水を蹴る。

だが不思議なことではない。なぜなら彼女はこの海を支配する人魚王の末娘であり、彼女自身も大勢居る姉と同様、人魚姫と呼ばれていたからだ。


女はふと眉根をよせ海の空を仰ぎ見るが、遊んでくれと身体をこすりつけてきたイルカに気が行った。けれども、その逸らした一瞬で女はどうやら海がぐずり始めたことに気がついた。伊達に人魚王の娘ではないし、海が気分屋なのは海の底で生きてきた以上重々理解していたし普段は気にもとめないのに。どうしてだろう。


「・・・不思議ね。今日は何だか上にいかなきゃいけないような、そんな気持ちが溢れて止まらないのよ」

「きゅう?」

「ふふ、分からないわよね」


美しい声で紡がれた言葉が全くわからないとでもいうように、きょとんと首を傾けたイルカに苦笑を向けて女は、また上へと視線をあげた。海と違って本当に果てがない空へと想いを馳せて。


――海が荒れる、荒れる。


嗤う風に囃し立てられて、海が泣く。唸り声すらあげんばかりに荒れて荒れて荒れて、さっきまで射し込んでいた淡いいろの陽光もまぜっかえしてぐちゃぐちゃに溶けてきえさせたのに




そんなとき、真暗な海の空から。きらきらと射した光に私はとっさに手を伸ばして。腕の中にその光を受け止めた。金色を纏った彼の目蓋は苦しげに閉じられていて、女は直ぐさま海と空の境界線に急いだ。


陸と海の境界線。私と彼の境界線。もっと早くに気がついていれば良ろしかったのに。そんなことをいまさら思っても結局私はあの日の光に手を伸ばすのでしょう。何百回だって、何万回だって。繰り返されるたびにきっと。



―――そしてやっぱり私は、海になるのよ。











*******




潮風に身体がべたつくのだ。

イチルはム、と頬を膨らませながら砂浜の上でさんかく座りをしていた。眼を見開いたときからイチルはそこから一歩も動いていない。本当はイチルも子どものように、さざなむ海へ裸足で駆け走りたかったがノアールの姿がどこかへ行ってしまったため、じっと我慢しているのだ。


急に放りだされた砂浜で手持ちぶさたに砂浜に指を突き刺し、ぼうっと柔らかい音を奏でながら引いては押し返す海を眺めていた。海水は泳ぐ魚さえ目視できるほど酷く澄んでいて、津波の白いあぶくが砂浜に染みこんでは消えていく。

水色や緑色を混ぜたような、碧色の海。遠くにある濃紺がいわゆる水平線というやつなのだろうか。ずさずさと砂浜に指をつっこむ。砂浜の横には白い海へと続く階段があったがちらりと視線を一度向けてからすぐさま興味なさそうに逸らした。



ざざぁんざざぁん。


いったいどれくらい待ったのだろう。




「ノアールどこにいっちゃったのだ」


その言葉と同時に今まで抑えていた感情がじわりと溢れて心臓がワシ掴まれたみたいで、ひゅと浅く息をすって胸元の服を掴む。


くしゃりと服に皺が寄ったが、イチルはじっと待ち続けた。

寂しい。心細い。置いてけぼり。ノアールが迷子。どこにいるの。ここはどこ。私、捨てられてないよね。初仕事なのに。早くしないとガンドックに馬鹿にされちゃうよ、ねえノアール。はやく私をむかえにきて。


この思いは、子どもが親を慕うような純粋な好意なんだろうか。それとも、たんなる依存なのか。ううん、だって私いま見た目だけだけど五歳だもん。ノアールは保護者だもん。だから依存じゃないのだ。



ふるふると首を振って火照る身体のまま膝に顔を埋めてじっと耐えた。


心の中は不安で不安で仕方無かったがイチルにはノアールが迎えにくる確信があったからだ。科学的証拠を提示しろとかいわれてもできないけど、それでも。歪で気が狂いそうになった『星屑の街』で唯一イチルを見つけ出してくれた、そんなノアールだからイチルは待つのだ。早く、ノアールにぎゅってしてほしい。この焦燥感をどうにかしてほしい。


縋り付きたくなる思いを押しとどめて空をふいに見上げると晴れ渡った空だった。雲一つない快晴。じりじりと容赦なく私を焼け付ける太陽にくらくらして舌打ちしたいくらいだったが、それでも空を仰ぎ続けた。確かに眩しいし肌がひりひりして痛いけど。空の色が、ノアールの瞳の色だったから。ぱたんと砂浜に横になって身体全体を空へと映す。




「ここはよく人が行き倒れてるなあ。」


ざざん、と大きな漣がおしてきてイチルのブーツを濡らし、ふいに長い影が砂浜に広がって。はっと私は振り返ったけど、その先にいたのは待ち人じゃなかった。

その男の人がガンドックみたいな綺麗な金色の髪を太陽の下、煌々と輝かせてイチルを見下ろし眉尻を下げて呆れたように笑ったから、まるで童話の中の王子様みたいだとぼんやりと思った。その金色の瞳に懐かしさの色が滲んでいるのにふと気がついたけど、口を開く前にイチルは脳をぐちゃぐちゃに掻き回す鈍い痛みにそっと意識を奪われた。











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