案内人との関係について2
ノアールに抱っこされたまま食堂に連れて行かれた私は周りからの微笑ましい視線にびっしびしに突きさされた。ええい見るな!私はパンダではないのだ!
むむと睨み付けるが皆一様にして頭を撫でて行く。今はお腹がすいているから許してやる。反抗するきも起きぬのだ。
イチルは、んしょっとノアールの膝の上で身体を捻って座り直す。なぜなら机は大人用に作られていて、今のイチルでは椅子に座っても頭が机から出ないからだ。
ノアールが一回私のお腹に腕を回してずり落ちないようにしてくれた。前に良いとしこいた女がなんでこんな屈辱を受けねばならぬとノアールにくってかかったが爽やかな一笑に異議が伏せられた。その爽やかな笑みに異議あり。
かちゃ、とスプーンがお皿に擦れる音がして机の上を見ると目の前には黄色いオムライスとサラダとフランスパンが平らな皿に盛りつけられていてイチルは、ぱあっと瞳を輝かせてすぐさま小さなスプーンを手に取った。
戦闘態勢完了なのだぞとノアールを見上げると、ふわっと笑ったノアールは手を伸ばしそのオムライスを小さなお皿に寄せて私が届く所に置いてくれた。
オムライスの断面からとろとろな卵とトマト色のご飯が顔を覗かせ、恥ずかしいと顔を隠すみたいに湯気がぽわんとイチルの鼻をくすぐった。美味しそうとスプーンを突っ込んで口の中に放り込み広がった味にゆるりと頬を緩ませる。幸せだ。
「ノアール!オムライス美味しいぞ」
「そうだね、はいイチルあーん」
口元に持ってこられたノアールの手に私は警戒することなく、ぱかっと口を開いて受け入れた。小さい子の顎でも噛み切れる柔らかめのパンだ。
「てめえも相変わらずだなノアール」
もふもふと咀嚼していた二人が声がした方に顔をあげると紺色のスウェットを着たヤンキーがこっちに近づいてきた。眉なしで釣り目で細マッチョで金髪の頭に刈り込みいれてるからヤンキーって勝手に呼んでいるのだが、案内人ガンドック通称ヤンキーだ。
そのヤンキーが、がたんと前の空いている席に腰掛ける。「ようイチル」とガンドックが挨拶してきたから私も「よっ」と頷いた。
ごくん、とパンを飲み込むとノアールがすかさず、まだパンいる?と聞いてきたからふるふると首を振ってオムライスに突き刺していたスプーンを口に入れた。おいしい!
「あーああ、ったく案内人もつついにロリコン化かァ?」
「うっさいな、羨ましいなら素直にそういいなよ。ねー、イチル」
急に自分の名前がでて反射的にぱっと顔をあげたが、オムライスばかりに気を取られて全く持って会話を覚えてない。むむ、そんな呆れたような顔をするなガンドック!私だってやるときはやるのだぞ。
ぐっと眉間に皴を寄せ神妙そうにスプーン片手にこっくりと頷くと、ノアールがぶっと噴き出し笑いだした。なにごとだ!ノアールの膝の上に座ってるから振動が直に伝わってお、おちてしまう!慌てて両手を伸ばし突っ張っる。
「あははっ、はは!ああ、イチルごめんごめんっぶっ」
ぱっと落ちないように机に両手を伸ばし突っ張ったイチルにすぐさまノアールがお腹に手を回し引っ張りあげる。
お皿に盛られた少ない量のオムライスでも五歳児になってしまった私の空腹だった胃を満たすには充分だった。背中にノアールのお腹がくっついてあったかくてぬくぬくする。
もたれたくて仕方がなかったけど、小刻みな揺れは我慢し難い。でも、なんで急に笑いだしたのだ?
そんな不思議にきょとんとノアールを見上げてみるけどまだ笑い続けていたから答えが貰えそうにない。ならば、と前に座ってるガンドックを見てもガンドックはぽかんとして私を見ていた。眉毛がない。どうしたのだ刈り込み。
二人に無視されたような形にイチルがぷうと頬を膨らませるとようやくガンドックが動いた。額に手を当てる。指の間から見える金色の眼は、疑心に満ち満ちてイチルを見据えていた。
「なァ、こいつ本気でもと二十歳の女なンだよな?見えねえよ、精神的にももろガキじゃねえか」
「ガキじゃないもんうるさいだまれヤンキー」
「ほれみろ、ガキだ」
「ガキって言ったほうがガキなんだぞ!」
「まあまあ、可愛いから良いじゃん。それにこれも星屑の街にいたせいなんだしイチルのせいじゃないよ」
「だっつってもこいつが盗られたのは単に体の成長だろうが」
「体に精神が引っ張られてる可能性だってなきにしもあらずでしょ?」
「わたしは見かけは子どもずのうは大人なのだ!」
売り言葉に買い言葉と勢いづいて身を乗り出した私のお腹に回された腕がほんのりと力が入る。星屑の街。あの光の川があった所だ。
あそこに長くいると何かを奪われるらしく、私はもののみごとガンドックのいう『成長』を奪われた。じゃあ一生小さいままなのか?という疑問が浮かぶがどうやら『流れ星』を作ると奪われたものが少しずつ返ってくるらしい。
流れ星に三回お願いすればいいのか、と聞いたらノアールはそうかもねと笑った。
それよりどうしたガンドック。顔色が悪いぞ。体調が芳しくないのではないか?さっきノアールが笑った気配がしたがまさかそれではあるまい。
ノアールの笑顔は優しくてあったかくて眠たくなるようなそんなものなのだから。
ぽわんとした気持ちにゆられイチルがこてんと頭をノアールの胸に預けると大好きな掌が頭におりて。ふにゃと笑った。がすぐさまはっとする。
ほのぼのした雰囲気が居づらかったのかなんなのかは知らないがガンドックがかたりと立ち上がったからだ。
ノアールが不機嫌そうにガンドックを睨めつけるが、鼻であしらわれた。
「神官から伝言だ。仕事を振り分けるから来いだとよ」
くるりと背を向け食堂をだらだらと出て行ったガンドックを見送って私はノアールを見上げた。ノアールの綺麗な青色の眼も私を見下ろしている。神官からの呼び出しということは・・・、
くるっと膝の上で方向転換をして
「はつしごと!」
「お仕事デビューだね」
ぎゅっとノアールに抱きついた。