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星屑の街  作者: fuki
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存在認識され辛いトラベラー女の話17

わたしを拒絶した世界。

だから、世界を拒絶したわたし。


黒い人。白い人。赤い人。橙の人。

桃の人。女の人。あかご。宿屋の人。パブの女将。


テラ・メエリアで出会った人々。拒絶された先の世界で巡り合った人々。確かにそれらはわたしの中に刻まれていて。


二人ぼっちに、なってあげると言った優しい黒い人。生きろとわたしに言ってくれた強い白い人。この世界でわたしを一番に引っ張り上げてくれた赤い人。襲われたとき助けてくれた橙の人。朝起きると暖かいご飯を作ってくれる桃の人。感謝を告げてくれた女の人。しわくちゃな顔をして眠るあかご。



日本も、テラ・メエリアも。いのちのかたちは、おんなじで。わたしが、壊れてしまえばいいと拒絶した世界でわたしのそばにいてくれてたひとたちを肉とし、発泡スチロールに包まれたテラ・メエリアという品の一つの塊として、そこに値札を貼る価値もないとしたわたし。


(視て見ぬふり)


透明なサランラップから確かに肉はみえていたのに。


忘れたふりをしていた悲しいが箱の中から飛び出してしまって。憎めば憎むほど、視て見ぬふりをすればするほど忘れたふりを演じる矮小な自分が浮かび上がって。くるしくて、苦しくてたまらない。このまま血液をめぐる酸素すら口から吐き出して狡い自分が消えればいいとすら思った。




(テラ・メエリアに包み込まれた肉は、ただの肉の塊じゃないと知っていたのに)





人混みの中、立ち止まるわたしを人々は迷惑そうに避けてゆく。ああ、あなたたちの目に映るわたしはどのように、見えているのですか。黄みがかった両手を見下ろして。視界に飛び込んだのは、パン。



「はい!これ。お昼も食べずに動いてくれてたの忘れててごめんなさいね。お腹空いたでしょ?食べちゃって。焼きたてじゃないのが残念なんだけど」


桃の人が戻ったことに気づかなかったわたし。差し出されたのは言葉通りに少し草臥れた態様のパンだった。お金を断ったわたしに何かをやはり送りたいのだと、困ったように笑って続けた桃の人。


それは間違いなく「わたし」に向けられた優しさで。いままで、視て見ぬふりをしていたもの。



(視てしまったら、わたしはテラ・メエリアを否定、できなくなってしまうのに)




ー世界は優しくて温かくて「幸せ」ってのに溢れてるんです。



でもやっぱりそれは酷くわたしを責め立てて息ができないくらい苦しくて。



ーこの世界は、あなたにとって優しくないものだったし、これから先の未来もきっとそうなのだと思います。


もう、いいのかな?



あなたの世界は、あなたという世界はどうか優しくあれ。



思い返してみると、すんなりとそれは心の奥底に滑り込んで。喉がふるえて、真横にきゅっと結んでいた唇が、硬い蕾が綻ぶように緩んで。音の滴が朝露のようにこぼれた。



「ほんとはね自分がとっても、嫌いだったの」




拒絶されたから、拒絶し返す。テラ・メエリアを憎むためにそこに息づく命すら無視をしなくちゃいけなくて。それは、とても、難しいこと。でももう無理だ。もう、いいよね。自分に問うたそれは、誰も聞くことはなかったけれど。だれかが頷いてくれた気がして。



(そうだよ。覚悟をきめよ。わたしがぜーんぶ持ってってあげるから)



倒れた人。

高い声をあげて叫んだ人。

宿屋で襲ってきた人。

踏みつけた人。


ただの肉の塊じゃない。其々に命がちゃんと宿っていて。そしてわたしが奪ったもの。赤が舞ったんじゃない。あれは血飛沫で。赤い水溜りじゃない。あれは血だまりで。こびりついたそれは、人間の血で。倒れたそれは、殺した人間だったの。



(じゃあ、ばいばい!)


わたしが、告げる。明るい声で日本の道徳に縛られた彼女は、わたしが負った罪を背負って握った拳が入っちゃいそうなくらい大きな口を開けて笑って手を振ったから。


いい加減、別れの言葉を告げようと思った。



(うん、さようなら)






告げた言葉に、すぅっと心の何処かのさざ波がひいていくくせに、その冷たさと相反するように瞼がどうしても熱を帯びて。こみあげるものが、抑えられない。みせる必要もないと思っていた大事にしまっていた箱を開く。怖さはなかった。



(窃盗、傷害、誘拐、殺人、全ての罪を彼女が持っていたから。あとは受け止めるだけ)


箱から飛び出てきたのは、持て余すくらいのたくさんの感情で。ぐちゃぐちゃに混ざり合って絡み合って解けるまでまだ時間はかかるだろう。



(それでも、いいよって、いってくれるかな。言ってくれたら、いいな)


こみ上げる思いと、受け止めきれない感情の濁流。それに少しの記憶の欠片に頬を涙がつたったのが分かった。泣いている。ぶちまけた絵の具が、あるべき場所へ還るように。水面に映った世界を見ていたかのように濁った瞳のキャンパスは、酷くはっきりと世界を映し出して。


黒い人の問いかけに、よくわからない。わたしが常々馬鹿なように繰り返した言葉。




「みてみぬふりは、これで最後」


彼女みたいに、顎が外れそうになるくらい口を開けてかぶりつく。涙と嗚咽が零れてパンの味なんて全くわからなかったけど。素朴なそれは日本のパンと変わらなくて。


奪うばかりだったわたしは、何かを与えることはできるのだろうか。無価値だとした彼らは、わたしを許してくれるだろうか。知りたいと思った。向き合おうと思った。彼らと。


迸る激流に身体を震わせたわたしの横で、涙をこぼしながらパンにかぶりつくわたしに桃の人は慌てていたけれど、わたしはあの赤子のように泣いた。


そう、そうなの。結局わたしにはどうしても、テラ・メエリアで育まれる命を否定しきることはできなくて。拒絶した世界の中でも、わたしを視て心を砕いてくれる人たちまでも、拒絶するのは酷く難しくて。



組み込まれもしなかったわたし。絶望を味わった。だけど、それがなんだというのだろう。だって思い出しなよ、認識もされてなかったわたしにちゃんと手、差し伸べてくれたじゃん。


なんて小さなことに下を向いてばかりいたんだろう。顔を上げてちゃんと生きようとしていたなら。わたしは獨りだったけれど、一人でもあったことに早く気づけたのに。獨りに拘ったのは、他でもないわたしだ。最低なひとりぼっち。汚いわたし。きっと気づかれていた。わたしも気づいていた。だけど、もう。最後だ。


「わすれたふりも、これで最後」



パンを、喉の奥に押し込めるようにして飲み込んで。わたしは空いた両手を空へと伸ばした。テラ・メエリア。日本と変わらないように見えるくせ、日本がない世界の空。


この空がわたしの世界に繋がってるわけじゃないのは知ってたよ。



(だけどね、テラ・メエリア)




もう、わたしさ「さようなら」をしたんだ。


日本人であることを免罪符にこの世界とは関係ないと拒絶し、生きている人々に顔を背け、存在を無視して。現実に向き合おうとしてなかった、生きてるふりしかしなかったわたしに。



だから、あなたがなにをしようと関係ない。わたしは、生きる。人形としてじゃない、大事なものを抱えて両足で立つ。踏む大地は異なるけれど、わたしは此処で生きるよ。



「だから、……」





(ハローハロー、わたしの声は聞こえますか)




それは前の世界との決別の言葉。それと同時に生まれ変わるための力。始まりの鐘を打ち鳴らす。



すう、と吸い込んだ空気はひどく清々しさを帯びていて。





「あなたがわたしを拒絶するならわたしはそれすら愛そう!」





テラ・メエリアの沈む夕日を見上げて。空に登りかけた満月を見上げて。今にでも彼らの元へと駆け出しそうになる足を止めて。


(とどけ)





世界に響くようなそんな産声を、あげたのだ。




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