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星屑の街  作者: fuki
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存在認識され辛いトラベラー女の話15

生まれたばかりの小さな命。小さな白いレースをあしらった揺り籠の中、ぱちりとそれはふいに瞳を開いて。愛らしいそれは、わたしよりも弱い命。


溢れんばかりの愛を注がれて慈しまれるべき小さな命。桜桃のの色をした唇がふにゃりとわらって、柔らかそうな紅葉の掌が、伸ばされる。ミルクの甘い匂い。



『嫌、です。』


聞こえるはずのないそれを呟く。伸ばされた掌が、二つになって。「うー、あーう」むずかるそれを、抱きしめようと腕を伸ばして触れる。


「…いや、です」


この世界に生まれてきた、命。数え切れないほどの眩い未来がある命。まだ現場を把握できてない、わたしたちの存在を記憶することすらない、そんな弱きもの。そんなものから、奪う必要なんて、ないじゃないか。



「いやだ、やだよ…」


わたしの震える拒絶の声。届けと思った。か細い声に乗せたわたしの想いが。縋りたいと思った。わたしに向けられることはないこの世界の優しさがこの小さな命に向けられることに。祈った。それなのに。







「例外は、なしだぜ?」


嗤った赤い人に。わたしが。


「それとも、てめえが此処で終いになるか?」


嗤った赤い人に。わたしが。




その柔らかな首をこの手でくびるのだ。



ごめんなさい。ごめんなさい。泣いて手に力を込めた。一度は抱きしめようと、していたその腕で。わたしに伸ばされたその小さな丸いモミジみたいな手を払って。


思った以上に柔らかくも脆いそれから手を離して誰もわたしを認識できない世界で独り叫んだのだ。



(こんな世界なんて滅んでしまえ!)



と。






わたしは、この世界に存在するものを否定し肉の塊として扱った。茶色の鞄を床に置いて屈む桃の人。開けた鞄から黒いエプロンを取り出して。



「偶々買い物してたらこの人が急に倒れたって聞いて。なんか親戚訪ねに来てたらしいんだけど、会う前に破水したみたいなの」


桃の人は言った。



「のりかかった船よねー。知った医者もいないみたいだし、急遽わたしがとりあげることにしたのよ。指示は出すし、あとで同僚もくるからそれまでお願い、ね?」



振り返らずに言った。



「元気な赤ちゃん、産ませるわよ!」



凛とした意思のこもったその声に、甦るのはあの日のやわらかな感触。






(赤子の首を絞めたこの手で、命を汲みあげろと言うのか)




✳︎



お湯を絶えず沸かして、タオルを渡す。パブの前に倒れていた女の人に二階を提供してくれたらしい女将がそわそわと動き回るのを横目にわたしは絶えず一階と二階を繋ぐ階段を桶を担いで上り下りして薪や新しいお湯と冷えた水を入れ替える。


どれくらいの時が経ったのかは分からないけれど、傾く日差しにもうだいぶ時間が過ぎたのだと流れを感じる。



新たなお湯を張った桶を持って行くたび女の人の呻き声が耳をつく。堪え難い痛みと苦痛を味わっているのだろうけど、ふと、その呻く声に懐かしさを覚えた。のたうつ声が懐かしいだなんて。



(かるわたしとうみだすおんなのひと)


跨ぎたくない、部屋との境界線の前で立ち止まって。背を向けるのだ。










キッチンに顔を出すと、途端、劈くような声が二階から響いた。あまりに急のことでぎょろりと目を見開いて思わず天井を見上げると、箒を片手に床を履いていた女将がにかりと笑った。



ああ、うまれたのだと、漠然と思った。







わたしがいないとき、うまれてよかったね



(慈しみに満ちた、その空間で産み落とされて)




喉が乾く。女将は手を止めたわたしに首を傾げたが動く気配をみせないわたしから桶を取り上げ二階へと続く階段をのぼっていく。その後ろ姿を、追いかける権利は、ない。その和の中に入ることすら。


ぎしぎしと木の板を踏みしめる音がする。その板の上から穏やかで明るいおと。慈愛のおと。だから隅にぽつんと放り出されていた木の椅子に座ってわたしはひっそりと息をしてせめてもと、耳を澄ませた。


汚れた異物のわたしは、祝福を受けた赤子の近くにいない方がきっと輝かんばかりの未来を手に入れれるだろう。罪ばかりの、わたしと。無垢な、あかご。


別に構わないと思った。その場にいなくても。生きてる世界が違うわたしには。



(それなのに、どうして)







おりてきた桃の人に腕を掴まれて連れて来られたのは、二階の部屋。




そこには、さっきまでいなかった気配が一つ増えて。見下ろすとしわくちゃな顔をして眠る小さきもの。それは、日本の乳児と全く変わらない姿で。さっきまで唸っていた女の人が汗でべとつく髪をそのままに微笑んで。



「助けてくれてありがとうございました」





言った。








わたしは、なんの反応もできなかった。



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