存在認識され辛いトラベラー女の話6
面白えもんが転がってらァ
世界から追い出されたわたしを拾った赤い人は言った。弧を描いた赤い唇に嘲笑を浮かべて。
思い出した。
だから、わたしは外が怖いのだと。
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気づきゃァしねえよ。
泣いたわたしを嗤った。
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黒い人に言われた。
また今度です。
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ベッドから出ることもせず寝転がったまま天井を眺めていると白い人が部屋へ来た。
赤い人は言った。
外は、てめえを殺すかもなァ
すっと手が伸ばされて、綺麗な指をじっと見る。白い人へと眼を向けた。
白い人はわたしを見ていた。そう、目線が交わってるようにみえるのだけど。
わたしは「視て」るのに。
ここに、「いる」
そう、言葉に出したのに。
世界からここへ捨てられたにも拘らず、誰からも気づかれず、誰へも声は届くことはなく。
パンを盗み、酒を盗み、金を盗み、虫を殺し、魚を殺し、鳥を殺し、あげく人を殺した、わたしは。
捨てられた世界に戻ることも、この世界の一つになることも許されないのなら。
わたしは、どこへ行けばよかったの
ばたんと、扉が閉められて。窓の無い部屋にまた一人。
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黒い人がきた。
ベッドに沈むわたしに触れて。部屋からわたしをつれだした。白い人が庭にいた。腕を取られて怒られた。
お前さっき探しに行ったとき実は部屋にいたんだろ!仕事かと思ってカウンターに聞いたら違うっていうし結局あれか、あれなのか。無視か?無視なのか!また反抗期に逆戻りかコラ、このバカガキ可愛くねえな!
怒涛の勢いで噛み付いてくる白い人に呆気とした。
でも、わたしは言った。「いる」って。わたしは、ちゃんと「視て」いたのに。
黙りを貫くわたしを、白い人は睨みつけていたけれどわたしが何かを思っていたのに気づいたのだろう。ぎゅう、と腕を掴む力が強くなる。瞳に浮かぶのは、鋭い光。目を逸らした。
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思い出す。
連れられた街の中、たくさんの人間がいたのに。
誰一人わたしに気づくことはなかったことを。
ふわりと風に乗って漂うパンのにおいを。
紐にくくりつけられたわたしを引っ張り寄せて赤い人が言った。にやりと弧を描いた口元から犬歯が覗く。
とってこい。
道徳觀念。人のものはとってはいけません。耳にタコができるくらい繰り返し覚えさせられたもの。嫌だと首を横に振ったら、二人を繋ぐ唯一の紐がだらりと垂れた。赤い人の瞳の光が鈍って。つまンねェ。一言。去って行くその姿に、
節くれだった指から呆気なく零れた紐の軌跡に、近づいた世界が、一歩遠のいた。
この世界で初めて繋がれた関係は、ひどく脆いものなのだと知った。
赤い人の背中が人混みを割って遠くなった。急いで駆け寄ろうとしたけど人混みに阻まれて手が届かない。
「いかないで!」
誰も振り返ることはしなくて、声も届かない。ぶつかった人はわたしをちらりとみてそのまま流れて行った。
どうしようどうしようどうしよう。
途方に暮れた。
パン屋の前に引き返した小道の角で見つけた赤い人。
精々頑張って、俺の気ィをひいとくんだな。じゃねえとまた捨てんぞ
掴んだ腕を見下ろしてそういった赤い人。それは、生きる術もないわたしが、世界ですら無視をする敵だらけのここで、独り生きていかねばならないということで。
イイ子だ
盗んだパンを差し出したわたしの頭を赤い人はニヤリと嗤って撫でた。
ああ、気が狂いそう。
そう思ったわたしに、罪を犯したと向こうの世界のわたしが、泣いた。
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悲しいって、名前は覚えてるけど、どういう感情だったの思い出せないの。