存在認識され辛いトラベラー女の話3
白い人に近づくと、ふいに宙に白い指が伸ばされたからそれに触れるように手を伸ばしたけれど。伸ばした指先が赤くて。汚い。ローブで拭ってからその手に触れた。
充分だ。戻るぞ。
こくんと頷いて。
吹き抜けの廊下にある中庭にはなが咲いていた。
その日は、珍しく黒い人が大門扉で出迎えた。ちらりと、わたしを「視た」から、その黒い瞳のなかにぼんやりと汚い赤と黒が混ざった。
臭いです。
黒い人が唐突に言った。
煩いボケが。
白い人が口の端を歪めて肩をまわした。空気の揺れが耳骨を鳴らす。ぼきり。
「 」
「 」
なにか吐き捨てると悔しそうに歯を食いしばる白い人を押しのけて黒い人がわたしのそばに歩み寄る。かつん、と石畳を蹴る音がした。
ふわりと風が舞って。頬に手のひら。
外は、どうでしたか。
俯くと分かっていたのだろうか、少し屈んで覗き込んできた黒い人。わたしが外へ行った日は、いつもいつも、同じことを彼は繰り返す。だからわたしも同じことを繰り返すのだ。
よくわからない。
だけど、はなを見た。
黒い人の頭越しに門をくぐって先へ進む白い人の背中が見えた。何を拭っているのだろう。頬をこすっていた手が一瞬止まって。
そうですか。
黒い人はそう言った。
✳︎
拾われた。そう、わたしは拾われたのだ。彼は、あっちの世界からいつのまにか追い出された、わたしを。
✳︎
知らない人が部屋に来て掃除をしていった。開けられたままの扉から、喧騒が聞こえた。
よくわからない。けれどこの声は黒い人に、白い人だ。なにを言い争っているのだろうとほんの少し、ほんの少しだけ気にはなったがすぐに頭を振って忘れることにした。
なぜなら、わたしにはわからないから。
言葉のまま。わたしには彼らが喋ってる言葉が理解できない。
✳︎
黒い人が部屋にやってきて言った。
わたしに触れて言った。
外へ行きましょう。
……。
今、花が綺麗なんです。
…はな。
ほら。見ないと勿体無いですよ。
伸ばしてきた手は、赤くなかった。
部屋を出て中庭までの道で白い人とすれ違ったけど、白い人は黒い人に短く挨拶をしたかと思うとわたしの横を通って奥へと消えていった。
ぶつかるだろうと横へと先にズレていたわたしを黒い人は何か言いたそうにしていたけど、手を引いて歩くことで止めたらしい。離れていた手が、繋がれる。
最近手入れをし始めたんです。ここは、寂しいから。
ふうん。
雑草だらけの、亂雑な庭へと繋がる階段に座って視線を前へ向ける。緑の中に他の色がある。蜜柑色のはな。
よいしょ。
汚れるだろうにゆるりとそのまま座り込んだ黒い人が四角の布をひいてその上に座るように言ったから、座った。なにも言わない黒い人。だからわたしもぼうっと庭を眺めた。
絡み合う蔓の隙間をぬって光が漏れている。ゆらゆらとそれは時折形を変えて影をかたどった。黒い人が口を開いた。
どうでしょう。
よくわからない。
綺麗ですか。
はな、が見える。
そうですか。
うん。
黒い人はずっとわたしの横で庭を眺めた。
ふと、じりじりと皮膚が痛みを覚えた。ちくちくする。けれどわたしは言わない。
空から降り注ぐものがわたしの肌を焼いているのだろう。だけど、言えない。痛いなんて言ったら、来ちゃうから。わたしを喰らった赤い人が。
暮てきましたし、戻りましょう。
空の色がおかしくなったその現象を暮れ、と言うのだろう。黒い人は立ち上がって言った。
外は、怖くない。
そうだとおもった。だけど、そうじゃない。外も中も同じくらい怖いだけなのだ。