存在認識され辛いトラベラー女の話2
世界は優しくて温かくて「幸せ」ってのに溢れてるんです。
よくわからない。
そっけなく呟くと黒い人は眉根を寄せた。こんこん、と扉を叩く音がして黒い人はただ黙ってわたしの頭をそっと撫でた。
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音も出さずに人が倒れた。
わあっとざわつく音が出た。
行くぞ。腕を掴んでそういわれたから、わたしは黙って頷いた。温度は、なかった。
外は、どうでしたか
狭い廊下ですれ違った黒い人にそう聞かれた。
よくわからない。
黒い人は黙って横を通って行った。
✳︎
窓のない部屋で生きてる。
外を見たいと思うこともあるけれど、あの怖い世界を見るのも嫌で。この小さな部屋でわたしは生きるのだ。じっと毛布にくるまって、逃げるように瞳を閉じた。
外は、怖くない。
黒い人はそう言っていたけれど。
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こん、と扉を叩いて黒い人が入ってきた。
のそりとベッドから体を起こすとマグカップを渡されて、ふわりと甘い匂いと共に掌がじんわりと温まった。黒い人が話しかけてくる。面白くもなんともないのに。
今日はいい天気です。
ふうん。
昨日、花が咲きました。これです。飾っておきますね。
…はな。
はい。花です。今度見に行きましょう。
ふうん。
美味しいですか?
マグカップから立ち上る湯気から漏れるのは確かに甘い香りだけだけど。舌にはほんのりとした甘みと鉄の味がこびりついていて。
よくわからない。
小首を傾げていた黒い人は、そうですか。と繋いだ手に視線を下ろして、しゃがみこんだ。わたしの視線より少し下。見下ろすわたしに見上げる黒い人。
なんとなく何を言うか分かった。
忘れてしまったんですね。
黒い人はよくこの言葉を言う。
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その日は白い人が来た。
白い人は、鋭い目を更に鋭くさせてついて来い、といった。
たくさんの人がいた。色んな匂いがしたけどひとふりを繰り返すたび鉄の臭いに混じってよくわからなくなった。
先を見ると白い人が赤くなっていてもっと先へ進むからわたしも後を追って一歩踏み出した。
何か、柔らかいものを踏んだと同時に心の奥の何処かの蓋が緩んで、どろりどろり。
そのまま理性に喰わせた。