本質
どうもお久しぶりです! 新作書き始めましたので、そちらもどうぞよろしくお願いします!
施設を出ると綾が屋根から飛び降りてきた。何もなかったかのように装って、普段通りに笑っている。
「綾」
不意に、綾が何を考えているかすべてを知りたいと感じた。浅ましく、強烈なまでに。
風に吹かれてはためくフードがゆっくりとこちらを向いた。
「何?」
「お前……繋がりを得たいとは、思わないのか」
明るくおちゃらけた性格のくせに、こいつは最初会った時から一人だった。―――それは、今もなお。いったい何があったのだろう。
自ら繋がりを得ようとするわけでもない。孤独を進んで選んでいるのだ。
だからこそ、知りたい。
「なんで、知りたいわけ?」
「別に……お前のことを、多く理解しておきたいと思っただけだ」
「ふーん?」
綾の目が眇められる。鋭く、射貫くような眼差しだ。
深く底光りした目に見つめられ、思わず怯む。
フフッ。
綾の軽やかな笑い声が耳朶を揺らした。フードから覗く唇が僅かにめくれる。
年に合わぬ、酷く大人びた笑みだった。
嫌いだと思った。
何もかもを見通したような、射すような目も、大人びた笑みも。すべて、自分の知らない顔は嫌いだ。
「傲慢だね、志紀。まるで、すべてが手に入ると思い込んだ王子様だ」
「……は?」
俺の怪訝な顔に綾がまた唇だけをめくって笑う。
「考えてることが、知りたいって?」
無言で肯定の意を示すと、綾がふと笑みを消した。
「無理だよ。知ることは容易いけど」
綾はいつの間にか目の前に立っていた。
知らず、唇を噛んでいた。
俺は何も知らない。
飢餓の恐ろしさも、人間の愚かさも、脆さも知っている。これは、今までずっと、最も傍らにあったものだ。
でも、中身はどうだ。人間の中身など、知らない。
上の層に全てを等しいと考えている者がいるだなんて、知らなかった。想像すらつかなかった。―――無知故に。
どうせ全て同じだと、知ろうともせずにいたじゃないか。
強く指を握り込む。
ふと、綾の手のひらが俺の頬を包んだ。
「志紀は、馬鹿じゃないんだな」
柔らかい声音に綾を見ると、同じような柔らかな目で俺を見つめていた。
「え?」
「自分の間違いに気づくのが早いし、認めることもできる。そういうところは大好きだよ」
いつも通りに笑って、綾は俺の肩に腕を回す。
気を抜いていたため、思わずよろめいた。
「何す……」
「よっし帰ろう! 今日の当番は志紀だよ!」
「わかってる」
俺の返事に綾が汗を浮かべる。
「なんだろ、そのやけに自信満々な返事。なっ、なんか心配だなぁ」
「大丈夫だ。ちゃんとやれる」
調理なんて、まず材料がなかったから最下層ではしたことなかったが、レシピなるものがあるから少しはやれる。それに、不味かろうが臭かろうが、何にせよ、腹に入れば同じだ。
俺の考えが想像できたのか、綾が顔をしかめる。
「うわっ、絶対無理。無理無理無理」
「できる」
「嘘だ、不可能だね!」
腕を外して俺から離れるとニヤリと笑った。
「仕方ないから手伝ってあげるよ。食えるものが食べたいからね」
機嫌良さげに歩き出した綾の背を見る。
一つ知ったことがある。
綾は、ただ明るいだけじゃない。その裏に、黒光りする猛々しさを併せ持っている。
笑顔に、騙されるな。
隠し持っているものを、よく見分けなければならない。
凪いだ風が二人の間を吹き抜けていった。
次話から新章!