越えない一線
今回は早めに更新できたのではないかなと!
「志紀」
呼ばれて伏せていた視線を上げると、綾が大量の荷物を抱えて立っていた。
「ほら、買ってきた。俺は五万分の衣類とか、救急セットとか買っといたから。二人で十万分だから結構あるよ」
米の袋を持ち直しながら綾が話す。
俺は米と他の袋を綾から奪った。
「わっ、何」
「そっち持て」
「おぉ助かるよ。正直手が痛くなってたんだよね」
荷物を肩に担いで歩くと綾が鼻歌を歌いながら後ろをついてきた。
門につくと衛兵に声をかける。
「開けろ」
ムッとした顔で衛兵が門の鍵を外す。
懐かしい腐臭が鼻をついた。
「うわー久々。相変わらずだねぇ」
綾が楽しげに言って歩き出す。
しばらく歩いて、久しぶりに見た施設の前で立ち止まった。
戸を開けるのを躊躇ったのは、誰か死んでいないかと、急にそんな思いが沸き上がってきたからだ。
「志紀?」
訝しげに綾が眉をひそめる。
俺は束の間目を閉じて―――戸を開けた。
「…………志紀?」
一人の男の子が俺を見てポッカリと口を開ける。
「志紀なの!?」
「志紀だって!?」
奥から、ぞろぞろと子供が出てくる。
「志紀ーーーー!」
荷物を下ろして走ってきた子供達を受け止めた。
「おかえりー!」
「ただいま」
続いてじいさんがヒョッコリ出てきた。
「おぉ、帰ってきたのか」
「あぁ」
「綾さんも。おかえり」
綾が数回瞬いて、フッと笑う。困ったような笑みだ。
「どうも、ご老人」
最後に和貴が出てきた。側まで来て、戸惑ったように俺を見上げる。
俺は、和貴の葛藤がわかって、それを慰めようと頭に手を載せぎこちなく笑った。
一度は納得したことでも、後から考えてまた悩むこともあるだろう。
「…………ただいま」
和貴も笑い返してきた。
「おかえり」
「これ、持ってきたから」
和貴に荷物を差し出す。
「ありがと」
「……綾?」
こっそり出ていこうとしていた綾の後ろ襟を掴む。
「うわっ」
「どこへ行くつもりだ」
「だって僕ちんお邪魔でしょ。君とはただの背主って関係だし。君、正妻ちゃんと愛してるじゃん? 愛人なんかいらないでしょ?」
綾がおどけたように唇を尖らせた。
「正妻?」
「そう、和貴」
綾が顎をしゃくって和貴を指し示す。
「俺?」
「そう。愛人、いらないよね? なら、いない方がいいよね? どろどろの恋愛関係、俺やだもん」
「恋……」
またいつものからかいかと気づいてうんざりして、溜め息を吐きそうになる。
「ハハハハハ! 面白い子だね、君は」
じいさんが大笑いした。
「大丈夫だよ、ここにいなさい」
「……悪いけど、ここは性に合わない」
綾は嘘っぽい顔で笑うと、俺の手を払って外に出ていった。
「……おかしな子だな……」
じいさんがその後ろ姿を見送りながら呆気に取られたように呟く。
「まあな。和貴」
「ん?」
「これ、全部食うなよ。少し貯蓄しとけ」
「わかった」
「志紀ー遊ぼう」
再び子供達が群がってくる。それを受け止めて、綾が出ていった戸の方を見た。
俺は綾との一線を越えないし、越えられない。和貴達と同じぐらい大切なものを側に置いて、あそこにいることはできない。いざという時、見捨てられるやつでないといけないのだ。
それを、綾はわかっているのだろう。深く関わらないように、関係を持つまいとしているのがわかった。
「志紀?」
呼ばれて和貴を見ると、訝しげに俺を見上げていた。
「……なんでもない」
頭を軽く叩いた。
次回、犬猿(?)の二人!