鼓舞、そして収束
今回は早めに更新してやりましたよ!
………はい、本来ならこれが当然です。
すみません!
騒ぎ始めた男達を横目で見ていると綾が俺の前に回り込んだ。
「どうしました?」
「目、見せて、志紀。なんともなってないか見るから」
「……心配せずとも平気ですよ」
「ほっといたら大変なことになるかもよ」
破傷風とか? と楽しげに綾が笑う。
「…………」
俺の言ったことじゃないかよ。
こっそり睨むと舌を出した。
ここが家で誰もいなかったら思いっきり頬をつねってやるのに。
目に当てていた手をどけると綾が俺の目を手で覆った。
一瞬視界が暗くなる。
「うん、瞳孔運動問題なし。見えてるんだろ?」
「……あぁ」
「おいちょっと、宮廷語の練習、付き合ってくれよ!」
「はいはい」
綾が男に呼ばれて駆けていったのを見送り、小さく溜め息を吐いてから立ち上がる。
「で、ここは―――」
「……なあー」
練習の様子を見ていた男が少し経った頃に口を開いた。
「んー?」
綾が返事を返す。
「お前らってなんでここにいんの?」
「―――へ?」
思わず、といった風に綾が男をまじまじと見つめた。
「だって要領悪い訳じゃないじゃん。むしろ、いい。宮廷語も跪拝もできるしさ」
思わず言葉に詰まる。
まさか疑問を抱くとは思いもしなかった。
「俺、ずっと思ってたんだけど……」
いつの間にか周りが静まっていた。全員が耳を傾けている。
ということは、今俺達が話している内容に興味津々ということか。
まずい。ここでバレたら。
「御史台か?」
一瞬、沈黙する。
疑問を持たれてはしまったが、間違えてくれてよかった。
御史台は御史台で問題だが、言い当てられずにすんだのでよしとする。というか、普通ならこういうところに来るのは吏部の奴だろう。そんなこともわからないのか。覆面官吏って意外と知られていないのか? それとも、冗官なんか調べるはずがないと思っているのか。
「いや、………」
言いかけた綾の背を小さく叩く。
違うと言うのは容易い。だが、これは使える。
「どうでしょうか。気になりますか?」
わざと答えずに薄く笑って挑発する。
ピクリと男の眉が動いた。
「別に……」
「気にならない? 嘘つきだ、貴方は。本当は、知りたいでしょう」
毛を逆立てるような口調で話す。
「知りたければ調べればいい。聞けば答えが返ってくると思ったら大間違いだ。あぁ、けれど知るためには官吏でいなくてはいけませんね」
全員を見渡して唇を歪めた。
さぁ、のってこい。
「私は、ここに。せいぜい励みなさい」
ピシリと空気が割れた。罵言が広まる。
俺達をなんだと思ってる。バカにしてるのか。
「ならば見返してみろ!」
男の胸を強く拳で叩く。
「それぐらいの度胸はあるだろう!」
一歩、男がよろめいた。
その目に、渦巻くものを見つける。
何かをやり遂げる力。
それには怒りと誇りがない交ぜになったものが一番の爆薬となる。
「やってやろうじゃねえか」
部屋の中にいた男全員が闘志を剥き出しにしていた。
それから日は過ぎ、立て札の期限が終わる頃には、全員が冗官服を脱いでいた。
「おめでとうございます」
手を叩く。
「いやー意外と俺らって出来る奴だったのな!」
「そんなわけないでしょう。ほとんど粘り勝ちみたいなものだったじゃないですか」
ほとんどのまとわりつかれていた官吏は最後、揃って泣き叫ぶようにこう言ったのだ。
『わかったから、もうやめてくれ!』
「きっと、これから先が一番大変だよ。必死にやらないと、まーた白服を身に纏うことになる」
綾がニヤニヤしながら答える。
「わかってるよ」
いいじゃねえかと男が口を尖らせる。
「お前らは? 決まったんだろうな」
恐る恐るというように男が聞いた。
最後の方が小さすぎて聞き取りづらかった。
「えぇ。なんとか」
「綾もか」
「もっちろーん」
男の目が煌めく。
「どこだ?」
周りも耳を澄ませているのがわかった。
思わず噴き出しそうになる。体の奥から笑いが突き上げてきた。
そこまで、マジになることかよ。どこまで根に持ってんだ、こいつら。
「なんだよ」
「ハハッ、最高。ハハハハッ、ほんと最高」
男の顔が赤くなる。
「な、なんだよ!」
「すみ、すみませ……っ」
ひとしきり笑ってから男を見ると憮然とした顔をしていた。
「教えません」
「は!? ここまできてそりゃねえだろ!」
「知りたければ官吏でいろと言いましたよ。官吏になれば教えてやるとは言っていないので」
首を傾げてそう返す。
「う…っ」
綾がクスリと笑った。
「まー見つけてみなよ。俺と、志紀をさ」
白服を翻して部屋を出た。
次回、おっさんズ登場!