殿試
台風、すごいですね。皆さん大丈夫ですかー?外出の際はお気をつけて!
その3日後、殿試が行われた。
殿試は口頭試問で、朝議(会議)の間にて皇帝が行う。
「───では次、加瀬 綾」
「はい」
綾は名字を、まだ両親が生きていた頃のを名乗ることにしたらしい。
だけど俺は両親の顔も名前も知らないので、適当に作った。
流れは跪拝し、皇帝が質問を出してきたら回答。そうでなければ軽い会話からの口頭試問。
「よろしい。下がれ」
その言葉になんとなく下げていた目線を上げる。
大勢の前で口頭試問を特に緊張するでもなく終わらせた綾は、変わらず悠々とした足取りで受験者席に帰ってきていた。
俺の視線に気付いた綾がニヤリと口を歪め片目を瞑る。
バッチリだと言いたいらしい。
小さく頷いてみせる。
「次、真壁 志紀」
「───はい」
立ち上がって最高礼の跪拝をする。
「面を上げよ」
顔を上げると下手をすれば国王よりも豪華な椅子に″皇帝″が座っていた。
官吏は、官吏である証拠に、それぞれの所属する三省六部の色の石がついた白銀の鍵型のチャームを胸につける。しかし皇帝は、他の官吏とは形が異なる。
───黄金の鍵型のチャームに王冠が絡ませてあるのだ。
皇帝の、証。
知らずにドクリと心臓が音をたてた。
その皇帝の後ろに会試の時の試験官が立っている。
いくつか会試と同じような質問をされた後、ふと試験官が身じろいだ。
目だけを動かして見ると向こうもこちらを見返してきた。
微かに笑っているように見える。
眉を顰めて睨み返すと皇帝が咳払いをした。
「そなたは会試の最終問題、なかなか興味深い回答を書いていたな。あれの意味とは?」
視線を戻して皇帝を見上げる。
「────畏れながら申し上げます。あれは言葉そのままでございます。他に意味などごさいません」
周りが騒然となった。
皇帝が手を上げてそれを制す。静かになったのを見計らってから皇帝は俺の目を見つめた。
逸らすことなく、しばらく見つめ合う。
「……ではそなたが望むのは何か」
「…そうですね。たった1つ、あります。が、陛下のお耳に入れるほどのものではありません」
俺が欲しいのはたった1つ。
────お前の座る、その王座。
「…そうか」
皇帝が試験官に合図をする。
「では次───」
「志紀、君、なんて答えたわけ?会試で」
「別に」
「気になるよ!!もしかしたらそれで落ちるかもよ?」
合格発表の間へ歩いている廊下の途中で綾が噛みつくような勢いで問うてきた。
ピタリと止まって綾の顔の高さまで屈む。
「な…何」
「科挙は一応実力主義だ。んなわけあるかよ」
「わかんないじゃん。俺、君に落ちられたら困るんだよ」
フードから見える口が尖る。
「言えよ、志紀」
手を伸ばして頬を抓った。ビクッと綾が跳ねる。
「うわっ…」
「内緒」
手を離して歩き出す。
綾は後ろからぶつぶつ文句を言いながら付いて来た。
合格発表の間には大きな紙が張り出されていた。
一番成績がいいのが状元、次が榜眼、その次が探花と呼ばれる。
肩を落として出て行く者や嬉しそうに笑って話している者もいる。その中でどよめきが広がった。
「嘘だろ…」
「マジかよ…」
そういう声がちらほらと聞こえる。
綾と顔を見合わせて人だかりの中を進むと俺達の顔を見るなり道ができた。
誰もが驚愕した顔で俺達を見ている。
眉を顰めると綾が俺の後ろから顔を出した。
「何事?まさか宮中内で襲われるわけ?」
「…おそらく、違う」
さらに進んで紙を見て自分達の名を探す。
『状元 真壁 志紀』
状元───。
なるほど、それでか。
『榜眼 加瀬 綾』
思わず目を丸くした。
俺にはじいさんがいたがこいつはおそらく独学。
そのこいつが榜眼とは───。
「あらら、負けちゃったか。ちょっと自信あったのに。まぁ、仕方ないね」
ニヤリと綾が笑う。
後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「お前らカンニングしたんだろう!!最下層で勉強できるわけがない!!」
集団の中の1人が血相を変えてそう怒鳴っていた。
「そう思ってるのはあんた達だけだよ」
綾が冷ややかにそう言った。
「行くぞ」
綾の手を掴んで部屋の外に出た。
次は吏部試!