会試
日が…空きましたね…
────数週間後、官吏になるための試験の一つ、会試が行われた。
不正防止のためにあらかじめ用意された衣服を着る。
自分の持参品はすべて別室のロッカーに入れた。
会場に持って行けるのは己の身一つ。筆記用具や時計の何もかもが用意されているのだ。
綾はフードがないから顔を隠せない、と唇を尖らせていた。
会場に入ると既に大勢の受験者が入っていてざわついていた。
「今年は最下層からの受験者がいるらしい」
「なんと生意気な」
そういった言葉が飛び交う中を自分の机に向かって歩いていくと不意に誰かに肩を掴まれた。
振り返ると見知らぬ男がニヤニヤと卑しい顔で笑っていた。
「何か」
「見ない顔だな。どこの家の者だ?」
「……生憎、貴族じゃない」
さらに卑しく男が笑う。その後ろにいる背主らしき男もニヤニヤと笑っていた。
ただの格差差別か。
舌打ちをして手を払うと男が俺を指差した。
「お前とその隣の奴、もう一度持ち物検査をしてこい」
「は?」
綾が鋭く睨む。これほどとないまでに冷ややかさを帯びている。
それに気づかないのか男はふんと鼻を鳴らした。
「どうせ平民でも下の方なんだろう」
「……そうだとして、それが、どうかしたか」
「どんな性格をしているかわかったもんじゃない。賎しい身の上では何をしてはいけないかなど理解できないだろう。カンニングをされてはたまらないからな」
ピクリと眉を動かす。
「はぁ?」
呆れたように綾が溜め息を吐いた。
「ねぇ、ちょっと、こいつバカなんじゃないの」
バカだ。この場でそんなことを言うなんて本物のバカしかいない。
「何?」
男が怒りを隠そうともせずに声を荒げる。
「あんた、バカか。今は学舎の試験じゃない。科挙の中の会試なんだ。衣服まで配布されて、机と机の間には分厚い板が打ちつけられているのに、どうやってカンニングするんだよ。礼部をバカにしてる」
男がハッとしたように青ざめる。
綾が酷薄な笑みを浮かべた。
「あっれーお兄さん、それじゃあ朝廷を無能扱いしてるんだ?」
「違う!」
「いやぁバカにしてるね。すごいね、俺にはそんな勇気ないよ」
下から覗き込むようにして綾が男を見上げる。
ゾッとするほど、感情のこもっていない目に目が釘付けになる。
「ぼっ、僕を脅すつもりか!?僕は貴族だぞ!!」
「はいはい。お偉い、お偉い、考えなしな貴族のご子息様。これからは口に要注意ですよ」
男の顔が紅潮した。
「なっ───」
「何をしている」
入り口で声がしてそちらに目をやる。
官吏服を着た男がこちらを見て立っていた。
試験官か…。
「な、なんでもありません!!」
試験官に向かって男がすごい勢いで頭を下げる。
「早く席に着きなさい。試験を始める」
「はいっ」
しばらく試験官を見ているとそれに気づいて俺を見た。一瞬興味深そうに眉を跳ね上げる。
「何をしてる。君も席に着きなさい」
「…………はい」
席に着くと問題用紙が配られた。
「始めっ!!」
ずらずらと並んでいる問題を解いていく。最後の問題で手を止めた。
────最終問題 何故官吏になりたいのか理由を答えなさい。
本当の理由を書いたら、真っ先に落とされて、最悪殺されるな。
溜め息を吐いたペンを置く。
でも、適当にでっち上げるのは癪に障る。
だいたいこんな風に差別があるのがおかしい。最下層出身ってだけで落とされるかもしれない。
奥歯を噛み締める。
ふと顔を上げると試験官と目があった。
何故かずっと見られていることに少し前から気付いていた。
こいつもどうせ最下層だからと見下しているのだろう。
心の中で舌打ちをしてペンを取る。
ならば、対抗してやろう。
解答用紙にペンを走らせた。
次は、殿試!