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バレンタイン 2日目──

作者: カオス饅頭
掲載日:2026/02/14

 彼の名は【新木 宗介(あらきそうすけ)】。

 何処にでも居る男子高校生だ。


 女子には親しみを込めて「アッくん」と呼んでほしいと主張しているが、何時も「新木」と呼ばれているモテない男だった。

 容姿は普通だし人付き合いも悪くないが、頭が悪いと専らの評判である。

 彼は息切れを起こし、ボロボロの詰襟服を来て何かに追われているかのように周囲を見回す。

 何処を見ても、チョコレートの様に甘い雰囲気のカップルばかりだ。


「くそっ、どうしてだ!

どうしてバレンタインが『終わらない』んだ!」


 バレンタインデー。

 この日は女子達が日頃の感謝を伝えるべく、日頃の感謝を伝える日。

 そして企業の商業的戦略の影響を受けた結果、どれだけモテているかが数値化されている、モテない男達にとって忌むべき日でもあった。

 早く終われと、世界の破壊者にでもなりたい気分になる。

 しかし、その悪夢は終わらなかったのだ。


 何故なら2月14日バレンタインに『二日目』が訪れてしまったからだ。

 終わりがリセットされるタイムリープ方式ではなく、ただ日日が進まない事に対し誰も疑問に思っていないのである。

 昨日のバレンタインで成立したカップルが本日のバレンタインデートを楽しみ、

 デパートではバレンタインフェア二日目が開催され、

 ラブコメ主人公のようにモテる男は下駄箱の中に昨日と同様大量のチョコレートが入っていて、妹や彼女と一緒に食べる作業がはじまるのだ。


 どうしてバレンタインなんてあるんだ!

 変わらぬ毎日が訪れる事に疑問を思う者は少ないかも知れないが、この日を拒むモテない男の一人として気付かざるを得なかった。

 新木は思わず叫ぶ。


「こんなの間違っている!

裏に巨大な悪が居るに違いない!

ギブミーチョコレート!」


 彼は河川敷の芝生で膝を付いて天を仰ぐ。

 通行人からは「ママー、あれ何やってるの?」「しっ、見ちゃいけません」という会話もちらほら。

 そんな新木の鼓膜を、ある声が揺らした。

 女の声だった。


「クックック……よくぞ気付いたな。

これは妾の数少ない魔法『バレンタイン・フォーエバー』によるものじゃ」

「誰だっ!」


 発言元として振り向いた先は橋の下。

 そこには金髪で白い肌の、妖精のような美少女が居た。

 彼女は古風な黒いセーラー服を着ている。

 しかも顔と反して、男らしく胡座をかいて座っていた。


 新木は疑い深く彼女を見る。

 どこかの高校の生徒だろうか。

 違うかもしれない。

 このバレンタインの日にチョコレートを持たずに、橋の下でダンボールを敷いて一人寂しく座っているなんて、青春を謳歌する女子にありえない!

 そんな偏見がモテない男の脳内を支配していたのだ。


 そんな彼を吹き飛ばすように、美少女は大きく口を開いて名乗り上げる。


「妾は……バレンタイン大魔王じゃ!」

「バレンタイン大魔王だって!?

魔女王じゃなくて魔王なのか!」

「男女平等のこの時代に古い発想を持ち込むでないわ!

最近は魔王がヒロインなんてよくあることじゃろうに。

なんなら魔王ちゃんと呼ぶが良い。

バレンタインだからってバーちゃんとか呼んだら殺す」

「只の痛い夢見がち女子じゃないのか。

魔王にしては場所が貧相過ぎるぞ」


 美少女は得意げに自身の側頭部の『ある物』を叩いた。


「角が生えているであろう」

「……なるほど、カチューシャとおもったけど本物なのか。

じゃあ仕方ないな」


 確かに自称魔王の長い金髪での下からは、二本の角が生えていた。

 ついでに眼は赤く、耳は尖って、チラリと覗く歯は鬼の様。

 なるほど、もしかしたら人外なのかも知れない。

 新木は三割ほど信じる事にした。

 自分自身の証明など根本的には出来ないのである。


 魔王は話を続ける。


「さて、妾は名前通り女からプレゼントを渡された際の男から出て来る『(おとこ)らしさ』をエネルギーとしている魔王での。

普段は魔界から漢らしさを得ているのだが、これだと漢らしさが異次元のゲートをくぐる際に減ってしまうのじゃ」

「渡す物がチョコレートである必要すらないってバレンタイン要素少なくないか?

というか漢らしさよりもっと良い物はなかったのか」

「うるさいぞ。

そういう体質じゃから仕方ないじゃろ、女々しいやつめ」

「ごめん」

「うむ、潔いのは良い事じゃ。

それで、バレンタインは一番漢らしさが放出されるので、直接得ようと魔界からこの世界に来たのだが、思っていたより得られる漢らしさが少なくてな。

そこで魔法を発動させたのだが、やはり得られる漢らしさは少ない。

この国の男児はどうしてしまったのじゃ。

髪型をリーゼントに決めて、赤褌一丁で走り回るサムライたちは何処に行ったのじゃ!」


 そんな男はどの時代にも居ない。

 それは彼女が魔界出身が故の勘違いなのだが、言いたい事は伝わっているので新木は何も言わないでおいた。


「とはいえ、集まらないって解ったのならもう良いじゃないか。

魔界に帰りなよ。

こっちは地獄のようなバレンタインが続く事でモンスターと化したい気分なんだ」


 しかし魔王は首を横に振った。


「いいや、それは出来ない。

この魔法は一定の漢らしさが必要なのじゃ。

例えば巨大な機械を止めるのは停止システムを起動させるようなものじゃて」

「はあっ!」


 それは新木にとって死刑申告にも等しい言葉だった。

 思わず魔王に掴みかかりそうになった。

 だが、そこで魔王は腰を上げて立ち上がる。

 彼女は腰に手を当て、胸を張って新木に向き合った。

 身長差から魔王がやや見上げる形となる。


「だが、大量の漢らしさを得て出来るだけ早くバレンタインを終わらせる方法はある。

妾がプレゼントを渡して、それを得た男が、とても漢らしい反応をしてくれれば良いのじゃ。

感情の対象が妾な分、そこらのカップルのやり取りよりもずっと純粋で大きな漢らしさが入って来るのじゃ。

そこでお主、やってみんか?」

「ええっ、俺!?」


 突然言われて一瞬戸惑い、そして直ぐに顔をニヤケさせた。

 こんな急展開だというのにチョコレートを貰える千載一遇のチャンスに歓喜したのだ。

 恋愛感情はまるでないが、只、証が欲しい。

 男とは馬鹿な生き物である。

 魔王は「気持ち悪いなコイツ」と思った。


「でも、なんで俺?」

「うむ。

今時そんなビリビリに破けた制服を着ているなんて男らしいと感じての。

まるで袖を破ってマッチョな腕を見せびらかした男の中の男なのじゃ。

……筋肉が少し足りんがの」

「……お、おう」


 新木は真実を隠しつつ、世間知らずに合わせる事にした。

 その真実はモテようと制服にダメージ加工をしたものだったのだから。

 お陰で痛いキャラとして定着してしまい、個性という名の服を変える訳にもいかなくなってしまった。

 思春期あるあるである。


「よしこい!」


──ドン


 そんなバツの悪い気持ちを胸に秘めつつ、左胸を叩いて精一杯の男らしさをアピールした。

 けれど魔王は堂々と期待外れな事を言う。


「プレゼントは無いぞ」

「えっ!?」

「実は、この『暗黒の衣』以外に魔界から持って来れた物がなくてな。

でなければこんな暮らしなぞしておらん」


 彼女がチラリと後ろを見れば、段ボールが敷かれた路上生活者の生活模様。

 「そのセーラー服ってそんな偉そうな名前だったんだ。というか私服だったんだ」という言葉をグッと飲み込み、なんとも言えない、なんと反応したらいいか分からない表情を浮かべて頷いた。

 魔王は漢らしく鼻息をフンと鳴らして、話を続ける。


「そういう訳でお主の家に泊り、お主に渡す為のプレゼントを製作しておこうと思う!

家族も居ると思うが、そこら辺は少し集まった漢らしさを消費して認識操作を施す。

認識操作とは、この何日も続くバレンタインに誰も違和感を持っていないのと同じ原理じゃな」

「それってつまり、一つ屋根の下で同棲せいか……!!」

「別に付き合っておらんから同棲ではないからの。

無理に身体の関係を求めようとすると、この暗黒の衣が自動的に発動して大怪我するので気をつけるように」


 セーラー服から黒い波動のようなものが出てきた。

 飛び出して来た蛇のように暴れ、服の生地に戻っていく。

 非現実的であるが、異世界な小説を読んで育った新木には違和感なく受け止められた。

 今までの非現実的な事も合わさり、彼は彼女の事を完全に『異世界の魔王』と認める事にしたのだった。


「結構ファンタジーアイテムらしい機能あるんだな」

「そりゃそうじゃろ。魔王の一張羅じゃぞ」


 新木は「だったら非常時に魔法を切る機能くらい付けておけよ」とも思った。

 しかしそれは美少女と一緒に暮らす事でプラマイゼロと、やたらどんぶり勘定な算盤を脳内で弾く。


「迷惑をかけるかも知れんが、やってくれるかの?」

「……良いけどさ」


 新木は後頭部に手を当て、唇を尖らせながら言った。

 そして魔王はその言葉に、彼の両手をギュっと握った。

 年相応の少女らしい明るい笑顔だった。


「協力感謝なのじゃ!

スケベな事以外は、妾はなんでもするぞ!」

「なんでも!?そうか、なんでもかぁ……」

「うむ、料理やら身嗜みの整理やらの。

なんせ妾には渡せる事が何もないからの」


 そう言う魔王の事を、新木は下心を抜きにして良い子だと思った。



 そして二人の生活がはじまった。

 読み切り小説なので割愛するが、魔王が学校に転入生としてやってきたり、ハプニングとかあったりなラブコメ展開が色々と起こったのだ。


 実は漢らしさは本心からしか抽出出来ない。

 洗脳した人間から渡される漢らしさなんて無きに等しく、終わらないバレンタインの中で、魔王は試行錯誤で様々なプレゼントを渡した。


 最も『漢らしさ』を引き出すにはどういうプレゼントを渡すべきなのか。

 どういうシチュエーションであるべきか。

 漢らしさとは何ぞやと赤いフンドシを履かせた事もあった。


 気付けば関係が深まり、新木の事を『宗介』と下の名前で呼んでいた。

 「男の子が喜ぶもの」という事でチョコレートが唐揚げ弁当に変わって只の弁当を作る彼女のようになっていた事がはじまりかも知れない。



 そして初日から半年以上経った、夏のバレンタインでの事だった。

 周囲の女子達は着物な夏祭りだ。

 新木は「大和男子は着物であるべきじゃ」という事で、時代劇の侍のような格好をさせられていた。

 ちょんまげのカツラも被っている。

 二人はこれからはじまる花火を見ようと、はじめに会った河川敷に座っていた。


 こういう時間は個人的な事を聞くに丁度いい。

 故にふと、前々から疑問に思っていた事を聞いた。

 魔王はセーラー服のまま、りんご飴を齧っている。


「なあ、魔王」

「どうした」

「はじめから認識操作で不動産屋を買収しておけば、ホームレス生活なんてする必要なんて無かったんじゃないのか?」

「それだと認識操作を続ける為の漢らしさが足りなくなるでの」

「でも、俺の家族にはかけ続けているじゃん」

「ああ、それは宗介の家族で減る漢らしさより、宗介から得られる漢らしさのほうが多いからじゃの」


 彼女はニコリと笑う。

 その無邪気な表情に新木はドキリとした。


「だから、宗介を選んで良かったと思っておる。

これからも宜しくなのじゃ!

……あ、これ今日のプレゼントのりんご飴じゃ」


 魔王が齧りかけのりんご飴を渡した瞬間、轟音と同時に大輪の花火が咲いた。

 新木はりんご飴を一口齧って一拍。

 どうも彼女は魔界出身なせいか、関節キスとかそういう文化に疎い。


 迫る別れの時を想いつつ、新木は彼女の頭を撫でた。

 これ位の接触なら許されると聞いていたから。

 こうした努力の結果、帰還の為の『漢らしさ』は溜まっていくのだった。



 そしてバレンタイン、一年後。

 新木の部屋で、二人は正座で向かい合っていた。

 魔王は微笑を浮かべているが、眉をハの字にしていた。

 先ず、口を開くのは新木である。


「……漢らしさが溜まったんだってね」

「ああ、もう帰れる。

このバレンタインも終わるし、認識操作も解けるので妾の存在を忘れる者も多く居るじゃろう。

ありがとう宗介、助かったぞ」


 魔王は出来るだけ悲しくならないような声色で伝える。

 聞いている時の新木はグッと泣くのを堪えていた。


「ううっ……」


 しかし、意思に反して手の甲にポタポタと涙が落ちる。

 それは『男泣き』と呼ばれる物。

 こういう時は男でも泣いていいのだと、身体が教えてくれる。


「やっぱ駄目だ!」


 彼はガバリと魔王に抱き着いた。

 セーラー服から溢れる黒い波動はヤスリの如く彼の身体を傷付けるが、それでも良いと思って強く抱きしめる。

 しかし魔王は、彼の背中をポンポンと叩いて優しく囁く。

 聞かん坊の子供に言うように。


「駄目じゃぞ。

だってバレンタインのプレゼントは、いっぱい渡したじゃろ」

「……!!」


 その一言で、新木は憑きものが落ちたかのように腕の力を抜いて解いた。

 互いに正面から向き合う。

 気付くと魔王の身体から黄金色の光の粒子が出ていた。

 蛍の様に上に行く光は、天井に触れると儚く消えていく。

 それが宙に舞い散る程に、彼女の身体が薄く透けていく。

 帰還の為の魔法が発動したのだろう。


「……最後のプレゼントじゃぞ?」


 魔王は彼の顎に指を当てて、互いの唇を合わせた。

 そして彼女は口を離して、妖艶な表情を浮かべチロリと舌を出す。


「えっ!?」

「言い忘れていたがこの暗黒の衣、自分からする分にはOKなんでの。

実は間接キスとかも分かっていたりするのじゃ。

今の宗介、一番『漢らしさ』が出ていたぞ」


 彼女はニシシと歯を見せ、いたずらっ子のように笑った。

 それが、バレンタイン最終日での姿。

 呆けた目で正面を向いていると、とうとう何も見えなくなり、新木一人が座っているだけの部屋が出来上がる。

 しかし腕の痛みと唇の感覚。

 そして部屋に残された彼女との思い出が、確かに彼女は存在したことを物語っていた。


「あっ」


 口には小さなチョコが入っていた。

 先程口移しで渡されていた事に、今更ながら気付いたのだ。



 そして一か月後。

 新木邸の玄関にて。

 ついこないだ涙の別れを告げた魔王がそこに立っていた。


「ごめん、宗介。またやってしまったのじゃ。

ホワイトデーが終わらなくなっちゃったのじゃ」

HAPPY VALENTINE!

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