偽薬8錠め 龍の記憶を見たのなら
私たちは真っ暗な空間に立っていた。
表面が水と大地で覆われ、白い雲で包まれた惑星が映し出された。後ろを向くと、遠くに太陽が見えた。360度、足の下までスクリーンがあるプラネタリウムみたいだった。
(これが君たちの暮らしている星だよ)と龍さんの声がした。
「な、星だと?」と女騎士が言った。「海の果ては滝になっているのではなかったのか!」
「竜に乗って上空を飛ぶと、地平線が丸くなっているので、もしやとは思っていましたが」とキーリアさんが言った。
「きれいだね、キーリア姉ちゃん」とアーシャさんが言った。
アーシャさんの言うとおり、きれいな眺めだった。荘厳でさえあった。
(ボクが生まれた瞬間を見せてあげるね)
宇宙視点だったカメラがぐーっと地表に近づき、高い岩山の中腹の洞窟に入っていった。巨大な龍が卵を温めていた。卵の殻が割れて、目の大きな、翼のある爬虫類の赤ちゃんが出てきた。
(うわ、いつ見てもかわいいなー。小さい頃のボク。1万年前くらい前のことだよ)と龍さんが言った。(え?自分の生まれた瞬間を客観視する記憶があるわけないって?そういう魔法なんだよ、これは)
「1万年前の様子だというのか?この時代、我が帝国はどうなっている?」と女騎士が言った。
(ヒト族はようやく畑作を始めたころだ。帝国なんて影も形もないさ)
映像が切り替わり、粗末な服を着て、畑を耕し、種を蒔く人々の姿が映し出された。
(これはボクが飛べるようになって観察したヒト族の様子だよ。早送りしてみよう)
カメラがぐーっと引き、平原が映し出された。畑が広がり、村ができた。時々、大きな嵐や地震で村が壊滅的な被害を受けている様子も映し出された。そのたびに人々は悲嘆し、疲弊したが、それでも立ち上がり、村を建て直した。そこで映像が止まった。
「たくましいですな」と私は言った。
「復興も迅速だ」と女騎士が言った。
(この時代、人々は自然の脅威に怯えていた。なすすべもなく人の暮らしを蹂躙する大自然の力に恐怖していた。その恐怖こそが、龍の力の根源だった)
「かつて龍族が世界を支配していたと聞きました。この頃のことなのでしょうか」とキーリアさんが言った。
(うん。空はボクたちのものだったし、ボクたちが地上に降りると、人々はボクたちにひれ伏した。ボクはもっといかめしい感じでしゃべっていたよ。「我は……」とか言ってさ。人々はボクたちに捧げ物をするようになった。君たちが「龍神教」と呼ぶ宗教の発端だね。ボクたちは人の暮らしに興味を持った。龍が人の姿になれるようになったのはこの頃のことだ。ボクたちはヒト族に魔法を教えた。もう少し先まで見てみよう)
映像が動き出した。村は嵐で被害を受け、洪水で流され、地震で建物が倒された。それを何度か繰り返しているうちに、町ができ、大きな街になり、外壁と王城ができていった。
(この頃になると、人々は大自然の力に対抗できるようになった。石を積んで、地震に耐えられる堅固な家を建て、復興のための資金を貯めることができるようになった。そのために魔法の力は大いに役に立った。大自然への恐怖は薄れ、龍族の力は弱まっていった。いつしか、人の姿が状態となり「竜人族」となった)
鎧を着た大勢の騎士たちが合戦をする様子が映し出された。
(大きな戦争が起きるようになったのもこの頃のことだ。人々は幸せを願い、より多くの富を求め、殺し合った)
「弱肉強食が人の性、いえ、生きるものすべての性なのでしょうか」とキーリアさんが言った。
(さあ、どうなんだろう。ボクにはわからない。ボクが目を見張ったのは、ヒト族の持つ生きることへの貪欲さだ。一人ひとりは力が弱く、寿命も短いのに、知識を積み、受け継いでいくことで大きな力を発揮する。ボクは、龍族が衰え、ヒト族が取って代わるなら、それでいいと思っていたんだ。意識を失い、ただの魔力の塊として地下にいる存在になることがボクの運命だと思っていた。あんなことが起きるまでは)
火山が噴火し、溶岩が王城を飲み込んでいく映像が映った。
横を見ると、赤い光がキーリアさん、アーシャさん、女騎士の顔を照らしていた。
(大魔導士と呼ばれた男が、自分の編み出した魔法を試すため、火山の力を利用しようとした。その魔法自体はうまくいったが、火山の力が暴走してしまった。粉塵が空を覆った。放っておけば、粉塵が太陽の光を隠し、この星の上で生命が暮らせなくなる。生き残っていた龍族は、ボクと弟、妹だけになっていた。ボクたちは力を合わせて火山の暴走を止めた。その中で弟と妹は命を落とし、ボクも力の大半を失った)
大きな洞窟の中で、翼をたたみ、前足に顎をのせている龍の姿が映った。それは、私が第3の試練を経てたどり着いた洞窟で見たのと同じ光景だった。
(その時出会ったんだ、彼女に)
少女の姿が映し出された。白い少女だった。
それは、私の夢に出てきた、偽薬の錠剤のような、白い少女だった。
(この星の時間で千年前のことだ。大魔導士の魔法は、時間と空間を操作する魔法だった。魔法が得意な龍族でさえ、思いつくこともできない魔法だった。ヒト族の魔法は、その域にまで達していたんだ。)
巨大な魔法陣の前に立つ、杖を持った男の姿が映し出された。
(ボクは身体を動かせなくなっていた。その分、知覚能力が高まった。この星で起きていることはだいたい感知できた。大魔導士の描いた魔法陣をこうして再現できるくらいに)
映像に浮かぶ魔法陣が光を放ち始めた。
(大魔導士は並行宇宙を次々にスキャンしていった。知的生命体を呼び寄せられるなら、繋げる並行宇宙はどこでもよかったんだ)
チラッと横を見ると、キーリアさんと女騎士が、ぽかんとした顔をしていた。よかった、わかってないのは私だけではなかったのだ。アーシャさんはあくびをしていた。
(まあ、理解できないならこの辺は理解しなくてもいいよ。ボクだって完全にわかってるわけじゃないんだから。理解しておけばいいことはただ一つ。魔法陣の中心が、白い少女が寝ていたベッドの上とつながった、ということだけだ)
映像が再び惑星規模の視点となり、とある大陸の、とある城の地下にある部屋にフォーカスした。その地下室で、大魔導士が魔法陣の前に立っていた。
その隣に別の惑星の映像が現れた。惑星規模の視点が雲を突き抜けて降下し、より文明の発達した、ゴミゴミとした都会のマンションの一室に寝ている少女がいた。その少女の部屋はマンガやアニメのポスターでいっぱいだった。棚にはフィギュアが並んでいた。
二つの映像が重なっていった。魔法陣の光が強くなった。
そして。
少女は魔法陣の上に倒れていた。
(火山活動のエネルギーを利用して並行宇宙との接続を確立し、その座標にいる人や物を呼び寄せる召喚魔法。それに初めて成功した瞬間だった)
「説明の途中ですが、質問いいでしょうか」と私は言った。
(ああ、最初に言うべきだったね。質問はいつでも受け付けるよ)
「あの少女が住んでいたのは、私と同じ惑星でしょうか」
(そうだね。ヤーマダくんと同じ並行宇宙の、同じ惑星だよ)
「この星の時間で千年前に少女は召喚されたということですが、今の映像を見る限りでは、少女の生きている時代は、私の生きている時代とほぼいっしょのようでした。その辺はどうなっているんでしょうか」
(いい質問だ!)と龍さんは言った。(並行宇宙と言っても時間が並行して流れているわけではない、くらいに思っておいて。あの大魔導士は時間まで操作できたんだ)
「はぁ」と私は間の抜けた返事をした。「正直よくわかりませんが、続けてください」
(少女はあっという間にこの世界に順応した。「元の世界に帰りたい」ということもなかった。大魔導士は、実験が成功したことで満足し、少女をその辺にポイ捨てしようとした。でも少女は大魔導士に頼みこんで弟子にしてもらった。そして、そのたぐいまれな発想力で、それまでになかった魔法を次々に編み出していったんだ)
「龍人様」とキーリアさんが言った。「その少女が、伝承に残っている前回の勇者様なのでしょうか」
(そうだよ)
「前回の勇者様は、特別な力は何も持っていなかった、と伝わっているのですが」
(それは偽の情報だよ。偽薬だけにね)
「ぷ、ぷらしーぼ?」
(うん。その説明は後でするからちょっと待ってね。少女はいろいろな迷宮を踏破したり、伝説級の魔物を倒したりして、「勇者」と呼ばれるようになった。彼女は好き勝手にふるまっているだけだったけど、彼女の行動は停滞していたこの世界に活気を取り戻した。彼女は旅を続け、そしてたどり着いたんだよ、ボクのところまで)
少女が魔法で寝ている龍を攻撃する様子が映し出された。攻撃はことごとく、龍の展開する防護魔法で防がれていた。
(この時はだいぶしつこかったね。結局、彼女の最大攻撃も防いで、彼女は魔力切れになったんだ。そして「強敵と書いて『とも』と読む」とか言い出して、結局ボクらは友だちになったんだ)
「貴殿はその少女をあしらっただけなのだろう?なぜ友になったのだ。追い返せばよかったではないか」と女騎士が言った。
(そうだね。最初はそのつもりだった。でも途中から気が変わった。一見楽しそうに見えて、そのくせ投げやりな感じがして、放っておけなかったんだよ。そうだ、キーリアちゃんにプラシーボの説明をしなくちゃね。戦いの後の様子だよ)
目を閉じた龍の鼻先に手を触れる少女の姿が映った。
「あなたの名は?」と少女が言った。
(我は龍だ。名は忘れた)
「じゃあ龍さんって呼ぶね」
(お主の名は?)
「ボクのことは偽薬って呼んで。元の世界でのボクのハンドルネーム」
(プラシーボ……。どういう意味だ)
「思わせぶりで、薬効があるように見せかけているだけで、ほんとうは、何の効き目もないただの白い錠剤のこと。空っぽのボクにぴったり」
(勇者と呼ばれ、数々の偉業をなしとげたお主が「空っぽ」であるわけなかろう)
「空っぽだよ。元の世界では引きこもり。こっちに来てからはゲームをしてるみたいだった。ボクには何にもないんだ」
そんな会話が再現されていた。
(それからしばらくの間、ボクとプラシーボちゃんは、いろいろな遊びをしたんだ。彼女には「あにめ」や「えすえふしょうせつ」で得たいろいろな知識や発想があった。ボクには、魔法という、それらを実現する力があった。あの頃はほんとうに楽しかったよ。あ、邪蛇の洞窟にある転移陣や、この迷宮も、ボクと彼女の合作だよ)
「え、じゃあ、前回の勇者が迷宮に挑んだというのは」
(それも偽薬だ。偽の壁画を作ったり、おもしろかったよ。この迷宮は、ボクがお客さんを呼ぶ時に楽しんでもらうためのアトラクションとして作ったんだ)
そして龍さんは「ふふふ」と笑った。
(死んでいくボクの墓標という意味もあったのかもしれない)
横を見ると、キーリアさんと女騎士が神妙な顔をしていた。アーシャさんは寝ていた。
(あは、長くなっちゃったね。もうすぐ終わるよ、ボクと彼女の話は)
目を閉じた龍の鼻先に身体を預けている女性がいた。その手は痩せ細っていた。皺だらけの顔は、幸せそうだった。
(彼女は息絶えようとしていた)
二人の会話が再現された。
「ボクは最後まで偽薬だった。空っぽだったけど、キミと遊べて楽しかったよ」と、プラシーボさんは言った。
(お主は空っぽなどではない。長い歳月を生きた我にとって、唯一、友と呼べる存在だった)
「はは、強敵と書いて『とも』と読むんだ」
(プラシーボよ。偽薬であっても、効くと信じて飲めば実際に効き目があるのだろう)
「そうだね」
(偽薬 + 信じる心 = ほんとうの力 ということだな。我はお主を信じている。だからお主は空っぽではない。ほんものだ)
「最後までキミはボクを笑わすつもりなんだね」そう言ったプラシーボさんの頬は涙で濡れていた。「さようなら龍さん。ボクはキミと出会えてよかったよ」
(我もだ)
息絶えようとするプラシーボさんの体を光が包んだ。龍さんの体も白く光った。そして──
二つの体は、溶け合うように一つになった。




