偽薬6錠め 龍に出会ったなら
第3の試練を終え、開かれた扉を通ると、そこは大きな空洞だった。
背後で扉が閉まり、真っ暗になった。
私の左右で灯りがともった。そして、等間隔に次々と灯りがともり、ぐるりと一周した。灯りが照らし出したのは、野球場一つ分くらいの洞窟だった。そしてその中央に──
巨大な龍がいた。
龍は翼をたたみ、犬が寝るような姿勢で前足に顎をのせ、目を閉じていた。
(やあ、よく来たね)と頭の中で声が響いた。
私は左右を見た。誰もいなかった。
そこで、
「今、私に話しかけたのはあなたですか」と目の前で寝ている龍に尋ねた。
(そうだよ。ボクだよ)と頭の中の声が言った。龍は目を閉じたまま、身じろぎ一つしていなかった。
「私は山田です。この世界ではヤーマダと呼ばれております」と私は自己紹介した。「失礼ですが、あなたはどなたですか?」
(ボクは龍だ。名前はもう忘れてしまった)
「では龍さんとお呼びしてもいいでしょうか」
(いいよ)
「龍さん、私は異世界から来ました」
(知ってる)
「え?失礼ですが、初対面ですよね?」
(うん。邪蛇の洞窟にある転送陣、あれはボクとボクの友だちが作った自動システムなんだ。世界が停滞し閉塞すると、特異点を呼び寄せて、世界が変わるためのきっかけを与える。そのためのシステムだよ。もうボクの手を離れ、勝手に作動してるんだけどね)
「はぁ。よくわかりませんが、私が元の世界に帰るためにはどうしたらいいんでしょうか」
(あの洞窟の転送陣に戻れば帰れるよ)
「おお、意外と簡単ですね。だったら蛇を倒した後、転送陣に戻ればすぐに元の世界に戻れたのでしょうか」
(どうだろう。勇者としての役目を果たしてからじゃないと帰れないんじゃないかな)
「勇者としての役目ですか。たとえばここまでたどり着くことでしょうか」
(そうだね。それは最低条件かもしれない)
「里ババは、龍さんの力を得るために、勇者の力を利用したかったようですが」
(ボクの力を得たところで竜人族が力を取り戻せるわけじゃないんだ)
「そうなんですか」
(うん。……話は尽きないけど、ちょっと急いだほうがいいかもね。あと3時間くらいで新しい邪蛇が生まれるから)
「え?」
(新しい邪蛇がいる洞窟にキミが入っていったらキミは食われてしまうだろう。罠が作動するなんてラッキーパンチはそうそうあるもんじゃない。早く戻った方がいいよ)
「戻るにはどうすれば?」
(地上に戻してあげることはできるけど、今にも戦いが始まりそうなんだ。今地上に戻ると、キミも戦いに巻き込まれる)
「戦いですと?」
(帝国軍が里の結界を消滅させて里に攻め入ってる)
「え?」
(キミたちの乗った飛竜が帝国軍につけられたんだよ)
「うわ……。なんか申し訳ないです」
(キミが責任を感じることなんてないよ)
「そう言っていただけると……。それにしても、よくご存じですね。地上で起きてることとか、私のことも」
(ボクは寝たきりの引きこもりだけど、このあたりで起きてることは、だいたい見てるし、聞こえてるから)
「はぁ。……あ、もしかすると!」
(何?)
「これが通信機とか盗聴器みたいな役割を果たしているのでしょうか」と言って、私は左足の足首に巻いたミサンガを指さした。
(あはは、おもしろいね。でも残念。「ブッブー 不正解」だよ。それはたしかにボクの髭だけど、ただのアクセサリーだよ。今のところはね)
「するとやはり、このあたりで起きていたことを把握していたのは、魔法でしょうか。」
(そうだね。君のいた世界の言葉でいう超能力みたいなものだと考えておいてよ)
「はぁ。正直、私には魔法と超能力の区別がつきませんが」
(ボクの体に触れてくれるかな)
私は龍さんの鼻先のあたりに手を置いた。
(うん、いいね。この方が話しやすい)
「龍さんは動けないんですか?」
(うん。ボクはもう千年近くものあいだ、体を動かすことも、目を開けることさえできないんだ)
「それは、勇者に封印されたとか、そういうことですか?」
(まさか。千年前に来た異世界人は、ボクの一番親しい友だちだよ)
「そうなんですね。では、どうして龍さんは体が動かないのでしょうか」
(簡単に言えばね)と龍は言った。(老衰だよ)
「老衰……」薄毛、老眼、腰痛、夜間頻尿どころの話ではなかった。もっと深刻に老いに直面している人、いや、龍がいた。
「里ババは龍さんの力を欲しがっていました。私も、こうして触れているだけで龍さんの中に大きな力が宿っているのを感じます」
(人は龍の持つ絶大な力に憧れる。でもね、大きな力は呪いでもあるんだ。大きすぎる魔力のせいで、自我を保つのが難しい。魔力が自我を飲み込もうとするんだ。こうしてキミと念話するのだって、実を言えばぎりぎりなんだよ。大きな力を持てば、誤解されることも増える。憎まれることも増える。ボクのことを神だと崇めていた人間たちが、ボクのことを邪龍と呼び始める。いいことばっかりじゃないんだよ)
「……」私には何も言えなかった。
(ははは、愚痴を言ってしまったね。どれ、このままだと世界戦争が始まってしまいそうだ。時間もないし、力が残っているうちに、キミに手助けをしようか。キミが元の世界に戻れるように)
龍さんがそう言うと、地面にいくつかの魔法陣が現れた。
* * * * *
里ババと、老魔導士フロドガイルの戦いは熾烈を極めた。
フロドガイルの緑光の縄の攻撃を、里ババは火魔法の盾でしのいだ。
火魔法の盾は、そのままフロドガイルを飲み込もうとした。フロドガイルは、足代わりにしているスライムの触手を前方に勢いよく射出することで、後ろ向きに飛んだ。足の先端が炎に呑まれ蒸発したが、ダメージにならないようだった。
「老いぼれのくせにやるではないか、里ババ、ヴィルマ・ドラフォルクよ」
「ジジイのきさまに言われたくないわ、フロドガイル」
その後も互いに魔法をぶつけ合い、削り合ったが、実力は均衡していた。魔力も底を尽きかけていた。お互いに最大火力の攻撃をぶつけ合うしかない。次の一手で勝敗が決まる。そんな局面に至った時。
地面で転移陣が光った。
里ババと老魔導士フロドガイルの体が光に呑まれ、消えていった。
* * * * *
洞窟の地面に現れた転移陣が光った。まずキーリア、アーシャ、白い鎧の女性騎士、次いで、里ババと黒いローブを着た年老いた男性が現れた。
皆一様に驚いた顔をしていた。
「勇者様!」
最初に私に気づいたのはキーリアだった。「ご無事でしたか!」
「うん、まあ」と私は言った。私もびっくりしていたのだ。
里ババがキーリアに並び、その前にアーシャが立った。
白い鎧の女性が黒いローブの老人と並んだ。
一触即発の雰囲気だった。
「あの……」と私が口を開いた時、(戦うのはやめて)という声が頭の中で響いた。
その声が聞こえたのは、その場にいた全員らしい。そして全員が気づいた。そこで静かに寝ている、しかし、圧倒的な存在に。
「なんと真龍じゃと……」
龍さんを見上げながら黒いローブの老人が言った。
「龍神様!」と里ババが叫び、手を合わせると、あわててキーリアとアーシャが同じようにした。
「どういうことだ、フロドガイル!説明せよ、迅速に!」
白い鎧の女性騎士が叫んだ。
「ウィトブリシア嬢、しかと見るがよい。あれが伝説の真龍──」
「龍神様をおかしな名で呼ぶな!」と里ババが叫んだ。「龍神様、この者らを滅ぼすため、どうか我ら竜人族に不老不死の力をお授けください」
(無理だよ。そんなの)と龍さんは言った。(ボクにそんな力はないよ)
それを聞いて里ババの表情が歪んだ。「そのために我らをここに集めたのではないのですか!」
(違うよ。話し合いをしてほしかったんだ。ヤーマダくんが無事に元の世界に帰れるように)
「話し合いですと?帝国の犬どもと?」里ババは叫んだ。「せめて、せめて、不老不死の力を、我だけにでも!」
(無理だって)
「その肉!その肉を食せば!我も不老不死に!」
里ババは、必死の形相をしていた。その間にも、キーリアとアーシャ、女性騎士はじりじりと間合いを測り、牽制しあっていた。キーリアとアーシャは私を守ろうと、私の前まで来た。
黒いローブの老人は、ズルズルと地面を這って、龍さんに近づいていた。
(試してみる?)
龍さんの前足の指が一本、ポロリと落ちた。巨大な龍の指だ。指一本とはいえ、プロレスラーの腕より大きかった。
(さあ、ボクの肉だ。食べてごらん)
里ババの足元に、龍さんの指が転がった。
「こ、これを食せば……」
里ババが手を伸ばそうとした時──
「させるかぁっ!」と叫び、黒いローブの老人の体が、液体のようになって、ざばーん、と龍さんの指を飲み込んだ。




