偽薬5錠め 戦いが始まったなら
迷路の出口を抜け、階段を降りていくと扉があり、上に文字が書かれていた。
「第3の試練、魂の試練、と書かれています」
扉の前に石碑があり、8つのくぼみがあったので私はポケットから魔石を出し、置いていった。全部の魔石を置くと石碑が光り、扉が開いた。
床、天井、壁が石でできた、一見普通の通路だった。
「どこに通じているんだろうね」と私が言った時、
足元が光った。
地面に魔法陣があり、光が強くなった。
「これは、転移トラップ!」
「くそ、出られねぇ!」
光が私たちを包み、気が付くと──
私は一人だった。
そこは草原で、蝶が飛んでいた。空は青く、白い雲が浮かんでいた。
迷宮の中にいたはずだが。
キーリアが「転移トラップ」と言っていた。ここはまだ迷宮の中だと思うが、迷宮の外に飛ばされた可能性もゼロではない。
少し歩くと大きな木があった。
「よっこらしょっと」
私は木の根元に座った。ずっと歩いていたので、座る時に腰が痛かった。
さて。どうしたものか。
はぐれてみると、仲間のありがたさが身に染みた。私には、キーリアのような魔法や知恵、アーシャのような力はない。私にあるのは、薄毛、老眼、腰痛、夜間頻尿だけだ。
何もないとわかっていたが、ポケットの中を探ってみた。すると。
そこに一枚の紙が入っていた。
日本語で「蝶の後を追え」と書いてあった。ひらひらと私の目の前を飛ぶ蝶がいたので、私はその飛ぶあとについていった。
草原の中に道があった。
しばらく歩くと石碑があり、道が左右に分かれていた。
石碑には「勝利を求める者は右へ。共存を求める者は左へ」と書かれていた。
私は迷わず左を選んだ。
サラリーマン心得その十 ウィンウィンを求めよ
自社だけに利益がある取引は長続きしない。他社と共存し、お客さまの役に立ち、社会の役に立ってこそ、会社は存続することができるのだ。
道を進むとまた石碑と分かれ道があった。
「不老不死を求めるものは右へ。老いとともに生きる者は左へ」
私は左に進んだ。私は里ババに尿瓶を勧められて気づいた。老いを斥けることではなく、老いとともに生きる工夫をすることが大切なのだ。
道を進むとまた石碑と分かれ道があった。
「完璧を求める者は右へ。失敗・不完全を愛する者は左へ」
これは念押しだ。私は左に進んだ。
そして。
そこに扉があった。扉の上には文字があった。私には読めなかったが、おそらく「第3の試練 魂の試練 出口」と書かれているのだろう。扉の前には石碑があり、くぼみがあった。ポケットに手を入れると、空のはずのポケットに魔石が入っていた。私はくぼみに魔石を置いた。
扉が開いた。周りは草原なのに、扉の中は暗かった。
私は扉の先に進んだ。
* * * * *
「これほどまでにたやすく、里への侵入を許してしまうとはの……」
里ババは、竜の里の中央部にある竜の塔に籠もっていた。外から爆発音が聞こえてきた。
「キーリアがつけられたか」
邪蛇の洞窟の近くに帝国軍が駐屯していることは掴んでいた。また飛竜の出入りにより、里の位置が特定される危険性があることも認識していた。
しかし、この里の結界を破れる者がいるとは到底思えず、それが油断を生んだ。
「里の結界を破れる魔導士など、この世には存在しない。そんなことができるとすれば、あのおいぼれ魔導士フロドガイルのみ。しかしあやつは50年前に殺したはず」
里ババは、殺したはずのフロドガイルが生きていたことを知らなかった。情報不足だった。
「帝国が、この地を本気で取りに来ることはない、とタカをくくっておったわい」
この大陸において、「龍の大森林」は、帝国が支配していない唯一の土地だった。広大な森だったが、しかし大陸全土に比べれば、誤差のような面積に過ぎない。
竜人族は、弱体化したとはいえ、一大勢力だ。
そのような土地を狙って、竜人族の逆襲を食らえば、帝国も火傷では済まない。
里ババはそう思い込んでいた。
見込みが甘かった。
龍の大森林の境界線を守るため、多数の竜人や獣人を拠点に配置しており、里の守りは薄くなっていた。しかも、昨日の宴のせいで、半数以上の獣人たちが二日酔いで戦力にならなかった。
「よりによってこのタイミングで攻め込まれるとは、ついていない」
しかしボヤいている場合ではなかった。
里ババは立ち上がり、杖を手に取った。
竜の塔を出ると、二人の獣人が「里ババ様、外に出られては危険です」「ここは我らがお守りいたします」と言って制止した。
「あやつがおるなら、我が相手をするほかなかろう。ぬ?」
巨大な火の球が飛んできて、一つの竜の塔に命中し、爆発した。
辺り一帯が爆炎と爆風に包まれた。
里ババの防御魔法が、自身と二人の獣人の体を青い光で包み、守った。
爆炎が収まり、姿を現したのは──
「ひぇひぇひぇ、里ババ、ヴィルマ・ドラフォルクではないか」
老魔導士フロドガイルだった。
「儂はついておるの、こうも早く想い人に出会えるとは」
「フロドガイル……」里ババは杖を構えた。その額には汗が浮かんでいた。「50年前、きさまの下半身を吹き飛ばしたはず。あの傷でどうやって生きのびた?」
フロドガイルは「冥途の土産に見せてやろう」と言って、黒いローブの裾をまくった。
「ひっ!」
里ババの後ろにいた獣人の一人が声をあげた。もう一人は口を押えた。
老魔導士フロドガイルの腰から下は、ゼリー状になっており、無数の触手が足の働きをしていた。
「どうだ、醜いか」
フロドガイルは挑むように言った。
「……それはスライムか」
「ご明察だ。きさまの攻撃で下半身を失い、死にかけていた儂は、儂の体を食いに来たスライムを捕らえ、自らの下半身にしたのだ」
「スライムを自らの体にしたじゃと?そのような魔法があるものか!生命の理に反しておる」
「儂が編み出した生体操作魔法じゃ。きさまもその体で味わうとよい」
フロドガイルの杖が里ババに向けられた。杖が緑色に光り、その先端から光の縄がほとばしった。
「危ない、里ババ様!」
獣人の一人が里ババの前に出た。
里ババが獣人に防御魔法をかけた。
緑光の縄が、獣人の手足に巻き付いた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
獣人の手足がみるみるうちに、緑色のゼリーに変わっていった。
「防御魔法が効かぬ、じゃと?」
里ババの足元で、手足の溶けた獣人が痙攣していた。
「身を挺して主人の身を守るとは、あっぱれな心がけ」とフロドガイルが言った。
「おのれ!」
もう一人の獣人が剣を抜き、フロドガイルに切りかかった。
「ふん」
フロドガイルは杖を獣人に向けた。その先端から緑光の縄が出て、獣人を捕らえようとした。
フロドガイルの視界から獣人の姿が消えた。
「ぬ?」
獣人の剣が、フロドガイルの左胸を背後から貫いていた。フロドガイルの目が見開かれた。
「同じ技を二度と食らうか」とフロドガイルの背後で獣人が言った。
フロドガイルがゆっくり振り向いた。その首は、ありえない角度に曲がった。
「ひっ」
反射的に獣人がフロドガイルの体から剣を抜こうとした。しかし剣は抜けなかった。
フロドガイルの杖から緑光の縄が出て、今度こそ獣人の体に巻き付いた。
「里ババ、様……」
獣人の体は溶かされ、首だけが地面に転がった。
「おのれ……。きさまの体、一体どうなっておる!」
フロドガイルは、両手で黒いローブの胸を開いた。そこにあったのはスライムのようなゼリー状の体だった。
「常識に捉われるから、足をすくわれるのじゃ」
フロドガイルは地面に転がっていた獣人の頭を蹴り飛ばした。
「さて、邪魔はいなくなった。二人だけで楽しもうではないか」
* * * * *
「こうもあっけないものなのか?」
帝国軍第3部隊長、女騎士ウィトブリシア・アルドランは、後方で指揮を執り、戦況を見ながらつぶやいた。
第3部隊は精鋭とはいえ、数的には圧倒的な不利だったはず。ここは敵の本拠地だ。もっと手ごたえがあってもおかしくはない。
「報告いたします!」と伝令が駆けこんできた。「敵主力の獣人たちは、酩酊状態の者が多いとのことです」
「ふん。獣たちは宴の最中だったというわけか。天は我々に味方したと見える」
これは勝ち戦か。
迅速だ。
そう思った瞬間──
目の前の地面に魔法陣が表れ、視界が光に包まれた。
「くっ」
思わず顔を手で覆った。
光が消えたその後に目の前に現れたのは、聖職者の服を着て杖を持った娘と、獣人の娘だった。獣人の娘は、見たことのない素材の水色のシャツを着て、腰のベルトには短剣を帯びていた。
「杖を持った娘は、龍神教の神官か。獣人は護衛だな。転送陣で私のもとに兵を飛ばすとは、竜人め、迅速だな」
女騎士ウィトブリシア・アルドランは剣を抜いた。
「なぜ私が『白き雷光』の二つ名を持つか、教えてやろう」
周囲の兵士たちも剣を抜いた。
「キーリア姉ちゃん、帝国兵だ!」そう叫んで獣人の娘が短剣を抜き、杖を持った娘の前に立った。
「なぜ帝国軍がここに?結界はどうなったの?」
「結界は我らが消滅させた。竜人の娘」と女騎士が言った。それを聞いて杖を持った娘の顔色が変わった。「絶望したか。我がもとにひれ伏せば、命までは取らんぞ」
「降参などしない!」と杖を持った娘が言った。
「よかろう。迅速なる我が兵たちよ、我が温情を拒みし傲慢を叩き折ってやれ!」
兵士たちが獣人の娘に切りかかった。
「重投網!」
杖を持った娘が魔法を放った。杖から光の網が出て、兵士たちに絡みつき、4人の兵士たちが光の網に捕らえられ、地面に転がっていた。短剣を持った獣人の娘が兵の一人に飛びついた。
「アーシャ、殺さないで!」杖を持った娘が叫んだ。獣人の娘の動きが止まった。
「敵地の真っただなかで敵に情けをかけるつもりか」と女騎士は言った。「それとも殺す覚悟もなく戦場に飛び込んできた愚か者か」
「違う!」と杖を持った娘が胸を張って叫んだ。「私は竜の里、次期里長のキーリア。交渉がしたい!」
「交渉だと?」女騎士はせせら笑った。「戦況はこちらが有利。そのようなたわ言に耳を貸す謂れはない!」
「私は政の話をしている」と竜人の娘、キーリアは言った。「ヒト族と竜人が手を取り合えば、もっと幸せな世界を作れる!」
「時間稼ぎなら聞く耳は持たんぞ」
兵士たちがキーリアと獣人の娘、アーシャと呼ばれた少女の後ろに回り込んだ。
「ここで殺し合いをすれば、禍根が残る!話し合いの余地がなくなってしまう」とキーリアは叫んだ。
アーシャは、光の網で縛られた兵士の一人を引っ張り上げ、キーリアと背中合わせになり、兵士の首元に剣を近づけた。
「キーリア姉ちゃん、無理だ。こいつら話なんて聞いてくれねぇよ」
「竜人の娘よ、その獣人の言うとおりだ。話し合いの余地など、もともとないのだ」
「こいつがどうなってもいいのか!」アーシャが人質にしている兵士の首に剣を近づけた。
「アルドラン隊長、私のことは構わず、やってください!」と人質の兵士が叫んだ。
「マルムス、迅速だな。お前の犠牲は忘れん。家族の面倒は任せよ。兵士たち、やれ!」
やるしかないのか。私がもっと確り者だったなら……。
キーリアが、杖を握りなおした時──
地面に転送陣が浮かび上がった。
その光に包まれ、キーリア、アーシャ、そして帝国軍第3部隊長、女騎士ウィトブリシア・アルドランの姿がその場から消えた。
光の網が消え、人質になっていた兵士は地面に転がった。何が起きたか、理解できている者は、一人もいなかった。




