エピローグ
「夜間頻尿は、気の持ちようでよくなる病気なんですよ」と妻は言った。「ね、言った通りだったでしょ?」と。
邪蛇の洞窟から、白と黒の少女に導かれ、私は自分の寝室に戻ってきた。すべては夢のようだったが、左足を見たら、龍の髭で作ったミサンガが付いていた。夢ではなかった。
時計を見たら午前二時だった。「時間はなんとかする」という龍さんの約束のとおり、私が戻ってきたのは、元の世界を離れたのと同じ日、同じ時刻だった。
私は布団にもぐり、目を閉じた。そして朝までよく眠った。夢も見ず、尿意もない、深い眠りだった。
朝起きて居間に行くと妻がいた。いつもどおり、看護師帽をかぶり、白い襟の付いた紺色の服を着て、白いエプロンを付け、赤十字のマークのついた腕章を付けていた。メンソレ〇タムの缶に描かれた少女そっくりの格好だ。
「昨日はどうでしたか?」というので「朝までぐっすりだったよ」と答えた。こちらの世界に戻ってきてからに限れば、それは嘘ではなかった。
そして、「夜間頻尿は、気の持ちようでよくなる病気なんですよ」と妻は言ったのだった。「ね、言った通りだったでしょ?」と。
妻にそう言われて、「そうだね。でも、もうあまり気にしないことにしたよ」と私は言った。
妻は少し不思議そうな顔をしたが「それがいいかもしれませんね」と言った。
その日は土曜日だった。妻は仕事に出かけた。
また日常が始まる。
あちらの世界で体験したさまざまなことについて、私は思い出していた。洞窟に飛ばされ、蛇に遭遇し、アーシャやキーリアと出会い、竜の里に行ったこと。迷宮の中を歩いたこと。龍さんと出会い、龍さんの記憶を見たこと。女騎士ウィトブリシアと出会い、王宮に行ったこと。それらの出来事を、私はきっとずっと覚えているのだろうと思った。
あるいは──
夜に見る夢のように、簡単に忘れてしまうのかもしれない。それは夢のような体験だったのだから。
(ボクはそんなことはないと思うよ)という声が頭の中で響いた。龍さんの声だった。
気のせいか?
(気のせいじゃないさ。キミはボクとつながっているんだよ)と龍さんの声が言った。
「つながってるとは?」
(文字通りの意味さ。キミの足首の龍の髭を通して、ボクたちはつながっているんだ)
「ただのアクセサリーだったのでは?」
(「今のところは」って言ったでしょ。あの後、通信機能を付けたんだ)
「なんでまた?」と私は言った。
(キミたちに記憶を見せているうちに、プラシーボの生きた世界を見てみたくなったんだ。キミの目を通して)
「はぁ」
(プラシーボの魂と一体化しているボクには、プラシーボの記憶はあるんだけど、その世界がどうなっているか、見てみたいんだ。いいだろ?キミのプライバシーは確保させてもらうよ)
「急にそんな話をされても、ねえ」
(ぼくは偽薬みたいなものさ。キミがいると信じればそこにいるし、キミが信じなくなれば、ぼくはいなくなる)
「そんなものですか」
(そんなものさ。それにぼくとつながっていればキーリアちゃんやアーシャちゃん、ウィトブリシアちゃんの様子も教えてあげられるよ)
「それはたしかに気になりますね」
(じゃ交渉成立ってことで)と龍さんは言った。(じゃ、まず秋葉原ってところに行ってみようよ!今、どんな風になってるのかな。ワクワクが止まらないよ!)
窓を開けると、天気のいい、気持ちのいい空が広がっていた。
たまには電車で遠出をするのも悪くない。
「行きますか」
(やったー!)
こうして、私の新しい日常は始まったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




