偽薬十錠め 王宮に行ったなら
私は王宮内の会議室にいた。
私の右横にはウィトブリシアさん、左にはキーリアさんが座っていた。ウィトブリシアさんの右肩には、翼の生えた丸くて金色の生き物、ドラコバーンさんがぷよぷよと浮いていた。アーシャさんはキーリアさんの後ろに控えていた。
お誕生席に、ワルドレイヒ帝国の王帝、メルク・リーケⅦ世さんが座っていた。我々の正面に大臣たちが座っていた。
どう見ても、私は場違いな存在だった。取引先の社長が出る会議に出ているような気分だった。
本日の会議の議題は、ワルドレイヒ帝国と竜の里の同盟契約の締結である。
形式通りの開会あいさつと自己紹介があった。
「こちらが勇者ヤーマダ様です」とキーリアさんに紹介された。
「ヤーマダです」と頭を下げた。「勇者などという大層なものではなく、薄毛、老眼、腰痛、夜間頻尿に悩む何の力もない普通のおっさんです」と言おうかと思ったが、場の雰囲気を考えて言わないでおいた。
「このようなしょぼくれた男が勇者だと?」とウントロイセイン侯爵が言った。我々の正面に座っている男だ。その男も初老だった。薄毛仲間じゃないか。しょぼくれ度合ではどっこいどっこいだと思う。
左を見るとキーリアさんがこめかみに血管を浮かべていた。手が震えているのは怒りをこらえているからだろう。右を見ると、ウィトブリシアさんもすごい形相でウントロイセン公爵を睨んでいた。
「帝国軍第3部隊長ウィトブリシア・アルドランよ、なぜそちらに座っているのだ」とウントロイセイン侯爵が言った。
「私は今日、帝国軍第3部隊長としてではなく、龍師匠の弟子としてここに来ている」とウィトブリシアさんが言った。「帝国での地位も名誉もすべて捨てる覚悟だ」
「龍師匠だと?」
「左様」
「何者だ」
「高貴にして迅速なるお方だ。訳あってお姿を隠しておられる」
ウントロイセイン侯爵は冷たい目でウィトブリシアさんを見た。そして王帝に向き直った。
「王帝陛下、帝国軍第3部隊長ウィトブリシア・アルドランに対して、国家反逆罪の適用を提案いたします」とウントロイセイン侯爵は言った。「命令違反を犯し、竜の里に攻め入り、帝国屈指の魔導士フロドガイルを失いました。そればかりか、我らが仇敵である竜の里との同盟契約の話を持ち帰るなど言語道断であり、国家に対する明らかな反逆です。これまでの功績に免じて温情をかける余地があるかと思っていましたが、今の態度を見て確信に変わりました。この者は我らが帝国にあだなす者です!」
ボクシングで言えば、のっけからすごいパンチが来た。ちらっと右を見た。ウィトブリシアさんは余裕の表情を浮かべていた。
「帝国軍第3部隊長ウィトブリシア・アルドラン、申し開きはあるか?」と王帝メルク・リーケⅦ世さんが言った。これは会議という名の裁判なのだろうか。
「発言の機会をいただき迅速です、王帝陛下。ウントロイセイン侯に一つ確認させていただきたく」
「許可する」
「ご厚情に感謝を。ウントロイセイン侯、先ほどの発言は、龍師匠に敵対する意思を表明するものとして受け止めてよいか?」
「ふん。敵対も何も、竜の里など力でねじ伏せればよいだけの弱小勢力ではないか」
「わかった。その言葉で十分だ。初手から敵対姿勢とは迅速だな、ウントロイセイン侯。穏便に話を進めたかったが『ぷらんB』で行かせていただく。よいな、ヤーマダ殿?」
え?
私に話を振らないでほしい。仕方なく「その方向で」と言った。
「王帝陛下、ならびにご列席の皆さま、まずはこれをご覧ください」とウィトブリシアさんが言った。
ドラコバーンさんの目が光り、会議室の空中に、宇宙に浮かぶ惑星の姿が映し出された。
「我々の住む星の姿です。海の果ては滝になっているのではなかったのです」とウィトブリシアさんが言った。王帝や居並ぶ貴族たちが目を見張った。
「らいぶ映像です」とウィトブリシアさんが言った。カメラが地表に向かって下降し、大陸を映し、王城の中の会議室を映し出した。驚愕する王帝と貴族たちの顔が映った。
「妖の業だ!これぞ逆賊の証!」とウントロイセイン侯爵が叫んだが、誰も耳を貸さなかった。
ウィトブリシアさんは「龍師匠の力の一環です。次に」と言って、窓の外に見える山脈を指さした。「ドラコバーン、あの山のてっぺんを少し焦がしてくれる?」
「オッケー」とドラコバーンさんが言った直後、遠くの山脈に巨大な雷が落ちた。それは稲妻の束を凝縮したようなすさまじい光だった。光がおさまると、山の形が変わっていた。5秒ほどしてから雷鳴がとどろいた。頑丈な石造りの王城が揺れたほどだった。
しばらくの間、誰も口を利けなかった。
「……何が言いたいのだ、ウィトブリシアよ」と王帝が言った。
「龍師匠がその気になれば、この場にいる我々すべてを粉々にできる、ということです。どのようなご決断をされるかはお任せいたしますが、龍師匠の力をご考慮に入れることをお勧めいたします」
「これは脅しではないか!今の発言こそ、ウィトブリシア・アルドランの反逆の意思を示しておりますぞ!」とウントロイセイン侯爵が叫んだ。「逆賊の言葉に耳を貸してはなりませぬ、王帝陛下!」
王帝はウントロイセイン侯爵を冷ややかに見た。
「あれほどの力を見せられて、余にどうせよというのだ、ウントロイセイン侯」
「ぐ……」
「で、どうするつもりだ、我が姪ウィトブリシアよ。私は血筋だけで王となった凡庸な男だ。我が義弟、お前の父を守り切れなかった情けない王の首でも取るつもりか」
「滅相もない、伯父上」とウィトブリシアさんは言った。「私は、龍師匠と会い、この星の姿を見て、国家間で争いをすることの愚かさを悟ったのです。私の望みはただ一つ。かつて敵であった者たちと手を取り合い、協力し、平和で豊かな世界を築くことです」
「世迷言を!」とウントロイセイン侯爵がつぶやいたが、誰も取り合わなかった。
「キーリア・ドラフォルク殿、竜の里からの提案をお聞かせ願えるか」と王帝が言った。
「まずは交易を始めさせてください」とキーリアさんは言った。
ドラコバーンさんが映像を映した。森林の画像が現れ、小さな丸に囲まれた肉、糸、飛竜の画像が次々に浮かんだ。パワーポイントのスライドショーみたいだった。
「竜の里を囲む龍の大森林は魔物資源の宝庫です。最初は魔物肉や地蜘蛛の糸で編んだ布などから始めるのがよいでしょう。輸送は里の誇る飛竜部隊が担当いたします」
「交易か。帝国からは何を出せばよいかな」と王帝が言った。
「酒やハチミツはいかがでしょう。竜の里でも作っていますが、帝国ほど品質は高くありませんので」
「わかった。他には?」
「人材交流を希望いたします」
「互いに人質を取るということか」
「いいえ。互いを知り、互いに学び合うための人材交流です。連絡の窓口にもなります。それらの任を担うものを『外交官』と呼び、外交官の長を『大使』と呼ぶのだそうです。そうですよね、勇者様?」
ぎく。
だから、私に振らないでほしい。みんなに注目されたではないか。「その通りです、キーリアさん」私は何とか答えた。
「交易に人材交流か。おもしろい。……余はこれまで戦いに勝ち、領土を広げることしか考えていなかった」と王帝は言った。「ウィトブリシア・アルドランよ、帝国軍第3部隊長の任を解く。今日からアルドラン侯爵と名乗るがよい。王位継承権と領地は元に戻す。竜の里との交渉はアルドラン侯爵に一任する。反対する者はおるか」
「反対ですぞ、王帝陛下!このような逆賊を侯爵とするなど。しかも領地まで!」とウントロイセイン侯爵が言った。「この者の父親が何をしでかしたか、お忘れになったのですか!」
「……おい」ウィトブリシアさんが言った。「言わせておけば、もう我慢がならんぞ、ウントロイセイン侯」
ウィトブリシアさんは、立ち上がると会議テーブルに足を乗せ、テーブルの上を歩いてウントロイセイン侯爵の前でしゃがみ、その顎を掴んだ。
「父上に罪を着せたのは貴様であろうに!」
「何を言うか、無礼者め!」ウントロイセイン侯爵がウィトブリシアさんの手を払いのけた。「隣国と通じ、好き放題に賄賂を受け取り、帝国を陥れようとしたのはお前の父親だ」
「それはすべて貴様がやっていたことだろう」
「盗人猛々しいとはこのことだ。証拠があるなら出してみろ」
「証拠だと?」
「王帝陛下、このような小娘の戯言を真に受けてはなりませんぞ」
「キーリア殿、お手数だが、あれを出してもらってもよいか」
「いいですよ」といってキーリアの姿が消えた。戻ってきた時、その手はメガネをかけた小男の首根っこを掴んでいた。
「迅速だな。感謝する」
メガネの小男は何が起きたかわからず周りを見渡した。そしてウントロイセイン侯爵を見つけると「兄貴!」と言った。
ウントロイセイン侯爵は目を剥き、「知らん、お前など知らん!」と言った。
「この男が証拠だ」とウィトブリシアさんが言った。「隣国でこっそり暮らしていたのを龍師匠に探し出してもらった。ウントロイセインの弟だ」
「兄貴、約束が違うぜ。俺には迷惑をかけないって言ったじゃないか」
「どういうことなのだ、ウィトブリシア」と王帝が言った。
「ウントロイセンは、錬金術師の弟に依頼し、父上の指輪印を偽造した。そして、己が隣国と交わした密約文書を封に入れ、父上の印を押して、自分の罪を父上になすりつけるための証拠としたのだ」
「申し開きはあるか、ウントロイセンよ」と王帝が言った。
「王帝陛下、このような逆賊の戯言に耳を傾けてはなりませぬ!私こそ、王帝陛下の忠実なるしもべ……」
「まだ言うかッ!」
ウィトブリシアさんはウントロイセンの前にあったティーカップを拳で殴りつけた。ティーカップが粉々になり、中に入っていた紅茶が飛び散った。「この場で貴様の首を刎ねてやってもいいのだ。しかしそれをしたのでは、恐怖政治で帝国を操ろうとした貴様と同じになってしまう。ウントロイセン、法の裁きを受けるがいい!」
ウィトブリシアさんの剣幕に驚き、ウントロイセンさんは何も言えなかった。
「ウントロイセン、貴様の裁きは別途行う」と王帝が言った「衛兵、その者どもを縛れ」
衛兵がウントロイセンさんとメガネの小男の腕を縄で縛った。
その姿を憐れむようにウィトブリシアさんはウントロイセンさんを見た。「父上がお前を拾い、育て上げ、取り立ててくれたのに、お前は恩を忘れ、あろうことか父上に罪をなすりつけた。その報いを受けよ」
「覚えておれよ、小娘。私がどれだけの力を持っているか、思い知らせてやるぞ」とウントロイセンさんが言った。
「断頭台の上で己の所業を悔やむがよい」とウィトブリシアさんが言った。「力を求め、富を求め、人の道を外れたお前は、そのためにすべてを失うのだ」
「連れていけ」と王帝が言った。衛兵がウントロイセンさんとメガネの小男を会議室から連れていった。
「内輪のことで見苦しいものをお見せしたな」と王帝が言った。「さて、話を戻そうか。我が妹の忘れ形見、ウィトブリシアよ。アルドラン侯爵として、竜の里との交渉役を一任したいのだが、受けてくれるだろうか」
「伯父上、いえ、王帝陛下」ウィトブリシアさんは言った。「謹んでお受けいたします。帝国のアルドラン侯爵である以前に、龍師匠の弟子であるのでよろしければ」
「それで構わん」と王帝は言った。「第3部隊はお前の好きに使うといい。もともと、アルドラン侯爵領に仕えていた騎士と領民でできた、お前の私兵みたいなものだ」
ウィトブリシアさんは顔をあげた。目には涙と喜びが浮かんでいた。
「……これで父上も浮かばれる」
こうして私はほとんど出番のないまま、王帝とキーリアさんが同盟の書面にサインするのを見届けて、ウィトブリシアさんの屋敷に戻ったのだった。
* * * * *
ウィトブリシアさん、キーリアさん、アーシャさんといっしょに、私は邪蛇の洞窟にいた。私はパジャマに着替えていた。
洞窟には邪蛇がいた。しかし、私たちを見ても、じっとしていた。
「襲ってきませんね」と私は言った。
「ボクの本体が力を取り戻したおかげだね」とドラコバーンさんは言った。「邪蛇もコントロールできている」
洞窟の地面に私の布団が敷きっぱなしになっていた。布団とパジャマにキーリアさんが浄化魔法をかけてくれた。おかげで汚れていたパジャマも元通りきれいになった。
「王宮での交渉がうまくいったのはヤーマダ殿のおかげだ。あらためて礼を言う」とウィトブリシアさんが言った。
「いえ、私はいただけです。私はあの場にいる必要があったんでしょうか」
「龍師匠は、竜の里と帝国の進む道筋をヤーマダ殿に見せたかったのだろう、なあ、ドラコバーンよ」
「ボクは何も知らないよ。分体だから」とドラコバーンさんは言った。
「これからのことを考えると不安になります」とキーリアさんが言った。「これまでいがみあっていたヒト族と竜人は、ほんとうにうまくやっていけるのでしょうか」
「キーリア姉ちゃんは心配性だな。やる前からそんなんでどうするんだよ」
「きっとうまくいくさ、キーリア殿」とウィトブリシアさんが言った。「我々が信じないでどうする」
「そうですね。信じることが力になるのでした。私も、もっと確りせねば!」
そうだ。信じることが力になるのだ。信じたからこそ、私はこうして家に帰ることができるのだ。
「こんなところまでお見送りに来てもらって悪いね」と私は言った。
「いえ、龍神様のくださった力のおかげで、どこにでも転移可能ですので」とキーリアさんが言った。
「ほんとに行っちゃうのか、ヤーマダ」とアーシャさんが言った。「さみしくなるぜ」
「そろそろ帰らないと妻が心配するんだよ」
「時間はなんとかするって龍神様が言ってたぜ」
「アーシャ、勇者様を困らせるものではありませんよ。アーシャにはもっと確り者になってもらい、私を支えてもらわないと」
キーリアさんは私の手を握った。「勇者様、また遊びに来てください。今度はご家族もごいっしょに!」
「いやー、電車で来れたらよかったんだけどね」
「勇者様のおかげで、この世界は救われたのです!ほんとうにありがとうございました!」
「私はただ、いただけだよ」
「ヤーマダ殿は迅速だった。感謝している」とウィトブリシアさんも言った。
「またスープ食わしてやるから、いつでも来いよ」とアーシャさんが言った。
「アーシャ、泣くんじゃありません。勇者様が去りづらくなるではありませんか」
「そう言うキーリア姉ちゃんだって泣いてるじゃんかよお」
「慕われたものだな。ヤーマダ殿」とウィトブリシアさんが言った。
「じゃ、そろそろ行きますね」と私は言って布団に入った。
「ドラコバーンさん、お願いします」と私は言った。ドラコバーンさんが「オッケー」と言って、私の入った布団の上に静止し、光り始めた。
私の布団の下の転移陣が輝き始めた。3人は転移陣から離れた。
「じゃ、行くよ。3、2、1、だーっ!」ドラコバーンさんの掛け声とともに周りが真っ白になった。
光の中に白い少女がいた。偽薬の錠剤のような、白い少女だった。否、その少女の手と脚には黒いウロコがあり、黒い尻尾が生えていた。少女は私に手を伸ばした。私はその爪の生えた手を取った。そして──
私は寝室にいた。元の世界の、いつも寝起きをしている私の寝室だった。




