晴れた日に、雨宿り
私の住んでいる町の片隅に、小さなバス停がある。
誰が置いたのか分からない棚がひとつあり、古びた本が並んでいる。
貸出の決まりも、記録帳もある。
まるで、小さな図書館だ。
私はそのバス停を使わない。
いつも前を通り過ぎるだけだった。
ただ、雨の日に本を開く人の姿だけが、なぜか記憶に残っていた。
放課後、急な雨に追われて、はじめてそこに駆け込んだ。
制服の袖が濡れ、息が白い。
棚の隅に置かれた貸出記録帳を、何となく開く。
ページをめくった瞬間、指が止まった。
見覚えのある名前。
もうこの町にはいない、あの人の名前だった。
胸の奥が、ひくりと鳴った。
棚から一冊の本を抜き取る。
ページをめくる音に、雨音が重なる。
最後のページに、鉛筆の文字が残っていた。
消えかけていて、はっきりとは読めない。
「……が、すきだ」
名前の部分だけが、薄く削られている。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
呼ばれていないのに、返事をしてしまいそうだった。
本を閉じると、手のひらが少し湿っていた。
あのころ、じゃれ合って、からかい合って、笑い合っていた。
その時間だけが、雨の中から浮かび上がる。
鉛筆の跡は、今にも消えてしまいそうだった。
それでも確かに、そこにあった。
それから私は、晴れた日にもこのバス停に立ち寄る。
まるで、晴れた日に雨宿りをしているみたいに。
雨を待っているわけじゃない。
本を読むためでもない。
消えかけた文字が、まだ残っているか確かめてしまう。
それだけだ。
バス停の小さな図書館。
雨の日も、晴れの日も、
私はまだ、そこから離れられない。




