4(完結)
ロザリンドの健康管理は続いた。
朝昼夕の決まった時間の食事、カロリー管理、食事内容の見直しは厨房やメイドの協力で順調だった。
物足りない、空腹感が出る時もあり。
「そんな時に私の出番だ!」
おからクッキーが増殖してロザリンドの口へと入り彼女の腹を満たした。
運動も徐々にアップしている。
薔薇園までの散歩でロザリンドは何往復かできるようになった。
足が痛くなる日もあり、メイドのベスが丁寧にマッサージをしてくれる。
「お嬢様、こんなものを作ってみました」
ベスが作った膝を保護するサポーターは妙にしっくりときた。
「有酸素運動は順調だ! 次はレジスタンス運動に挑戦だ」
いわゆる筋トレである。
だが、急な負荷は危険だ。
おからクッキーが提案したのはゆったりとした自重筋トレだった。
椅子を利用した軽いスクワット、壁に手をついて壁プランクなど。
ロザリンドができそうな運動を模索していく。
1ヶ月、1から2kgを目安に減量を。
時にはリバウンドしたり、減量が止まることもある。
くじけそうになった時、ロザリンドは庭園へと向かった。
「おすすめの花はあるかしら?」
ジョンに尋ねると彼は嬉しそうに答えてくれた。
花を愛でるロザリンド、それを眺めるおからクッキーは心なしか微笑んでいた。
この数ヶ月、ロザリンドは自分を見直す時間を作れていた。
「おぉ、ロゼよ。何て姿に。こんなにやつれて可哀想にっ!?」
辺境から帰ってきた父、アルベルト・ヴァーレンはあまりの変わりように涙を流した。
「おのれ、王太子め! 陛下に文句を言ってやる!」
今にも飛び出しかねない父をロザリンドは止めた。
「お父様、もういいんですの」
「だが、こんなにやつれて」
「今までが太りすぎだったのです」
ロザリンドは微笑んだ。こんな穏やかな笑顔はいつぶりだろうとアルベルトはどきりとした。
「大丈夫です。それより、私、体を動かすのが楽しくなって……もう少し痩せられたら乗馬もしてみたいです。お父様もどうですか?」
「ロゼ……勿論だとも」
じわっと感動したアルベルトは全面的にロザリンドの食事運動療法を支援した。
それから数日後、王太子との婚約破棄の書類が正式に届いた。
随分時間がかかったな。
「まだ未練があるか?」
おからクッキーは尋ねる。
ロザリンドは笑った。
「ううん、妙に軽くなった気がする」
元々ロザリンドには王太子妃は合わなかったようだ。
新しい婚約者のセシリアは公爵令嬢だし、うまくやっていることだろう。
それから1年後、ロザリンドの元に現れたのはセシリアだった。
「もう、無理、限界」
妙に疲れているように思える。
彼女は、レオポルド王太子との婚約を解消したそうな。
どうやらレオポルド王太子が思った以上に仕事ができずその皺寄せを受けていたようだ。
その上で彼をよいしょしておだてなければ、モラハラを受けて面倒くさい。
おかげで肌艶が以前より優れなくなった。
少しだけ腰回りにお肉がついてしまった。
「あなたがあんなに太った理由がわかりましたわ。なのに、私はあなたを豚令嬢と一緒に笑った……恥ずかしい」
セシリアは頭を下げた。
「ごめんなさい」
セシリアの震える声から彼女の反省がみえてロザリンドは微笑んだ。
「あの時の悲しさは消えませんが、あなたの謝罪は受け取ります」
少しだけ会話をしてみるとほとんどがレオポルドへの愚痴だった。
「それにしても、ロザリンドさん。あれから随分変わられましたね。痩せて、お肌も綺麗で」
まだロザリンドの体重は120kg台。
それでもあの婚約破棄の時に比べたらすっきりして見えるだろう。
「食事と運動を見直しました。ストレスも減り」
「わかるわっ、あれは普通の生活を保てませんわよね」
セシリアは涙ながらに頷いた。
彼女とは妙な縁を持ち、手紙のやりとりをするようになった。
サロンを開くことを提案され、健康を維持するサロンを開いてみると思った以上に楽しかった。
「忙しくなって大丈夫か?」
おからクッキーが心配する。
ロザリンドが体重増加したのは忙しさによるストレスだ。
「大丈夫ですわ。すごく楽しいの」
勿論食事療法、運動療法はかかさない。
それから4年の月日がたつ。
「オープン!」
おからクッキーがロザリンドのステータスをみる。
「62kg、おめでとう! 目標達成だ」
おからクッキーは増殖して、10枚の力を合わせてお手製クラッカーを披露した。
「体脂肪率も筋肉量もいい! 血糖、血圧、脂質もクリアだ!」
「びっくりしたわ。時間はかかったけど、こうしてブティックのドレスを試着できるまでになるなんて」
ロザリンドは夢のようだと叫んだ。
「夢ではない。君の努力のおかげだ。さぁ、1ヶ月後の舞台の準備といこうじゃないか!」
そして私の役目が終わるな。
おからクッキーは悲しげに笑った。
◆◆◆
王室主催のパーティーに、一人の美女が現れた。
ふわふわの栗色の髪、青いドレスを着た妙齢の女性。
くりっとした翡翠の瞳が魅力的で、あれはどこの夫人だ、令嬢だと騒がれた。
名前を聞いて皆が仰天した。
ロザリンド=エヴァンジェリン・ヴァーレンだと誰が思っただろう。
最後に世間に姿を見せたのは150kgの巨体、豚令嬢と揶揄された姿だった。
「おお、何と美しい!」
彼女をみて虜になったレオポルド王太子が現れた。
実は彼は内心慌てていた。
このまま彼を支える妃がいなければ、国の将来を憂いる父王から廃嫡され王弟が王太子になるからだ。
そこに現れたのは好みの美女ではないか。
「どうか私とファーストダンスを」
ロザリンドは微笑んだ。
「私は殿下より婚約破棄された身です。その栄誉はどうか他の花に」
ようやくロザリンドと気づいたレオポルドは顔を真っ赤にした。
ロザリンドはそのまますすっと王太子の前から消えた。
残された王太子に近づく者は誰一人いない。
「あー、あの顔はスカッとしましたわ!」
バルコニーでシャンパンを煽るロザリンドはおからクッキーに声をかける。
「お腹すいたわね」
「なら、私を食べたまえ」
「いただくわね」
ロザリンドはぱくりと食べる。
「これもあなたのおかげよ」
そう言いながら増殖するおからクッキーを探すが、彼の姿はない。
『役目を終えたから増殖スキルがなくなったんだ』
頭の中に響く彼の声。
「そんな、嘘でしょ」
『この5年、私は楽しかったよ。君はもう大丈夫みたいだし、私がいなくても体を維持する知識と忍耐力を得た』
「待ってよ!」
震えるロザリンドは叫んだ。
だってこんな急に別れが来るなんて思わなかった。
『大丈夫。私のチート能力の一部は君の中で残される。君が食生活を気をつけ続けばGLP1は分泌しつづける』
「おからクッキー」
はじめて呼ぶ声に彼は笑ったように感じた。
『僕を食べてくれてありがとう』
前世で食べられないまま捨てられた時とても悲しかった。
だからロザリンドが食べてくれて嬉しかったよ。
君をずっと見守っているよ。
それからロザリンドはおからクッキーから譲り受けた知識を元に肥満治療学を立ち上げた。
その前に王立医学院を首席卒業する苦労があったが、彼女は耐えられた。
なぜなら彼女を見守るおからクッキーがいるから。
(おわり)
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