火星の夜明け
ライブが終わり、歓声がゆっくりと静まっていく。
しかし、広場にはまだ熱が残っていた。
人々の胸の内で、音の余韻がやわらかく脈打っているからだ。
ステージのライトが少しずつ落ち始めたその時――
広場の東側、都市を囲む透明ドームの向こうで、
赤く染まった地平線が、ほんのわずかに揺らいだ。
最初に気づいたのは、子どもだった。
「……あ、朝だ。」
その声に導かれるように、
何百という人々がゆっくりと空を見上げる。
■火星の朝焼け
ミネルヴァの空に、淡い金色がにじむ。
薄い大気を通したその輝きは、
地球の朝よりも淡く、けれどどこか澄み切っていた。
高空には、火星のふたつの衛星――
フォボスとダイモスが静かに流れていく。
それは、まるでこの星そのものが
静かに拍動しているかのようなリズムだった。
夜の冷気がわずかに揺れ、
薄紅の光が観衆の頬にそっと触れる。
誰かが息を飲む。
誰かが手を握りしめる。
誰かは、涙を拭う。
言葉はない。
だがこの瞬間だけは、
広場にいた全員が“同じもの”を見ていた。
■ステージの三人
涼子はマイクを下げたまま、
歌い切った余韻の中で空を見上げる。
玲美は胸に手を当て、
火星の光が視界に滲むのを止められない。
イオンはヘッドセットを外し、
まるで“今の音を心に保存する”ように目を閉じた。
彼女たちが刻んだ歌は――
確かに、この世界に届いたのだ。
■“文化の夜明け”
人々の視線の先で、
火星の空がゆっくり、確実に明るくなっていく。
この星に来たとき、
誰もが文化を語る余裕など持っていなかった。
生存、維持、管理――
未来は常に作業の延長線にしか見えなかった。
だが、いま。
歌が、火星を包んだ。
声が、街を揺らした。
誰もがこの瞬間に息を合わせた。
それは、この星にとって――
**初めての“文化の夜明け”**だった。
朝光に照らされた広場には、
さっきまでのざわめきとは違う静けさが満ちていた。
新しい一日が始まる。
新しい火星が始まる。
《火星の夜明け ――世界が聴いた日》




