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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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オーディション会場

白い照明が均一に降り注ぐ待合室。

壁は無機質な銀灰色で、空調の音だけがわずかに響いている。

その静寂の中、三人の候補者が並んで座っていた。

——後に「ミネルヴァ・クルー」と呼ばれる少女たちの、最初の邂逅だった。


宝崎玲美、十六歳。

黒のショートジャケットに身を包み、左耳のイヤーカフが白光を反射している。

脚を組み、スマホのスクリーンを指先で滑らせながら、AIニュースを無表情に読み流していた。

その眼差しは冷静で、まるでこの場所すらも観察対象にしているかのよう。

何かを恐れるよりも、何かを“見抜く”ことに慣れた目をしていた。


その隣で、小さなリュックを抱えて座っているのが、長澤香菜、十五歳。

制服のリボンがわずかに曲がっていることに気づいて、指先で直そうとしてはやめる。

落ち着かない足が床をすり、揃えた膝の上の手がきゅっと握られていた。

視線は壁のポスターや天井のライト、そして玲美のスマホ画面へと絶えず動く。

興味と緊張がせめぎ合う、まだ“未知”を恐れきれない瞳。


最後に——風海涼子、二十四歳。

白いシャツに黒いパンツという、地味な出で立ち。

隣の二人と並ぶと、その年齢差が際立つ。

だが、背筋はまっすぐで、どこか“舞台を知る者”の気配があった。

落ち着いたようで、心の奥には小さな炎がまだくすぶっている。


壁際の時計が、静かに分を刻む。

誰も言葉を発しないまま、時間が流れる。

けれど——ふとした拍子に、香菜が勇気を出して口を開いた。


香菜「……あの、すごいですね。ここまで来た人、三人だけなんて。」


玲美は顔を上げずに短く答える。


玲美「倍率がどうとか、もう関係ないでしょ。

受かるか、落ちるか、それだけ。」


その現実的な言葉に、香菜が目を丸くする。

涼子は、二人の間で微かに笑った。

懐かしい光景だった。

——初めて会うのに、どこかで見たような夢の入り口。


涼子「……そうだね。でも、“星”って言葉、なんか気になるよね。」


玲美がスマホを閉じ、ようやく視線を上げた。

その眼差しは、ガラス越しの空を見ているように冷たく澄んでいた。


玲美「“星”ね……現実離れしてる。企業の実験か、宣伝企画じゃないの?」


香菜「でも、本当に星に行けるなら……ちょっと、ロマンチックじゃないですか?」


玲美が小さく鼻で笑う。

涼子は、ふと天井を見上げた。

無機質な白の中に、まだ見ぬ“空”を思い描くように。



“星に行ける……?

まさかね。でも、もし本当に行けるなら——

そこでも、私は歌えるのかな。”


廊下の奥、ドアのランプが点灯する。

「次の方、どうぞ」という機械音声が響く。


そして三人の視線が、静かに交錯した。

それは偶然のようでいて、運命の序章だった。


白いロビーに、空調の低い唸りが響く。

三人の間に、微妙な沈黙が流れていた。

その空気を破ったのは、宝崎玲美だった。


腕を組み、脚を組み替えながら、冷めた声で言う。


「ねぇ、これ……本当に“オーディション”なんだよね?

なんか、医療施設みたいじゃない?」


壁も床も、清潔すぎる白。

待機ベンチの配置も、無駄がないほど整然としている。

それは芸能事務所の会場というより、

被験者を待たせるラボのロビーのようだった。


おずおずと香菜が口を開く。

両手を膝の上でぎゅっと握りしめながら、声を絞り出す。


「で、でも……募集要項に“宇宙的才能を求む”って……書いてありましたよ?」


玲美が片眉を上げる。


「それが余計に怪しいのよ。“宇宙的”って何よ。」


「……宇宙でライブ、とか……?」


香菜が言って、少しだけ照れ笑いする。

玲美は肩をすくめ、皮肉っぽく笑った。


「火星でアイドルでもやる気?」


その言葉に、ふっと笑い声が漏れる。

重い空気が、少しだけ緩んだ。


だが、涼子は笑いながらも、

胸の奥に、微かな違和感を感じていた。


——“火星でアイドル”。

冗談のはずなのに、その響きがなぜか耳に残る。



“星に行ける……?

まさか、そんなこと本気で言ってるわけじゃないよね。”


涼子はゆっくりと視線を上げる。

ロビー上部の大きなガラス天井——

そこから見える昼空の中に、

薄く赤く光る一点があった。


霞の向こう、かすかに滲む赤。

それは、火星が昼間でも見える季節の証だった。


彼女の胸の奥で、

“まさか”と“もしかして”が静かに交差する。


玲美はため息をつき、香菜はまだ瞳を輝かせている。

そして涼子は、何かが始まろうとしている気配を感じていた。


——この奇妙な“オーディション”の先に、

本当に“星”があるのかもしれない。


天井のスピーカーが、微かなノイズを伴って点灯する。

静まり返ったロビーに、合成音声のアナウンスが響いた。


「参加者番号A-01からA-03の方、面接室へお進みください。」


その声は妙に静かで、

人の声に似ているのに、どこか体温のない響きだった。


三人の肩が、ほぼ同時に小さく動いた。

香菜がリュックの紐を握りしめ、

玲美が無言で立ち上がり、

涼子も少し遅れて席を立つ。


白い床を踏むたびに、靴音が反射して響く。

廊下の先、厚いガラス扉の向こうに

淡い光が差し込んでいた。


——光。

だが、それは太陽のような温かさではなく、

どこか無機質で、人工的な白。


涼子の胸が高鳴る。

音が、遠くからこだまして聞こえる。

呼吸が浅くなる。

一歩進むごとに、世界の輪郭が少しずつ曖昧になっていく。


香菜は震える手をぎゅっと重ね、

それでも前を向こうとしていた。

玲美は振り返らず、

まるで行き先をすでに知っているかのように、

まっすぐその扉へと進む。


やがて、ドアが自動で開いた。

白い光が三人を包み込む。

音が、ふっと消えた。


——その瞬間、

彼女たちはまだ知らなかった。


この“オーディション”が、

地球で行われる最後の試験になることを。

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