静寂に沈む広場――“音の断絶”
イントロが始まろうとした瞬間だった。
巨大スクリーンが、まるで誰かが息を飲むような「パチッ」という小さな音を残し、闇に沈んだ。
同時に音声ラインが一斉に落ち、ステージの周囲にあった全てのスピーカーが、瞬く間に“死んだ装置”のように沈黙する。
次の一秒、広場の上空にかすかに浮いていた残響すら、
金属フレームや照明タワーに吸い込まれて消えた。
――音が、世界から抜け落ちた。
火星の薄い大気はもともと静かだ。
しかし今の沈黙は、自然のそれではなかった。
広場そのものの“呼吸”が止まったかのような、不自然な真空だった。
ざわ……。
最初に声を漏らしたのは、舞台の手前で機材ケースを抱えていた技術者だった。
続いて、酸素タンクを持った補助スタッフ、子ども、医療班――
数百の視線が上を泳ぎ、疑念が波紋のように広がっていく。
「え……止まった?」
「故障?」
「いや……違う。これは……」
「規制だ……またかよ……」
期待に満ちた表情が、一人また一人と色を失い、
不安と恐れがゆっくりと広場を覆っていく。
ステージの上。
照明だけが、三人を切り取ったように照らしていた。
玲美は、ちょうど歌い出すために吸い込んだ息を、宙に残したまま固まっていた。
その息は行き場をなくし、胸の内で重く滞る。
ほんの一瞬、――声を失ったあの日の感覚がよぎった。
イオンはヘッドセットに触れる。
反応はない。ただ、自分の心拍だけが耳の奥で不自然なほど大きく響く。
彼は眉をわずかに寄せ、ステージの縁へ視線を送った。
そして――涼子。
ギターの弦に触れていた指先がぴたりと止まり、
音を失った広場を見渡しながら、ほとんど呟きにも満たない声を洩らす。
「……届かないの?」
その言葉だけが、無音の空気に“生きて”響いた。
広場で唯一の、確かな声だった。
その瞬間、遠くの運用システム塔。
上部に設置された警告灯が、赤く、ゆっくりと点滅を始める。
赤光が塔の金属外壁を染め、
広場へ鋭い影を刻む。
それはまるで――
「ここから先は禁じられている」と告げる刃。
誰も口にはしなかった。
しかし広場にいた全員が理解した。
“当局が切った”。
火星の夜が、冷たく締めつけてくるようだった。




