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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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ルークとミラのハッキング作戦

メンテナンス棟の奥は、薄い霧のような冷気が漂っていた。

旧式サーバーの唸る低音が、心臓の鼓動に似た周期で震えている。


ルークは無造作に道具箱をひっくり返した。

金属の音が床に散り、古い端末や手製ケーブル、剥き出しの電源ジャックが転がる。


「……ったく、全部骨董品じゃねぇか。」

文句を言いながらも、指先の動きは迷いなく速い。

床に広げた機材を次々に組み合わせ、即席の作業台を組み立てていく。


ミラは部屋の中央に立ち尽くしていた。

彼女の視線は空中の一点に固定されている。

――巨大スクリーンがブラックアウトした、あの瞬間。


観衆が息を呑む音。

子どもの震えた声。

そして……奪われた“音”。


胸に刺さった痛みが再び蘇り、指先が震える。


ミラ(心の声)

「また……また“音”が奪われるのを、黙って見ているの……?」


肩がわずかに震え、呼吸が浅くなる。


そのとき、ルークが振り返り、軽く顎で椅子を示した。


「来いよ。落ち込むのは後でだ。」

「今はぶっ壊すほうが先だ。」


その声音には怒りでも焦りでもなく、

ただ真っ直ぐな決意だけがあった。


ミラは息をのむ。

肺に冷たい空気を満たし、ゆっくりと吐き出す。


そして、足を一歩踏み出した。


椅子に腰を下ろした瞬間――

彼女の中で、何かが静かに切り替わった。


もう視線は揺れない。

音を奪われたくないなら、奪われない世界を自分で作るしかない。


ルークは彼女の決意を確認するように、横目で見て笑った。


「よし。じゃあ始めるぞ、ミラ。」



メンテナンス棟の照明は不安定に揺れていた。

古い蛍光灯が「チッ……チッ……」と瞬き、そのたびに影が震える。


ルークが端末の主電源を叩くように押し込むと、

モニターが咳き込むように一度明滅し――

すぐに真紅のログが流れ始めた。


【アクセス拒否】

【検閲プロトコル起動】

【通信ブロック:レベル4】

【非承認パケット遮断】


画面全体が警告色に染まり、

まるで「近づくな」と訴えているようだった。


ミラは顔をしかめつつ、手袋型インタフェースを引き寄せる。

その外装は傷だらけで、パーツの継ぎ目には彼女自身の補修跡が残っていた。

元は軍用の通信制御装置――

だが今は、彼女の“楽器”だった。


手にはめた瞬間、指先から微かな振動が伝わってくる。

脈打つような、暗号鍵の“密度”そのもの。


「当局の防壁、厚すぎる……!」

ミラの声が低く震える。

「こんな仕様、聞いてない。」


ルークは冷静だった。というより、楽しんでいるように見える。


「厚けりゃ薄くするだけだ。」

彼はキーボードを叩きながら、指でリズムを刻むように机を叩く。

「ほら、“呼吸”みたいに。リズムを合わせろ。」


その言葉に合わせるように、

部屋の警告ランプが“カッ…カッ…カッ…”と赤く点滅し始めた。

まるでルークの打つキーが指揮を取っているかのように。


ミラは唾をのみ、深呼吸した。

肺の奥まで酸素が入り、意識が澄んでいく。


「……っ、いける。」


目を開き、手袋越しにデータ流の鍵へ触れた瞬間――

脳裏に構造が“音”として響いた。

硬質で、閉ざされ、しかし規則的に繰り返される暗号のパターン。


ミラが指を動かすたび、

手袋のセンサーが微かに光り、

暗号鍵の層が一枚、一枚、削り取られていく。


「そうだ。」

ルークが笑う。

「そのまま、リズムに乗れ。ブロックのビートをずらせば、必ず隙ができる。」


ミラの呼吸と、暗号鍵の波形が――

少しずつ、同じテンポになっていく。


緊迫の中にも、不思議な音楽性があった。

データは息をし、二人の手が奏でる“突破の旋律”が部屋を満たしていく。


そして――

最初のフィルタが、静かな音を立てて崩れた。

端末のディスプレイいっぱいに、砂嵐のようなデータの奔流が渦を巻いていた。

白と黒の粒子が踊るその波形は、まるでノイズ化した海流――

ミラの指先に応じて、その流れが微妙に形を変えていく。


ルークは画面を斜めに見上げ、片眉を上げた。

「いいぞ……周波数が合ってきた。」


低く抑えた声だったが、確かな手応えがにじんでいた。


ミラは短く息を吐き、

ほとんど自分に言い聞かせるように囁く。


「……彼女たちの音、止めさせない。」


その声には震えが混ざっていた。

けれど、指先の動きには一切の迷いがなかった。

インタフェース越しに、暗号鍵の層を撫で、掴み、ねじり、破る。

そのたびに画面の右側――【検閲フィルタ:解除】の小さなアイコンが

“ピッ”という軽い電子音とともに青へと変わっていく。


ひとつ。

またひとつ。


青い光が、夜の海に灯る漁火のように増えていく。


ルークはその様子を見て、ふっと口角を上げた。

「もうすぐ中枢に届く。」

彼は指を三本、軽く立てて見せる。

「あと……三枚だ。」


その瞬間、二人の呼吸が揃った。

ルークのキーストロークと、ミラの指の動きが

まるで同じ曲を演奏しているかのように完全に同期していく。


機械の唸り、データのさざめき、警告灯の点滅。

すべてが、二人の“突破”に向けて鼓動しているようだった。


画面の端で、赤い光が炸裂した。

パッ、パパッ、と稲妻のようなフラッシュが走り、

データ波形は一気に乱流へと変わる。


【不正アクセス検知】

【逆探知プロトコル起動】


冷たい警告音が室内に叩きつけられ、

ミラの端末は悲鳴のように高音を上げた。

電源コイルが過負荷を起こし、

「ジリッ」と小さな火花が飛ぶ。


ミラ「くっ……時間がない!」


ミラの声は焦りに震え、

手袋型インタフェースの上で指が一瞬止まる。


ルークは、それを見て短く舌を打った。

「だから呼吸だって言ってんだ。焦るな、ミラ。」


言うや否や、彼は足元のケーブル束に飛びついた。

手探りで一本のラインを抜き、

別ルートの電源ジャックに“直結”する。


バチッ!


部屋中のライトが同時に明滅した。

白光に照らされた二人の影が、

壁に巨大に、ゆらりと揺らぐ。

まるで戦場の火の中で踏み込む兵士のように。


ミラは光の揺らぎの中で、

一瞬だけ目を閉じた。


迷い、恐怖、そして――決意。


静かに息を吸い込み、言葉を落とす。


ミラ「……やるしか、ない。」


次の瞬間、彼女の指は再びキーボードを叩き始めた。

その動きは先ほどよりも速く、鋭く、もう揺らぎがなかった。


画面の中央で、最後の赤いフィルタが震える。

ルークも隣で一気にコードを入力し、

データの奔流を二筋の刃で切り裂くように押し広げる。


警告音が一段高く鳴り――


ピッ。


【最終検閲フィルタ:解除】


その表示が、澄んだ青へと変わった。

室内の騒音が一瞬だけ、嘘のように静まり返る。


二人は息を呑んだまま、

青く光るその文字を見つめていた。


データの海が、突然静かな“解放”のうねりを起こした。

画面に走っていた無数の赤いプロトコルが、

ひとつまたひとつと音もなくほどけていく。


鎖が外れるように、火星全域の通信ルートが

青い光の線となって広がった。


ルーク「……よし。あとは送信ルートを繋ぐだけだ。」


彼は肩の力を抜きながらも、目だけは鋭いまま。

まだ何かが飛んでくるかのように、指をキーボードの上に浮かせている。


ミラは息を整えながら、ぽつりと問う。


ミラ「広場のスクリーンを……もう一度、生かせる?」


ルークは鼻を鳴らし、口元にわずかに不敵な笑みを浮かべた。


ルーク「生かすだけじゃねぇ。」

「全火星に響かせてやる。」


その声には、確信しかなかった。


ミラは静かに頷き、最後のコマンド入力に取りかかる。

キーを叩く指先は、もう迷っていない。

音楽を取り戻すための、一点だけを見ている。


──カチッ。


指がキーから離れたその瞬間、

端末の警告ランプが赤の点滅をやめ、

まばゆい白光へと切り替わった。


【通信封鎖:解除】

【パブリック回線:開放】


画面が白く静かに脈打つ。


二人は同時に、長く閉じていた呼吸を吐き出した。

肩が一気に落ち、張り詰めていた空気がほどけていく。


ミラは震える声で、しかし笑って言った。


ミラ「……間に合った。」


ルークも椅子に深く沈み込みながら笑う。


ルーク「間に合わせたんだよ、俺らが。」

端末の冷たい光だけが灯るメンテナンス棟に、

ふいに――地を揺らすようなどよめきが届いた。


ルークが顔を上げる。

ミラも息を呑み、その音の方向へ耳を澄ませる。


遠く離れた広場。

そこから、歓声とも叫びともつかない“うねり”が伝わってくる。


――スクリーンが点いたのだ。


その確信は、言葉よりも早く胸に落ちてきた。


ミラはそっと震える手を見つめ、

ゆっくりと膝の上へと下ろす。


ミラ「……間に合った。」


その声には、涙と安堵と誇りが入り混じっていた。


ルークは唇の端を上げ、

工具の散らかった机にもたれながら言う。


ルーク「ほらな。音は止められない。」


その言葉が放たれた瞬間、

二人の端末に表示された波形がふっと光を帯びる。


復旧したライブ映像の音声データ――

玲美たちの息遣い、ギターの余韻、

スタジオの空気が波紋のように広がり、


まるで“呼吸”しているかのように、

波形はゆっくり、確かに脈打っていた。


ミラはそれを見つめながら、

胸の奥で同じリズムを感じていた。


──まだ続いている。

──音は、生きている。







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