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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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5/13

夜明けのベランダ

――早朝四時。

夜と朝の境目。


風海家の二階、窓の外はまだ夜の色を残していた。

街は静まり返り、遠くで電車の通過音が細く響く。

その音さえ、眠りについた世界を起こさないように慎重だった。


ベランダの外気は鋭く冷たい。

涼子は毛布を肩にかけ、そっとカーテンを開いた。

白い息が漏れ、空気に溶けて消える。


街全体が淡い青に染まっていた。

家々の屋根の上に、夜の名残がうっすらと残り、

東の空だけが、かすかに白んでいく。


――世界が“目を覚ます”直前の時間。


その静けさの中で、

涼子はただ、立ち尽くしていた。

夜の終わりと朝の始まりが交わるその瞬間、

何かが新しく動き出す音を、確かに感じていた。



ベランダの柵に手を置く。

金属の冷たさが、掌をじんと刺した。


見下ろす通りには、誰の姿もない。

信号機の青だけが規則的に瞬き、

人のいない交差点を淡々と照らしている。


電柱の先、東の空がうっすらと白んでいた。

夜の闇がわずかに薄まり、

世界が静かに“朝”へと滑り出そうとしている。


空の奥では、いくつかの星がまだ名残を惜しむように瞬いていた。

その小さな光の点が、まるで遠い記憶のように

彼女の胸の奥に残っていく。


――こんなに静かな空を見上げるの、いつぶりだろう。


涼子はゆっくりと顔を上げた。

夜の残光の中で、ひときわ赤く光る一点が目に映る。

昨日も、眠る前に見たあの赤。


火星――。


その名を、心の中でそっと呼ぶ。

遠くて、届かないはずの星。

けれど今夜だけは、ほんの少しだけ

近く感じられた。


涼子は肩に掛けていた毛布を、もう一度ぎゅっと引き寄せた。

冷たい空気が頬を刺し、髪の先を揺らす。


しんとした空気の中で、彼女は夜空を見上げる。

星々の光はもう薄れかけていたが、

あの赤い一点だけは、まだ確かに瞬いていた。


胸の奥が、静かに熱を帯びていく。

失ったものの重さよりも、

もう一度何かを掴みたいという想いが、少しだけ勝った。


涼子は息を吸い込み、

吐く息の白さに紛れるように、小さく呟いた。


「……私、もう一度だけ賭けてみる――」


指先がかすかに震える。

毛布を握る手に力が入る。


「たとえそれが、どこの星でも。」


その声は風に乗り、静かな空へと消えていった。

けれど、その瞬間――

東の空の白が、ほんのわずかに強くなる。


まるで彼女の言葉に応えるように、

夜が、静かに朝へと変わり始めた。


東の空がゆっくりと白み、

その淡い光が街の輪郭を少しずつ浮かび上がらせていく。


凍えるような空気の中、

ベランダの手すりが、かすかな陽光を受けて鈍く光った。

涼子の頬にも、わずかな温もりが戻る。


彼女の背後――開け放たれた窓の向こう、

部屋の奥に置かれた黒いマイクケースがある。

そこにも、朝の光が差し込んだ。


金属の金具が一瞬だけ、ぱっと輝く。

まるで眠りから目覚めるように、

静かな部屋の中でそれだけが、生きている。


涼子はその光を見つめ、

何も言わず、ゆっくりと目を細めた。


――新しい光が、彼女の世界に差し込む。


それは希望ではなかった。

栄光でも、奇跡でもない。


ただ、“始まり”の光。


けれど、それだけで十分だった。


朝の光に、涼子はそっと目を細めた。

まぶしさに耐えるというよりも、

その光を確かめるように、静かに。


ベランダの上、風がやわらかく毛布の裾を揺らす。

眠り続けていた街が、少しずつ色を取り戻していく。



夜と朝の境界に、

ひとつだけ残った赤い光。

それはもう星というより、“呼びかけ”のようだった。


涼子の瞳が、確かにその光を見つめている。

風の音。静寂。


「星の音が聞こえる頃(Stellar Note)」




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