拡散 ― 世界の反響
地球では、画面いっぱいにSNSのUIが映し出される。指先が軽くスクロールを滑り、赤く点滅する通知が次々に流れる。配信端末の小さな画面には「Red Line / LIVE」の文字が光り、コメントが絶え間なく書き込まれていく。リツイートの数が短時間で増え、青白い光が暗い部屋を淡く照らす。
一方、火星のミネルヴァ下層・旧配管区では、三人が深夜の静寂の中に座っている。赤い非常灯が微かに揺れ、壁の錆を照らし出す。香菜は録音機をそっと置き、涼子はギターを膝に抱えたまま息を整える。玲美はノートを閉じ、まだ心の中で旋律を反芻している。
二つの世界は距離を隔てているが、音はすでに空気の中を駆け巡り、目に見えぬ糸で結ばれている。三人はその事実をまだ知らず、ただ配信の余韻に浸る――火星の深夜に、静かに希望が灯る瞬間だった。
地球の薄暗い部屋で、ラーニャはスマート端末を手に取り、「Red Line / LIVE」を再生する。画面の中で、火星の旧配管区に揺れる赤い非常灯と三人の姿が映し出されると、彼女は思わずリツイートのボタンを押した。
端末の画面上でコメントが次々に流れる。短い時間のうちに数百、数千と増え続ける。
「火星で、音が生きている…!」
「#酸素よりも歌を」
「涙が止まらない」
通知音が控えめに響き、文字は画面の光に反射してクローズアップされる。ハッシュタグが目立つ赤色で表示され、瞬く間に拡散していく様子が鮮明に映る。
一方、火星のミネルヴァ下層・旧配管区。三人はまだ配信結果を知らない。赤い非常灯が揺れ、壁の錆が淡く光を返す。風が管を抜ける音、録音機の赤いランプの微かな点滅――それらは静かに残響し、目に見えない世界へのつながりを象徴していた。
二つの世界は離れているが、音は確かに伝わり、希望の糸を紡いでいる。三人はまだ気づかず、深夜の静寂に浸りながら、ただ“再生”の余韻を味わっていた。
玲美は膝に抱えたノートに目を落とし、小さなハミングを漏らす。音はまだ、自分たちの耳にしか届いていない――しかし、その震える旋律が、どこか遠くに響くことなど、彼女には想像もつかない。胸の奥で、音が生きている感触だけがじんわりと広がっていく。
涼子はギターを膝に置き、微かに笑みを浮かべる。配信が世界中で再生され、注目を浴びていることには気づかない。ただ、この狭い旧配管区で鳴る自分たちの音が、確かにここに存在している――それだけで満たされていた。
香菜は録音機をそっと片付ける。赤いランプの光は消えたが、残されたノイズや風の余韻を胸に刻み込むように深呼吸する。音はもう彼女の中にある。記録され、再生される以前に、確かに“生きて”いたのだと感じながら。
赤い配管区の静寂の中、三人の音はまだ微かに残響していた。しかしその音は、単なる空気の振動ではなく、火星という星から生まれた“生命の拍動”のように感じられた。そして、端末を通して地球のラーニャや数えきれない視聴者の手元へと届いていく。
風のノイズとギター、玲美の声――古びた録音機を介して発信された音は、配信という現代の伝達手段と火星の自然音が奇跡的に融合した証だった。距離も文化も、言葉の壁さえも、赤い星の旋律の前では意味を持たない。
SNS上に流れるコメントやハッシュタグ――「#酸素よりも歌を」――は、見えない生命の循環を映す鏡のようだった。音は星から星へ、心から心へと渡り、人々の胸の奥に小さな共鳴を生み出す。それは、火星と地球をつなぐ静かで確かな“希望の証”だった。
球では、ラーニャの端末から次々と通知音が鳴り響き、コメントが画面を駆け抜ける。その軽快な電子音は、地球の喧騒と情報の流れを象徴していた。
一方、火星の旧配管区では、風のざわめきと涼子のギターの余韻がまだ微かに残る。かすかなハミングも、空気の中で揺らめきながら響いていた。
この二つの世界は、音という目に見えない糸で静かに繋がっている。通知音と風音、デジタルと自然――異なるリズムが重なり合い、見えない共鳴を生み出していた。




