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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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“Red Line”完成 ――火星の鼓動

――低い電子音が、静寂を裂いた。


古びた制御盤の奥で、アーネストの手がゆっくりと動く。

長年眠っていた回路が、微かに熱を帯び、スクリーンに淡い赤が走る。


「……起動するぞ。」

掠れた声と同時に、端末のランプが点滅を始めた。


ブツ、ブツッ――ザザ……ッ。

低解像の映像ノイズが画面を覆い、その隙間に浮かび上がる文字列。


《LIVE FEED / CHANNEL-RED》


かつて、地球との通信が絶たれる前に使われていた古い放送網。

誰もがもう壊れたと思っていたシステムが、まるで“呼吸”を取り戻したかのように脈打っていた。


香菜が、無意識に息を呑む。

「……配信、まだ生きてたんだ。」


その声には、驚きと――ほんの少しの震え。

まるで、自分たちの存在が初めて“世界に届く”瞬間を、恐れているかのようだった。


涼子はゆっくりとギターを抱える。

弦に指を置いた瞬間、金属がかすかに鳴り、配管の奥へと震えが走る。


その隣で、玲美が黙ってマイクスタンドを立て直した。

彼女の手はまだ少し震えている。けれど、逃げようとはしなかった。


――赤い非常灯だけが、かすかに明滅している。

光が三人の頬を照らし、影を交錯させ、まるでこの瞬間だけが“夜明け”のように浮かび上がる。


誰も言葉を発しない。

ただ、古びた端末の低い駆動音と、彼女たちの鼓動だけが響いていた。


そして、涼子が小さく呟く。

「……じゃあ、始めようか。」


その声は、どこか確信めいていた。

まるで、この星の沈黙を破る“最初の一音”が、いまここから始まると知っているかのように。



――配線の束が、かすかに唸りを上げた。


香菜は古い端末の裏に膝をつき、ケーブルを一本一本確かめながら接続していく。

録音機の赤いランプが点灯し、波形モニターが生き返るように脈打ち始めた。


「……よし、行くよ。」

彼女の指がダイヤルをひねると、配管の奥から低い風音が立ち上がる。


〈ヒュウ……チリ……カン……〉


ただのノイズではない。

火星の風が金属の壁を叩き、遠くの構造物が微かに共鳴している。

それらを香菜はリズムに変えていく。

雑音が“拍”になり、風が“ドラム”に変わる。


涼子がギターを構え、軽く弦をはじいた。

――C、Am、F、G。

かつて幾度も繰り返した進行。

だが今、その音には迷いがなかった。

一音ごとに空気が震え、酸素塔の壁面を伝って、遠くの空洞にまで届く。


音が整い始めた瞬間、玲美がゆっくりと息を吸い込む。

マイクの前で、その小さな呼吸の音までもが空間を満たした。


最初の言葉は、かすかに震えていた。

だが次の瞬間、声は芯を得て――

赤い光の中、確かな“生命”として響き始める。


♪ 風の中に息を残して

 まだ見ぬ明日を繋ぐ――


その声は、風の粒子と混ざり合い、配管の奥へと流れ込む。

金属の壁が応えるように共鳴し、低いハーモニーを返す。

空間全体が、まるでこの星そのものが“呼吸”しているかのように震えた。


香菜の指がスイッチを叩き、録音機の波形が勢いを増す。

涼子の弦が風を切り、玲美の声が天井へと昇っていく。


――“Red Line”。

それはもはや、人の音楽ではなかった。

火星そのものの、心拍。


――赤い光が、呼吸のように明滅する。


サビに入った瞬間、照明のすべてが同期するかのように脈打ちはじめた。

酸素塔のランプが点滅し、壁にこびりついた錆が、血のような赤に染まる。

床の配線が震え、空気が唸る。

まるで、この地下都市そのものが――ひとつの“心臓”になったようだった。


玲美の声が、赤い光に溶けてゆく。


♪ 息がある限り 夢は死なない

この赤い星が まだ歌うから


歌詞の一語ごとに、壁の金属が応える。

低音が空気を押し上げ、共鳴が天井を伝い、遠くの配管へと連鎖する。

――それはただの反響ではない。

火星の全構造が、音を“媒介”して共鳴している。


香菜の録音端末の画面が激しく点滅した。

波形が上下に跳ね、データ値が急上昇していく。

警告灯のように光る数値の羅列が、やがて安定したリズムを刻んだ。


「……伝送、開始。外部回線に流れてる!」


香菜の声が、驚きと高揚の入り混じった響きを帯びる。

その瞬間、涼子がギターの弦を強く叩いた。

高音が弾け、風がそれを運び、遠くの都市壁面までもが振動する。


酸素灯の光が呼応し、一定の拍で点滅する。

赤い光が呼吸のように膨らみ――

火星が、確かに“鼓動”していた。


――音が、街を包みはじめた。


配信端末の映像が切り替わる。

赤いノイズの波が走り、画面は複数の地点へと切り替わっていく。


居住区の通路。

整備員が工具を持ったまま動きを止め、耳を澄ます。

金属の壁を伝って響くそのリズムが、作業音を呑み込んでいく。


酸素塔の点検層。

警報灯の赤が、音の拍に合わせて明滅する。

作業服の男が、ふと天井を見上げる。

「……音、か?」と誰かが呟くが、返事はない。

皆、ただ“聴く”。


通信区画の仄暗い廊下。

老朽化したモニターの一つに、映像が流れている。

ノイズ混じりの画面の中で、三人の少女が赤い光に照らされていた。

その姿を、老人が無言で見つめる。

手を伸ばしかけ、やがてゆっくりと胸の前で止めた。


外壁の広場では、子供たちが砂を踏み鳴らして立ち止まる。

空気が震え、薄い風が髪を揺らす。

誰もがまだ、その現象の意味を知らない。

だが、音は確かに“生きて”いた。


モニターの隅で、赤いインジケーターが点滅を続ける。

そのラベルには、こう表示されている。


【Red Line / LIVE】


画面越しに、微かなギターの残響と呼吸の音。

それは通信を超えて、火星全域へと広がっていく。


――風が運び、金属が響かせ、

音が、この星そのものを包み込む。


玲美の声が、配管の隙間を駆け抜ける。

最初の掠れは消え、震えはもうない。


それは単なる音ではなく、“息”として生きていた。

目を閉じ、胸の奥から静かに力を込めるように――彼女は歌い上げる。


♪ ここで、生きてる――

まだ、終わってない。


涼子のギターが呼応し、低く確かなコードを刻む。

香菜は録音機のスイッチを上げ、風の音とギター、玲美の声をひとつの波に重ねる。


映像には三人の影が赤い光に溶け、壁を縦横に走る。

まるで音が物理的に空間を染め上げ、赤いラインとして広がっていくようだった。


――火星の赤い空気の中、三つの“息”が共鳴し、確かに生きている。

音は次第に減衰し、残るのはわずかなノイズと風のざわめきだけ。

赤い非常灯の光もゆっくりと弱まり、部屋全体が深い静寂に包まれる。


香菜の手元で録音機が静かに停止する。

モニターの波形には、一筋の赤い線だけが残る――これこそが、名付けられた「Red Line」そのものだった。


涼子は微かに微笑み、つぶやく。

「これが……この星の心臓の音。」



赤い砂が風に舞い、その中をかすかな“音の残響”が走り抜ける。

――遠くの居住区まで届く、火星そのものの呼吸。



【Red Line / final_take】

“the planet found its rhythm.”


その瞬間、風の音も、かすかなノイズも、すべてがひとつの“呼吸”として感じられる。

音楽は呼吸であり、呼吸は生命であり、生命は希望そのものだった。


――火星は、もう“無音の星”ではなかった。





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