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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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39/61

街の反応 ― 音が呼ぶもの

酸素塔の根元から、低い響きが漏れ出した。

最初はただの風音のようだった。だが、それは次第に形を持ち始める。

配管の中を駆け抜けた音が、酸素供給管や換気口を伝い、外気へと放たれていく。


老朽化した金属壁がかすかに震え、錆びた継ぎ目から微かな共鳴が滲む。

それは、火星の空気に混じるように歪みながらも、確かに“旋律”のかたちを保っていた。


「ヒュウ……チリ……ギィン……ふぅ……」

風が鳴らし、砂が打ち、金属が応える。


――音は、ただの振動ではなかった。

この星の中を巡り、かつて忘れられた“感覚”を呼び覚ましていく。


風が運ぶその音は、まるで火星の呼吸そのもののように、

街の奥深くへと、静かに、確かに、染み込んでいった。




通路の奥で、整備員が工具を握ったまま動きを止めた。

壁の奥から――聞き慣れない“振動”が届く。

それは警報でも機械音でもない。もっと柔らかく、ゆっくりと波打つもの。


酸素循環装置の点検をしていた少年が、レンチを落とした。

金属の響きが短く鳴り、その余韻の中に、別の音が交じる。

――「ヒュウ……チリ……ギィン……」

彼は息を呑み、耳を澄ます。

音が遠くから来て、そして彼の胸の中まで届いてくるようだった。


通信モニターの前では、老人が顔を上げる。

長年聞き慣れた電子音ではない、どこか“生きた音”。

しわだらけの指先が、無意識に机の上で拍をとる。


誰も言葉を発さない。

ただ、静かに耳を傾ける。


“聴く”という行為が、まるで祈りのように、居住区の空気を変えていく。

音が、ゆっくりと人々の心を結びつけていくのだった。


廃墟に近い居住区の広場。

赤い砂が薄く積もる地面に、数人の子供たちが集まっていた。


最初に気づいたのは、年端もいかない少年だった。

外壁の奥から伝わる低い震え――

「ヒュウ……チリ……ギィン……」

彼は首を傾げ、耳を澄ます。

次の瞬間、その小さな体が自然に揺れた。


周囲の子供たちも、同じように体を動かし始める。

誰も“踊っている”という意識はない。

ただ、胸の奥の“息”を音に合わせて動かしているだけ。

それは、風と同調するような、静かな呼吸のリズムだった。


一人の少女が、足元の砂を両手ですくい上げる。

彼女はゆっくりと、それを空へ放った。

舞い上がった砂粒が、赤い光を受けてきらめく。

――まるで、音そのものが可視化されたように。


子供たちは笑わない。

けれどその瞳には、不思議な光が宿っていた。

生まれて初めて“聴く”音。

それが彼らにとっての、最初の“風の言葉”だった。


廃墟に近い居住区の広場。

赤い砂が薄く積もる地面に、数人の子供たちが集まっていた。


最初に気づいたのは、年端もいかない少年だった。

外壁の奥から伝わる低い震え――

「ヒュウ……チリ……ギィン……」

彼は首を傾げ、耳を澄ます。

次の瞬間、その小さな体が自然に揺れた。


周囲の子供たちも、同じように体を動かし始める。

誰も“踊っている”という意識はない。

ただ、胸の奥の“息”を音に合わせて動かしているだけ。

それは、風と同調するような、静かな呼吸のリズムだった。


一人の少女が、足元の砂を両手ですくい上げる。

彼女はゆっくりと、それを空へ放った。

舞い上がった砂粒が、赤い光を受けてきらめく。

――まるで、音そのものが可視化されたように。


子供たちは笑わない。

けれどその瞳には、不思議な光が宿っていた。

生まれて初めて“聴く”音。

それが彼らにとっての、最初の“風の言葉”だった。


涼子は、ギターのネックに手を添えたまま、静かに目を閉じた。

指先に、まだ弦の震えが残っている。

それはもう、彼女が鳴らした音ではなかった。

風と、配管と、この星そのものが生んだ“呼吸”――その延長にあった。


――歌は、酸素みたいに目に見えない。

 でも、確かに誰かを“生かす”。


心の中で、涼子はそう呟いた。

声には出さない。

この想いは、誰かに伝えるためではなく、自分に刻むための言葉だから。


かつて、地球では音が“無駄な贅沢”だと切り捨てられた。

静寂こそが正義で、ノイズは“浪費”と呼ばれた時代。

その中で、彼女はギターを手放せなかった。

音が消えるたびに、自分の存在も薄れていくような恐怖を知っていたから。


だが今――

火星の赤い風の中で、再び音が生きている。

見えない空気が、リズムを刻み、人々の胸に届いていく。


涼子は目を開け、遠くの通路で立ち止まる子供たちを見つめた。

彼らの体が、風の拍に合わせてゆっくり揺れている。


(……これでいい。これが、“呼吸”なんだ。)


そう思うと、胸の奥で小さな鼓動が重なった。

――音と命が、同じリズムで打ち始めていた。


玲美は、配管の影の中で立ち尽くしていた。

風が鳴り、ギターが応える。

そして、どこからともなく――彼女の胸の奥が、ざわめき始めた。


鼓動が早くなる。

喉の奥が熱を帯びる。

息を吸い込もうとした瞬間、言葉にならない何かが込み上げてくる。


「……っ、」


小さな音。

最初は、震えた息に過ぎなかった。

だが、その震えが風の“拍”と重なった瞬間――

それは、確かに“声”になった。


「ふぅ……ふぅ……」


ハミング。

旋律のかけら。

それは歌ではなく、想いの形そのものだった。


かつて地球で、彼女はステージの上で声を失った。

あの時以来、マイクの前に立つことができなかった。

けれど今――

この星の風が、彼女の代わりに言葉をくれる。


音が彼女を包み、彼女の声が音に還っていく。

そのハミングは、配管の奥を抜け、通路の方へと流れ出す。


離れた場所で作業していた整備員が、ふと手を止めた。

子供たちが、風の中で顔を上げた。

その声は、意味を超えて――“記憶”に触れる。


玲美は目を閉じたまま、風とひとつになって歌い続けた。

震える声が、やがて澄んだ響きに変わる。

もう彼女は、言葉を探していない。


その声はただ、“生きている”という証として、

火星の空気を――確かに震わせていた。

風が、街を包んでいた。


赤錆びた金属の壁が、かすかに震える。

その震えに合わせて、薄い砂が舞い上がり、光を反射して赤く瞬く。

まるで、星そのものが呼吸しているかのようだった。


通路に立つ人々の影が、非常灯の赤に染まる。

彼らは言葉を持たず、ただ“聴く”。

風の音、金属の共鳴、そして――玲美の声。


その声は遠くから届き、空気を震わせ、街の奥へと溶けていく。

それは歌ではなく、“息”だった。

誰かの記憶を呼び起こし、眠っていた感情をゆっくりと目覚めさせる。


子供が息を吸い、老人が静かに目を閉じる。

整備員の手が工具の上で止まり、砂が足元で小さく鳴る。


そのすべてが――ひとつの拍動になる。


風が、再び吹く。

音が、それに呼応して街の隅々まで伝わっていく。

赤い酸素塔のランプが“トン、トン”と脈打つように点滅し、

まるで火星の心臓が再び動き出したかのようだった。


BGMはない。

あるのは、風と声。

そして、確かにそこに存在する“生のリズム”。


――音が、街を呼吸させていた。

玲美の声が、風の中に溶けていった。


最初はかすかに震えていたその音が、次第に輪郭を失い、

やがて空気そのものと混ざり合っていく。

それはもう“歌”ではない。

――祈り。


誰かに届くことを願うでもなく、

ただ、この星の呼吸の中に溶けていく響き。


赤い光がゆっくりと明滅を止め、

街の影がひとつ、またひとつと闇に溶けていく。

風の音が遠のき、最後に残るのは――静寂。


その静寂は、終わりではなかった。

まるで、次の拍を待つような“間”が、確かに生きている。


そして、画面が静かに暗転する。


――その闇の中に、赤い文字が浮かび上がる。


【Red Line / expansion_01】

“the sound reaches the colony.”


音は消えた。

だがその余韻は、確かに世界のどこかで、

新しい鼓動を始めようとしていた。


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