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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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37/61

火星の呼吸=音楽

配管区の空気がわずかに震えた。

涼子の弦、玲美の声、香菜の録音機が拾う風――それらの響きが重なり合うと、

カメラの視線は、ゆっくりと三人から離れていく。


――そして、赤錆びた金属の隙間へ。


配管の内部。

音は光の粒のように壁をかすめながら進んでいく。

「チリ……ヒュウウ……」

管の中を抜けるごとに、反響が新しい音を生み、まるで生命の鼓動のように連鎖していった。


赤い非常灯の反射が、金属の内側を淡く染める。

ひとつ、またひとつ、光が脈動し――

内部はまるで、火星そのものの血管のように見えた。


音はさらに深くへと潜る。

細い管から太い主幹へ。

そのたびに壁が低く唸り、粉塵が舞い上がる。

まるでこの惑星の体内を、音が流れながら目覚めさせているようだった。



音の粒が赤い闇を照らし、管の先へ、さらに先へと続いていく。

それはただの反響ではない。

この星が、呼吸を始めた瞬間だった。



――それは、“音楽”ではなかった。

けれど確かに、惑星の呼吸だった。


風が、低く唸る。

それはまるで大地の奥底から響くベースのように、一定のうねりで空間を満たしていく。

希薄な空気が音を削ぎ、残った低音だけが、静かな余白を生み出す。


〈風音――ベース〉

火星の風は、息をするように管を渡り、配線の影を揺らす。

その音は、どこまでも続く無音の世界に、かすかな“命の証”を刻む。


〈ノイズ――パーカッション〉

そこへ、断片的な電子音が混ざる。

チリ……チリ……カン……

古い通信機の残響、金属片の共鳴。

不規則だったリズムが、やがて何かを“掴もう”とするように形を取り始める。


〈ギター――コード〉

涼子の指先が弦を弾く。

短く、乾いた音。

C、Am、F、G――その単純な進行が、風の拍と溶け合い、律動を宿す。

まるで星が、その調べに合わせて心臓を打ち始めたかのように。


〈ハミング――メロディ〉

玲美の声が流れ込む。

最初は息。

次に、かすかな旋律。

言葉にはならない――だが、それは呼吸の延長にある音だった。

酸素のように広がり、管の中を満たしていく。


そして、すべての音が重なった瞬間、

配管全体が震えた。

風、ノイズ、弦、声――その四つの層がひとつになり、

惑星そのものが、“ひとつの生命体”として息を吹き返す。


――火星の呼吸が、音へと変わった。

それが「Red Line」の、最初の鼓動だった。


――四つの音が、重なり始めた。


風。ノイズ。弦。そして声。

それぞれが孤立した断片でありながら、次第に境界を失い、

まるで同じ“呼吸”を共有するように、ひとつの律動へと溶け合っていく。


録音機のモニターが、淡く赤く点滅する。

波形が、不規則なノイズから――やがて、一定の周期を描き出す。

“ヒュウ……チリ……ギィン……ふぅ……”

まるで心臓が打つように。

それは、人の鼓動ではなく、星の鼓動だった。


その瞬間――。


振動は金属の内壁を伝い、分岐を越え、やがて地上へと抜けていく。


赤い砂の地表。

朽ちた酸素塔の外壁が、かすかに震える。

遠くの通信線が、微弱な共鳴音を放ちながら揺れる。

吹き荒れる砂塵の嵐の中で――すべての構造が、同じ拍に合わせて脈打っていた。


まるで火星そのものが、

“Red Line”という名の旋律に呼応しているかのように。


静寂の星が、初めて息をした。


――音が、彼女たちを包み込んでいた。


風が管を通り抜けるたび、涼子の指先が反応する。

震えていた手が、今はもう迷いなく弦を押さえていた。

「……聴こえる?」

息を呑みながら、涼子が囁く。

「風が、コードを導いてる。」

彼女の弦が鳴るたび、配管の奥が応える。

まるで風と弦が、互いに譜面を読み合っているかのように。


玲美は目を閉じたまま、静かに口を開く。

声が漏れる――それは音楽ではなく、呼吸そのものだった。

「……これ、歌じゃない。」

途切れ途切れの声に、確信が宿る。

「――呼吸だ。」

頬を伝う汗が光を反射し、瞳の奥で何かが“再起動”するように輝いた。


香菜は録音機を抱きしめるように操作しながら、目を離さない。

モニターの赤いランプが、規則正しく点滅している。

「記録してる……星が鳴ってる。」

小さく笑みをこぼす。

「全部、残す。」


三人の間に、もはや言葉はなかった。

ただ――呼吸、振動、音。

それらすべてが“彼女たち”と“星”を繋ぐ、一本の線となっていた。


それは、音楽でも奇跡でもない。

――この星が、再び息をし始めた証。


――音は、生きていた。



金属の壁を滑るように伝う“音”の粒を追っていく。

低く唸る風、錆の匂い、微細な振動――

それらが混ざり合い、一本の赤い光線のように流れていく。


やがて、管の出口が見える。

そこから、音が放たれた。


「ヒュウウウ……」


風を切り裂くようにして、音は火星の大気へ溶け出す。

赤い砂の嵐が巻き上がり、音の粒を包み込む。

それはまるで、

長く止まっていた心臓が、再び鼓動を取り戻す瞬間のようだった。


音は空へと昇り、霞む陽光に照らされながら、

薄い大気を震わせて広がっていく。

無数の波紋が、赤い空の中で交錯し、やがて一本の線を描く。



それは血のように脈打つ“生命の証”であり、

かつて失われた夢が、この星に再び循環を始めた印だった。


風が鳴り、砂が舞い、音が呼吸する。

火星が、静かに息を吹き返していく。


――静寂。


風が、かすかに管の奥を抜けていく。

「ヒュウ……チリ……」

ノイズのような響きが、遠くでくぐもった残響となって消える。


もう、音楽は終わっている。

だが、その余韻だけが、まだ空間に漂っていた。



赤い非常灯の光が、三人の姿を淡く照らし出し、

その影がゆらりと壁を滑る。

風がひと筋、玲美の髪を撫でる。

涼子の手はまだ弦の上にあり、香菜の録音機のランプが最後に一度だけ点滅した。


静止。

そして――


画面下に、白い文字が浮かび上がる。


【Red Line / awakening_01】

“the planet breathes again.”


風が通り抜け、わずかに砂塵が舞う。

音も、光も、すべてが溶けていく。

――火星は、確かに“息をした”。


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