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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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29/61

涼子の動揺

涼子は、言葉を探そうとして、喉の奥でそれを失った。

 唇がわずかに動く――けれど、声にはならない。

 風が通り抜け、赤い砂が舞う。

 その砂の向こうで、少女は壊れたラジオを抱きしめたまま、じっと座っていた。

 ひび割れた金属の表面に、夕陽の赤が反射する。

 そして、その沈黙こそが、彼女の“答え”であるかのように思えた。

 音はない。

 だが、その“無音”が、どんな言葉よりも雄弁だった。

 涼子は視線を落とし、微かに呟く。


「……贅沢、か……。」


 その声は、火星の風の中に溶けて消えた。

 返す言葉を持たないまま、涼子はただ、ラジオの沈黙を聴いていた。



――贅沢。


 その言葉が、胸の奥でゆっくりと響いた。

 涼子は目を伏せ、息を吐く。

 それは、わずかに震える呼吸だった。


(モノローグ/涼子)

「……地球では、息をすることも、歌うことも、当たり前だった。

 酸素も、声も、無限にあると思ってた。

 でも、ここでは――それが“特権”なんだ。」


 思考のひとつひとつが、胸の奥に沈殿していく。

 火星の冷たい空気が、肺の奥に重くのしかかる。

 その痛みが、まるで罰のように感じられた。


 脳裏に、かつてのステージが浮かぶ。

 ライトの眩しさ、観客の歓声、響き渡るメロディ。

 あの頃の自分は、ただ“音”に包まれて生きていた。

 息のありがたさも、沈黙の意味も知らないままに。


 ――そして今、音のないこの星で。

 涼子は初めて、「生きて歌う」という言葉の重みを知った。


――眩しいライト。

 汗ばむ掌に、マイクの冷たさ。

 視界の先には無数の光。観客のざわめきが波のように押し寄せてくる。


 息を吸う。

 肺が膨らみ、胸の奥が熱を帯びる。

 その一呼吸が、音へと変わり、ステージを震わせていく。


(回想の中の涼子)

「もっと歌いたい。もっと高く、もっと遠くへ。」


 ――その願いは、限りない空を信じるような純粋な衝動だった。

 彼女は、音が尽きることを知らなかった。

 酸素が、無限にあると思っていた。


 拍手。歓声。照明の光が瞳を焼く。

 その眩しさの中で、涼子は“息”という存在の重みを知らぬまま歌っていた。


 だが今――火星の薄い空気の下で、

 一呼吸ごとに喉が軋むたびに思い知る。


 あの頃の自分の声は、“贅沢”の音だったのだ。


風の音が、ふっと途切れた。

 赤い砂が静かに舞い、世界がまた“無音”へと沈んでいく。


 涼子は顔を上げ、少女を見つめる。

 少女は壊れたラジオを抱きしめたまま、空を見上げていた。

 その表情は、不思議なほど穏やかで――まるで、何かを“待っている”ようだった。


 音を。

 声を。

 あるいは、この星のどこかにまだ残る“息づかい”を。


 涼子は胸の奥に疼く感覚を覚える。

 その姿は、かつての自分と重なっていた。

 ――音を求め、誰かの声を信じていた頃の、自分。


(モノローグ/涼子)

「歌は、もう贅沢なんかじゃない。

 ……この星では、息と同じ。“生きる音”なんだ。」


 言葉にせずとも、彼女は理解していた。

 この沈黙の星にも、確かに“音”はある。

 それは誰かの歌ではなく、

 ただ、生きようとする者の呼吸そのもの――。


沈黙の中で――ふいに、かすかな音が生まれた。

 「チリ……チリ……」

 ラジオの奥から漏れるそのノイズは、まるで呼吸のように微弱で、それでも確かに“生きていた”。


 涼子は目を瞬かせ、息を詰める。

 その音に、胸の奥がじんと熱くなる。

 知らず、頬を伝った一筋の涙が、赤い砂に落ちた。


 それは悲しみではなかった。

 ようやく“沈黙”の意味を理解した涙だった。

 ――沈黙とは、音が消えた世界ではなく、

 次の“声”を待つ時間のこと。


 涼子はそっと膝をつき、少女の隣に座る。

 ラジオに手を伸ばし、割れた金属の継ぎ目を指先で確かめた。


(モノローグ/涼子)

「この子の“声”を、取り戻そう。

 ――それはきっと、私の“息”を取り戻すことだから。」


 赤い光の中、涼子の指先が動き始める。

 ラジオの沈黙を破るために。

 そして、自分の中に眠っていた“音”を呼び覚ますために。






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